1.6 実験結果の分析

1.6.1 高速回線利用の課題

 本実験を通じての課題を検討するにあたって、昨年度、インターネット上の低速な回線で行ったPlessuiの実証実験の際、課題としてあげられていることが、本年度、高速回線を用いることにより、どのように変化したかを見ていくことにする。

(1) コミュニケーション相手の認識
 昨年度は回線の都合から映像/音声の通信は最初から無理であったのだが、実際に実験を行ってみると、やはり、相手の状況がまったく見えないことの不安があげられた。高速回線を用いているので当然ではあるが、本実験では、この問題は解決している。事前にWebべ一ジ、電子メールで交流していたことも、相手の雰囲気をつかむだけにとどまらず、有効に働いたものと思われる。

(2) 多人数の同時交信
 発表者以外の参加者からの質問などの情報発信方法は、昨年度はチャットによる文字ぺ一スのものであった。大いに利用はされたが、多くの参加者が同時に書込みを行った場合などは会話がつながらないという問題が生じた。これは、映像や音声を導入すれば解決するといった種類のものではなく、発表/プレゼンテーションの運営に関わる問題で、昨年度も質問の際のルール作りの必要性などが議論された。
 本実験では、教師のアイディアにより導入された質問感想カード、及びその整理/運用方法をあらかじめ決定しておいたことにより、参加者からの質問/感想は効率よく、体系的に集めることができた。当然のことながら、よりインタラクションを向上させるための手段等も検討していく必要はあるであろうが、質問感想カードといったアナログ情報を回線上にのせてディジタル情報として取り扱うことにより、同時交信に関しても大きな前進をしたと言える。
 このように昨年度に課題としてあげられたことは、高速回線を用いること、運用の改善により善処することができたが、その一方で新たな課題も寄せられている。

メディアの利用法に関して
 本実験では、高速回線により回線にのせられる情報も増えたため、扱うメディアの数も増えた。そんな中で、回線を通じて相手に映像を送信するからには、それ相応の映像として撮影するぺきであり、カメラワークに優れたスタッフによる支援、あるいは教師自身がメディアの利用に習熟するなどが必要であるとの意見が寄せられた。

パソコンの利用台数に関して
 質問感想カードの導入により、多人数による同時交信を有効に行うことができたが、利用パソコン台数を増やして、より積極的に児童を参加させたいとの意見も寄せられた。
 何でもかんでも通信回線にのせ、コンピュータで行うのが良いわけではないことは言うまでもないが、より多くの児童に実験に深く関わらせたいというのは当然の要求であろう。児童を複数の端末に分散させながら、今回のように整然とした進行が行えるためのシステムを検討していく必要がある。

映像/音声の品質に関して
 学校からインターネット経由で他校との交流の経験、苦労のある教師にとっては、映像/音声とも満足し、システム全体としてもある程度の満足感を得られたようである。
しかし、これらの経験のない教師にとっては、テレビ会議に比べた品質の悪さに目がいってしまい、全体的な満足度も低いようである。
 技術的側面だけを追い求めても使えるものにならないことは当然であるが、今後、本実験で行ったような授業を普及させていくためには、「パソコンだから」、「パソコンの通信回線経由だから」ということで制約を認めるのではなく、一般の人々の満足水準を満たすよ、う、改善を行っていく必要がある。

実験会場のレイアウトに関して
 実験会場のレイアウトは、プロジェクター画面の閲覧性及びスペースの関係等から、机、椅子などは設置しないこととしたが、試行錯誤的なところもあり、より児童にとって参加しやすい形を見出していく必要がある。

ネットワーク経由で行う必然性に関して
 ネットワーク経由で行う必然性がないものに関して行っても意味がない。例えば、マルチメディアコンテンツを一方的に配信するだけでは、ビデオを見ることと何らかわりない。「何」について共同学習することが、児童にとって教育的に効果があるであろうか、考えを深めていく必要がある。

授業の運営に関して
 本実験により、授業を行う教師だけでなく、それをサポートする教師に必要性が確認された。また、本実験では操作担当者、オペレータなどのスタッフも必要不可欠であった。
 後者に関しては、高速回線が一般的なものとなり、各学校で定常的に用いられる状態になれば、そう難しい操作を行っているわけではなく、マニュアルを整備するなど手順化しておくことにより、学校でも行えるようになると思われる。しかし、いずれにせよ教師一人で行える作業ではない。

以上のような課題に加え、現状ではシステムに応じた適切な利用の仕方に、ある程度習熟しておく必要があるのも課題といえるだろう。具体的に今回のシステムでは、Web共有画面の文字サイズ、スクロールのさせ方(1.4.3参照)質問感想カードヘ記入する文字サイズ等に注意を払う必要があった。本来であれば利用者がシステムに適応するのではなく、システムが利用者に適応したものであるべきだろう。

1.6.2 高速回線利用の教育的効果

(1) プレゼンテーションの機会の提供
 プレゼンテーションの重要性は認識されていながらも、なかなかプレゼンテーションの機会はないものである。また、同じプレゼンテーションを行うにも、普段知っている人間の前で行うのと、対外的に発表を行うのとでは大きく異なる。対外的な発表のチャンスというものはほとんどないことが実状であろう。
 1.6.1で記述したように、高速回線を使う必然性のある場面で用いるということが重要ではあるのだが、「発表の機会を与える」ということ自体、はじめの一歩ではあるが効果ということができる。本実験にあたって児童は、自らが街に出て素材を集め、編集するといった非常に大変な思いをした。しかし、教師からの報告によると、児童め中からはこうした苦労はどこかへ飛んでいき、共同学習終了後の児童の顔には、喜びと誇りにあふれていたように見えた、という。

(2) 参加者間のリアルタイムコミュニケーション
 プレゼンテーションでわからなかったことに関して、実際に色々と調べた人がその場にいて、その場で答えてくれるシステムは、児童の興味を持続させるためにも、また、学習効率の面からも効果的である。
 しかし、何でもかんでもリアルタイムにできればよいというのではなく、本実験においては重要な役割を果たした、メール等による事前交流を見逃してはならない。このような事前交流により、まだ見たことのない相手への興味を募らせ、自分の考えを整理していたからこそ、有効にはたらくのである。

(3) ハイテクによる学習の場の提供
 教師からの報告によると、ほとんどの子どもたちは新しいメディアに対しての興味関心の高さを示しており、普段はなかなか集中しない児童が本実験には夢中になっていたという。思いのほかの質問/感想が集まったのも、その証拠であるといえるだろう。中身が充実していないことには、目新しさだけで興味が持続することはありえないが、児童の興味をひくような環境を提供するという効果はあると思われる。よい環境は児童自らが自分自身を再発見することを支援することになるであろう。


1.6.3 高速回線の活用方法考察

 ネットワーク経由で通信を用いることのメリットの1つには、距離を超えたコミュニケーション(疑似体験)がある。学習への適用を考えた場合には、そのリアルタイム性により、わきあがった疑問に関してその場で対処可能ということも大きい。これらのメリットを生かし、必然性のある状況で利用することが効果的であるといえる。
これらの観点から、高速回線の活用方法としては以下のような案が出された。

(1) プレゼンテーション能力の向上
 効果でも述べたように、プレゼンテーションの場というものはなかなか無いものである。本実験のような形で、プレゼンテーションの場を提供し、児童のプレゼンテーション能力の向上を図ることは、一つの活用方法であろう。

(2) ネットワーク経由でしか会うことができない人々との交流
 例えば民族楽器など、扱える人がまわりにはおらず、かつ、わざわざ会うわけにもいかない、そういった情報を児童たちが調べることがある。そういった場合に、現在では書籍などに頼る以外の方法はないわけであるが、高速回線経由で気軽に生の情報と接することができるようになれば効果的である。
 また、教育利用からは若干離れてしまうかもしれないが、小児病棟の子どもたちに外の世界を体験させてあげる/家族と合せてあげる、などの活用方法もあげられた。

(3) 近隣との通信
 交流を行うのであれば、本来は実際に面会するのがよいことは明らかであろう。
しかし、面会する時間がとれずに交流がゼロとなってしまっては仕方がない。日常的にネットワーク・高速回線を用いることが可能となれば、近隣の学校とでもネットワークを通じた交流を持ち、実際の交流のきっかけとしていくような活用方法が考えられる。

(4) 生の情報との接触
 大学等の大規模な実験設備は移動することはできない。また、危険が伴うために児童の前では見せられない実験などもある。そういったものを目の当たりにし、さらに、その場で質問などに応じてもらえるような環境にあれば、学習における効果は非常に大きなものとなるであろう。


1.7 まとめ

 今回、高速回線を用いた授業を小学校によって実践した。これまで述べてきたように参加者問のリアルタイムコミニュケーションの増進、プレゼンテーション能力の向上など教育的な効果が見られ、今後の参考になる事例ができた。また、一方では技術面など課題も出てきた。しかし、通信回線の高速化は急速に進んでおり、この事例を今後の参考にして、出てきた課題を解決し、インターネットの教育利用に関する先進的な実験を行い、事例を積み重ねていくことが必要である。

 

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