本プロジェクトでは上記2.プロジェクト概要に述べたように、情報倫理授業に関わる授業実践を核として、下記のような6件の授業実践を行った。以下、それぞれの授業実践の指導計画・指導案と実施概要、授業の教育的な評価を述べる。
本プロジェクトの核となる情報倫理授業実践については、東京都総合技術教育センターで対面の集合研修として、教員研修および高校生むけに行われていた授業実践を基にしている。
この教育内容を中学校・小学校の各校種の学習者に対応した内容にアレンジし、さらに同期型e−ラーニングシステムを利用する遠隔学習の形態としたことが授業実践の特徴である。
校種や学習者の変化に対応して、同期型e−ラーニングシステム、掲示板、WBT等のツールを使いこなす、1時間の中で様々な学習形態を実現する授業となった。
以下にそれぞれの授業実践事例を説明する。
(1)あきる野市立増戸中学校における同期型E−ラーニングシステムによる情報倫理授業(総合的な学習の時間)
(A)指導計画・指導案の概要
あきる野市立増戸中学校では、インターネットで初めて調べ学習を行う第1年の早い時期に、情報倫理やモラルについて一通りの学習を行う。
今回、体験型教材によるより実践的・具体的な情報倫理授業を、遠隔の東京都総合技術教育センターからの中継で行うことになり、すでに初歩的な情報倫理について理解している第2学年の生徒を対象に、ほぼ1年ぶりに一歩進んだ情報倫理に触れるための1時限の授業を計画した。
情報倫理については、少しずつ違う形で、繰り返し指導することが必要と考えられるからである。
授業の流れとしては、次のようなものを想定している。この流れ自体は、普段東京都総合技術教育センターで実施されている研修と同じものである。
- 導入・本時の目的や体験型教材の操作方法などの説明を行う
- 展開・生徒各自が自分のコンピュータで任意の画面を選んで「危険なページ」やデマ情報等を体験する
- まとめ・インターネットの「影」の部分に十分注意しながら、有効に利用することが大切であることを具体例によって説明する
本授業実践に特徴的なのは、指導にあたって、遠隔の専門教育主事と教室現場の教員の役割分担をしながら、上記1.〜3.を進めてゆくことである。
1.の導入については、普段指導を担当している教員とは別の、情報教育の専門教員が遠隔地からe−ラーニングシステムを通して話かけること自体が、生徒を体験へひきつける動機付けとなる。また機器操作など具体的な部分については現場教員が説明を担当し、教材の意図や情報倫理の位置づけ等を講師が担当することによって、よりきめの細かい指導が可能になる。
特に2.の展開で生徒が個別に教材を体験している時間は、仮に講師が教室に赴いて直接指導をしているならば、現場教員とともに机間巡視等を行い、気がつく範囲で質疑応答を行うような指導となることが考えられる。本授業案では、同期型e−ラーニングシステムを用いて遠隔から講師がアクセスしていることを最大限に活かすよう、教材を体験しながら、生徒各自があらかじめ用意されているインターネット上の掲示板に、遠隔の講師への質問や教材に対する意見、感想などを積極的に書き込むことを奨励した。
この処置によって学習者である生徒は現場教員に質問等を行うことに加えて、教材の作者である遠隔講師に対して自由に質問や意見を投げかけることができる。さらに共用の掲示板に書き込むため、個々のコンピュータで教材を体験しながら、他人の質問や意見、遠隔の講師の回答を読むことができる。これらによって、体験型教材をきっかけに、生徒同士、生徒と遠隔の講師など、さまざまなコミュニケーションが活発に行われることになる。
この多様なコミュニケーションと、より生徒の反応や理解の程度を押さえた遠隔の講師による3.のまとめとが、情報倫理に関するより質の高い理解を促進することを、授業の狙いとした。(B)概要
日時: 2003年9月18日 1時限 8:50〜9:40
2時限 9:50〜10:40
3時限 10:50〜11:40
場所:あきる野市立 増戸中学校 CAI教室
題材:情報倫理
授業者:遠隔講師 / 榎本竜二 (東京都総合技術教育センター)
現場指導 / 紙澤雅一 (あきる野市立増戸中学校)
タイムテーブル0:00:教室現場の指導者による操作等説明
- 本日は遠隔授業であること
- 講師 /テーマの紹介
遠隔講師による説明
- テーマ (情報倫理)についてのイントロダクション
- 本日の授業の流れについて
0:05:生徒各自による教材操作
0:20:BBSを使用したリアルタイム質疑応答
- 生徒 BBSへ書き込み
- 遠隔講師 生徒への返信
- 教室教員 BBS使用への誘導/生徒サポート
※生徒サポートは増戸中の教員複数の協力があった0:45:遠隔講師側による学習のまとめ
0:50:授業終了
(C)授業実践の評価
(ア)体験型教材の有効性
教材については、JAVAScript等を利用して本物のサイトと同じようにリアルに構成されており、「危険なページ」を体験できる内容に、学習者は進んで体験を行うことができた。
(イ)掲示板によるコミュニケーションの有効性
遠隔講師の返事が直接「○○さんへ」と名前を指定して届くことが、掲示板へ質問や意見を積極的に書き込む動機付けとなった。高校生相手に様々な質問や意見で鍛えられた回答で、考えさせられる内容を含んでいる。教材を操作するよりも掲示板に書き込むのに集中する学習者も現れた。教材を操作するだけの生徒も、他の書き込みについては読んでいたようである。
掲示板の書き込みが盛り上がるなか、同級生の名を騙り、罵詈雑言を投稿した学習者があった。指導教諭が「掲示板は匿名のように見えても、IPが保存されているので誰が書いたかすぐ分かる。」と指摘して納まった。盛り上がったゆえの逸脱を、すかさず学習につなげることができたと言える。
(ウ)e−ラーニングシステムの情報伝達能力の限界
利用した同期型e−ラーニングシステムは、音声についても動画についても、教室で教員がどのように指導をしているか、生徒がどういう状態であるかについては、遠隔講師側にあまり伝わらず、導入の説明の一部が欠けるなどの弊害が出た。
これについては事後の授業検討で、現場教員が現在の生徒の様子など状況を口頭で遠隔講師に伝え、理解しやすくすることの必要性が指摘された。
(2)墨田区立墨田中学校における同期型e−ラーニングシステムによる情報倫理授業(総合的な学習の時間)
(A)指導計画・指導案の概要
墨田区立墨田中学校では、同期型e−ラーニングシステムによる情報倫理授業を、第3学年の授業として計画した。ある程度自己と社会との関わりができ始めている年齢で、情報倫理についても最もきちんと受け止められるだろう、ということと同時に、高学年になるほど加害者になる可能性も含めて、ネットワークの実践的なモラルやマナーを学ぶ必要性が高いと判断したからである。
授業の流れ、現場教員と遠隔講師の役割分担としては、上記増戸中とほぼ同一の授業案であった。ただし、前回の授業評価で提案された、教室の現在の状況を、現場教員が口頭で説明することについては、意図的に行うこととした。(B)概要
日時: 2003年10月6日 5時限 13:30〜14:20
6時限 14:30〜15:20
場所:墨田区立 墨田中学校 コンピュータ室
遠隔講師 / 榎本竜二 (東京都総合技術教育センター)
教室指導者 / 三橋秋彦 (墨田区立墨田中学校)
タイムテーブル(上記(1)増戸中学と同様)(C)授業実践の評価
前回授業実践で見られた、体験型教材や掲示板の有効性については、本授業実践でも同じように得られた。学年や生徒の様子の違いから、特に今回観察された評価について、以下に述べる。
(ア)教材に対する多様な反応と対応
中学3年生ということもあって掲示板の書き込みに、『つまらない』 『こんなの知ってる』など、背伸びをしたような書き込みも見られた。倫理とは「個性に照らしての価値判断」であることを再認識させるような、前回授業実践とは異なる反応であった。
こういった反応についても、遠隔側講師は無視することなく、その教材の開発意図や軽視してはいけない理由などを解説して、丁寧にフォローを行った。豊富な指導経験に基づいて、ある程度個別に質疑応答を行うことで、個別学習では動機付けできない生徒にも対応することが可能になったと考えられる。
(イ)質疑応答による体験の意味づけ効果
実践で使用した教材は危険なページ、「騙されてはいけない」事例集である。しかし、画面動作が派手なものでは、夢中になっている操作する生徒も見受けられた。また、横のつながりで面白いページを教えあう様子も見られた。
掲示板にも、「〜が面白い」「本当に信じちゃいそう」等の正直な書き込みが増えてくる。これに対して、講師はさまざまな事例や意識されていない問題点を指摘し、体験の意味を適切に理解させるように応答を行った。
この点でも豊富な指導経験が活かされ、感想を書き込んだ生徒以外にも、この教材の意味づけがよく伝わる指導となった。
(ウ)教室と遠隔で声をかけあう効果
前回の授業実践で、講師側から教室側の様子がよくわからない、という意見があり、今回は逐次教室の様子を指導教諭が説明しながら中継を行った。これにより、講師側に教室の様子がよく伝わり、タイミングよく授業を進めることができた。
同期型e−ラーニングシステムといえど、同じ空間を共有する授業に比べると伝達される情報が大幅に制限されるのは、当然である。講師と指導教諭が相互に声をかけあうことによって、共同して効果的に学習を進めることが可能になった。
(3)世田谷区立三宿小学校における同期型e−ラーニングシステムによる情報倫理授業(道徳・地域公開授業)
(A)指導計画・指導案の概要
世田谷区立三宿小学校では、同期型e−ラーニングシステムによる情報倫理授業を、第5学年の道徳の地域公開授業として計画した。
児童は社会や理科の調べ学習等である程度インターネットを利用しており、情報倫理について学ぶ必要性が高まっていること、またパソコンがある家庭で日常的にインターネットに接続している児童もあり、地域公開授業として親と共に情報倫理について学ぶよい機会と考えられた。
授業の流れとしては、対象が小学生で自ら体験型教材を操作するのが難しく、また1学年同時に一般教室で公開授業を行うことから、中学校における情報倫理授業と異なり、現場教員が教材を操作しながら授業を進め、必要なときに遠隔講師に解説を求める、という形態とした。以下に指導案を示す。
第5学年道徳指導案
児童人数 1組 23人 2組 23人 合計 46人
指導者 石田 和子 田中うた子
ゲストティーチャー 榎本 竜二
- 主題名 「あれ、こんなときどうするの?」
〜インターネットの安全な利用のしかた〜 1−(3)- 資料名 「インターネットの安全な利用のしかた」
都立総合技術教育センターからのインターネット中継- 本時のねらい
○インターネットや携帯サイトの安全な使い方を知ることによって、自由と規律のある行動をしようとする態度を育てる- 本時の展開
主な学習活動 指導上の留意点 導
入(1)普段の学習で、使っているインターネットのすばらしさとインターネットがもつ危険性について学習することを知る。 ・ ゲストティーチャーの紹介をしながら、インターネットの便利で、有効な使い方の一例をみる。・ 実際に、インターネットで検索していて、困ったことや、どうしていいか分からなくなったことなどを考えさせる。 展
開(2)インターネットで検索していて、こんな画面がでてきたらどうしたらいいのかを話し合い、ゲストティーチャーに教えてもらう。
・18歳以下は入ったらだめという画面がでてきたとき
・「アイドルの秘密のコンサートのチケットがほしい人はチケットを送るので、住所を書き込んで」というページを見つけたとき
・クリックしてもいいのか分からなくなったとき
・実際に出てくる画面を見ながら、こういうページがでてきたらどうするかを考えさせる。
・どうしてだめなのか、次に進むとどういうことが起こるのかまで、考えさせる。
・ゲストティーチャーに、そのことについて、画面を見ながら、説明していただく。
・説明のあと、子どもたちからの質問にも答えていただく。
終
末(3)感想を出し合い、インターネットや携帯サイトを安全な利用のしかたについてまとめる。
・インターネットや携帯サイトを安全、便利に使うために大切なことは何かを考え、自由と規律は両立していかなければならないことをまとめる。(B)概要
日時: 2003年10月27日 5時限 13:00〜13:45
場所:世田谷区立 三宿小学校 音楽室
題材:情報倫理
授業者:遠隔講師 / 榎本竜二 (東京都総合技術教育センター)
教室教員 / 田中うた子 石田和子 (世田谷区立三宿小学校)
タイムテーブル:
0:00:教室側教員による説明
- 本日は遠隔授業であること
- 講師 /テーマの紹介
※ここで通信状況悪化により通信遮断※
遠隔講師による説明(教員が代行)
- テーマ(情報倫理)についての紹介
- インターネットの便利な使い方の紹介
0:05:教員による教材画面紹介(デマ情報・シークレットライブ)
- 児童に読ませ、どう行動するかを問う
※ここで通信状況がある程度回復し音声が復帰※
遠隔講師による解説
- 慎重な対応、大人に相談。悪意の情報についての解説
- 不快な情報やアダルトサイト等の例示、おかしなときは戻るボタンを押すことを説明
0:15:教員による教材画面紹介(個人情報・プレゼント)
- 児童に読ませ、どう行動するかを問う
遠隔講師による解説
- 個人情報の漏洩の事例紹介、慎重な対応
0:25:教員による教材画面紹介(掲示板・誹謗中傷)
- 児童に読ませ、どう行動するかを問う
遠隔講師による解説
- 不特定多数の閲覧、中傷がコピーされうることの説明
0:35:教員による教材画面紹介(危険なソフトとプラグイン)
- 一見同じ2つの画面を見せ、片方は悪意のあるソフト、片方はアニメの再生ソフトであることを説明
0:40:教員によるまとめ
- 変な画面が出たら、戻るボタンを押す
- わからないことがあったら、大人に聞く
遠隔講師によるまとめ
- 危ないことに注意して、インターネットを便利に使おう
0:45:授業終了
(C)実践授業の評価
(ア)事前打ち合わせの効果
本授業実践のために、遠隔側講師と教室側教員は事前に学習内容についての詳細な打ち合わせを行い、教員主導で授業を行う流れをきめ、講師は使用する教材についてあらかじめ解説を行っていた。
通信状況の悪化(センター側サーバの不調、または小学校側セキュリティに起因する)で通信遮断が発生したが、事前打ち合わせが行われていたため、授業の流れにはなんら影響がなかった。
単にコストや手間をはぶくためのe−ラーニングシステムと考えると、遠隔側講師と教室側教員が対面で事前に打ち合わせをする、また当日教材を教室側にもローカルに持っておく、というのは矛盾でしかない。しかし、専門的な指導のノウハウや有効な教材の利用法の支援を受けながら、学習者に質の高い授業を行うことを目的としたe−ラーニング利用と考えれば、このような準備や打ち合わせは当然であるし、また、トラブルが発生しても授業は十分効果的に成立することとなる。
やがて接続は回復したが、通信速度は終始低速なまま、音声による通信のみで動画映像は最後まで利用できなかった。しかし、教室での教員と児童のやり取りに、遠隔側講師が専門家の立場でコメントするという授業としては十分成立し、高い教育効果をあげることができた。(イ)現場側教員が高めるリアリティの効果
本授業実践は、主に教室側教員が児童に問題を提示するかたちで進行した。
たとえば「シークレットライブがあるから集まって」というデマ情報に対してどういう行動をとるかという発問に対しては、児童は反射的に「行かない」と答える。教員が理由を追及してゆくと「開催されるという場所が遠いから」「すきでない歌手だったら嫌だから」「なんだか怪しそうだから」というような回答がかえってくる。
この場面で説明したいことは、情報に対しては出所を確認し(どのサイトに告知されているのか)、発信者の意図を考え(全くの悪意やいたずらの可能性がある)、周囲の大人に相談して慎重に対応しよう、ということである。行きたいと思わないとか、怒られそうだから行かないという単純な反応のうちに、そのような説明をしてもリアリティをもって受け止められる可能性は低い。
教室側教員は普段から生徒の生活をよく理解している。「この間、近所の×××ホールに、○○○という人気グループが来る、といううわさがあったよねー」など、やり取りのなかでリアリティを高めることが可能である。児童にとって問題の状況にリアリティがあり、気持ちが揺れるような状態になってはじめて、遠隔側講師の説明を、やはりリアリティを持って受け止めることができ、現実に使える知識や態度が形成されると考えられる。(ウ)丁寧な解説と記憶に残りやすいまとめの効果
本授業実践では、主に遠隔側講師が「なぜ気をつけなければいけないか」「どうしてこういうことをするのか」など、危険なページや問題のある行為の背景や動機にまで触れる丁寧な解説を行った。これらすべてについて児童が記憶することは難しいかもしれないが、現実の場面で注意をして行動する態度を形成するために、深く納得する経験は重要と考える。
また今回は地域公開授業として実施しており、児童から相談される対象としての両親や周囲の人にとっては、非常に参考になる知識となった。
これに対して、教室側教員はまとめとして「何か変だと思ったら、戻るボタンを押す」「すぐに大人に相談する」の2点を強調して授業を終わった。これは非常に覚えやすく、トラブルがあったときに実際に行動に結びつく知識として現実的なものである。
遠隔側講師と教室側教員の役割分担を明確にしたコラボレーションが、理解させたい知識や習得させたい態度に対しても重層的に有効に作用したと言える。
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