同期型e−ラーニングシステムのさまざまな活用事例を蓄積するために、本プロジェクトでは現場教員の要請を受け、情報倫理授業以外の授業の支援を行った。
1つのパターンは、例えば社会人講師がその職場から仕事の紹介をするなど、「その人」「その場所」である必然性が高い授業実践のパターンである。中学校の総合的な学習の時間で実施した社会人講師授業と、工業高校の専門科目の時間に実施した浄水場の施設見学授業がこれにあたる。
またもう1つのパターンは、異なる学校・学級が交流学習を行うパターンで、やはり遠隔通信を利用する必然性が高い。交流学習については小学校の生活科で実施した。
これらの授業実践によって、今後e−ラーニングシステムを活用した授業実践を情報倫理授業以外に展開してゆく際に、基礎となる知見を得ることができた。以下にそれぞれの授業実践を説明する。
(1)あきる野市増戸中学校における同期型e−ラーニングシステムを利用した社会人講師授業(総合的な学習の時間)
(A)指導計画・指導案の概要
あきる野市立増戸中学校では、総合的な学習の時間を利用して、第1学年では職場訪問、第2学年で職業体験、第3学年で進路指導を行って、段階的に社会とのかかわりや自らの進路を考える取り組みを行っている。
今回の授業は、第2学年生が職業体験に取り組む前の事前学習として、さまざまな仕事を取り扱う就職情報誌の編集者を招いて話を聞く、社会人講師授業として計画された。
社会人講師が自らの仕事や仕事に対する考え方を説明する部分は、教室で対面して行うことに必然性がある。このため、学ぶ楽しさ・働く楽しさをよりよく伝えるという付加的な目的で、授業の一部に別の社会人講師(パソコン教室経営者)の職場(パソコン教室)からの中継を取り込む形で授業を計画した。
講演の流れとしては、まず教室を訪問している社会人講師が自分の仕事の内容や所属している企業の概要を紹介し、そこから自分の職業観(「楽しいから、働く」)を、特に企業理念と個人の目標を両立させる観点から、自らの成功事例を交えて説明する。
次に、主に高齢者を対象に、パソコンを通して学ぶことの楽しさを伝えながら、自らも楽しんで仕事をしているパソコン教室経営者に、職場の様子や生徒の作品を交えて、中継で話を聞く。
最後に、生徒に簡単なワークシートを配って、将来の進路への不安や考えていること、質問などを記入してもらい、教室の社会人講師と遠隔の社会人講師が一緒になって答える、という流れである。
職業体験の前の動機付けという授業のねらいと、楽しみながら働くことの意義を伝えるという社会人講師の目標が設定されており、事例の一部として遠隔の社会人講師の中継が位置づけられている。(B)概要
日 時: 2003年 10月 2日 13:30−15:00
場 所:あきる野市立増戸中学校・体育館
テーマ:「どうして はたらくの?」
講 師:株式会社リクルート 大橋幸子氏
ゲスト:パソカレッジ 森 万見子氏(高田馬場の教室より中継)
内 容:「楽しいから私は働く。お腹も心も、いっぱいにする。」
タイムテーブル
0:00:講師による仕事紹介
- 所属する会社の概要・ビジネスモデルの説明
0:10:講師の職業観の説明
- たのしいから、働く
- 自己実現と企業理念の接点 (ハードであるが納得できる仕事)
0:25:仕事の成功事例紹介
※(通信機器トラブルにより切断)※
0:35:仕事や進路に関するQ&A
- ワークシートを生徒に書かせる
- 社会人講師が傾向をおさえつつ答える
※(通信機器が復旧、通信再開)※
1:10:外部ゲストによる仕事・職業観紹介
- ゲストのパソコン教室の概要と高齢者の生徒の作品紹介
- 楽しみながら仕事をする意義を説明
1:25:社会人講師によるまとめ
1:30:授業終了(C)実践授業の評価
(ア)社会人講師授業としての評価
本授業実践は、職業体験学習の事前学習として計画され、生徒に職業や進路についてより深く考えるきっかけとなることを学習目標としていた。
この意味では、社会人講師自身の仕事の説明はたいへんわかりやすく、職業観も非常に魅力的なものであり、多くの生徒の共感が得られている様子であった。
特に社会人講師の商品である非常に分厚い情報誌について、生徒全員分の現物を持ち込んで手にとらせ、具体的に行われた説明は興味深く、「ビジネスモデル」のような一見高度な話も、自然に理解することができたようであった。(イ)通信トラブルによる混乱
本実践においては、外部のパソコン教室から中継を行おうとした直前に、通信機器トラブルによって接続が切断した。障害の原因は、かなり離れたパソコン教室から無線LANによってインターネット接続をしており、電波の状況が悪化したためである。この障害については、無線LAN機器のアンテナの位置を調整することによって解消し、授業の最後には中継を間に合わすことができた。
しかし最後に通信が再開して中継が可能になったとき、どうしてわざわざ外部から中継を行うのか、そこで語られることをどう位置づけたらよいのかという点で、聞き手の側はかなり混乱してしまったように思われる。そしてこの中継の部分については、教室の社会人講師の側も外部ゲストの側も、この混乱を収拾できないまま授業を続けてしまうことになった。
社会人講師は授業のような場で話をすることに慣れているとは限らない。特に社会人講師同士が中継を通して会話しながら講演を進めるような場合、よほど事前にシナリオを決めておかないと、障害等があった場合に対応することが難しい。今回は社会人講師授業の中で、外部からの中継をどう位置づけるかという点で、検討が不足していたように思われる。(ウ)質疑応答にむかないe−ラーニングシステム
中継にあたって、教室の社会人講師と外部ゲストとの事前の打ち合わせでは、教室の側が主導権をもって外部ゲストの側にインタビューを行うような形式で、仕事の特徴や職場環境、生徒である高齢者の様子やユニークな作品などを紹介してもらうことを予定していた。
ところが、同期型e−ラーニングシステムはインターネット公衆回線を経由して通信するため、電話回線や無線回線に比べると極端な形で、通信に時間遅れが発生する。上記のようなインタビューでは、このような時間遅れが発生すると極端に話しづらくなってしまう。特に、資料は外部ゲストの手元にあり、話しの主導権を教室の社会人講師が握っているという構図は、一度問答がかみ合わなくなるとなかなか復帰できなくなるという欠点があることが判明した。
さまざまな障害への対応も考慮して、むしろ外部ゲストの側が資料を操作しながら、主導権をとってプレゼンテーションを行い、教室の社会人講師の質問は最後にまとめる、というような構成をとることが安全だという知見を得た。
(2)東京都立田無工業高校における同期型e−ラーニングシステムを利用した施設見学授業(工業科・土木施工)
(A)指導計画・指導案の概要
本授業は都立工業高校の専門教育において、IT技術を有効に利用するための実験授業として計画された。「土木施工」の「工事の管理」という単元で、境浄水場という身近な水道施設を題材にとりあげ、同期型e−ラーニングシステムを活用して浄水場の管理担当者に、浄水場の概要や工事管理の特徴などを話してもらうという形態の授業である。以下に指導案を示す。
工業科「土木施工』学習指導案
1単元名「工事の管理」
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(B)概要
日 時 : 2003年 11月 13日 13:00−13:50
対 象 :東京都立田無工業高校 都市工学科 2年B組
テーマ :「専門家の意見を聞く〜工事管理にあたって業務の実践を知る〜」
授業者 :遠隔側講師・境浄水場 管理担当 長谷川氏
教室側教員・東京都立田無工業高校 渡邊教諭
タイムテーブル
0:00:教室側教員による説明
- 講師 /テーマの紹介
遠隔側講師による説明
- 境浄水場の紹介
0:05:生徒側チューター(渡邊)による解説
- 都市工学科卒業生の進路としての水道 (現実的・公共性など)
0:20:リアルタイム職場紹介
- コンテンツ使用による浄水場の紹介(長谷川)
- 質疑応答(リアルタイム)
0:45:生徒側(長谷川)による総括
- 都市工学科卒業生の進路としての水道 (現実的・公共性など)
0:50:授業終了
(C)実践授業の評価
本授業実践は、工業高校専門教育の「工事の管理」単元について、同期型e−ラーニングシステムを活用して、その職業に実際に携わる社会人講師に、実際の職場から講義をしていただく内容である。浄水場の概要とその管理の仕事に関しての知識理解の目標と、遠隔の専門家の話を直接伺えることによる動機付けや、土木工学を学ぶ者として誇りなど学習態度に関わる目標を同時に設定していた。以下にそれぞれの観点からの評価を説明する。
(ア)知識理解に対する評価
知識理解に関しては、事前に担当教員と社会人講師の間で講義のシナリオについて綿密な打ち合わせがなされ、結果的に必要十分な内容を適切な形態で生徒に提示することができた。
特に指導計画や指導案を策定した教員と、仕事内容や特徴を熟知している社会人講師がそれぞれ自分の立場から、十分に意見を出し合って講義内容を設定できたことが有効であったと考えられる。(イ)学習意欲や学習態度に対する評価
学習意欲や学習態度に対する目標については、遠隔の浄水場現場からの専門家の講義ということで、一定の効果はあった。特に授業設計上、導入部分で教室側教員が将来の進路と直接関わる内容と授業実践を位置づけたこと、また遠隔側講師の話が一段落したところで教室側教員がそれまでの内容をまとめ、要点を強調したことなどは、学習意欲や学習態度の向上に寄与していた。
しかし同期型e−ラーニングシステムは、教室の生徒の様子を講師に伝える、または社会人講師の仕事に対する熱意や態度等を教室に伝えるという点では制約となった。授業の最後に、生徒から仕事上の苦労について質問があり、浄水は24時間365日止められないと講師が答える場面があった。まさに社会人講師授業らしい展開だが、教室で直接講義を行っていたら、もう少しそのようなやりとりが充実していたのではないか。(ウ)教材コンテンツに関する評価
本授業実践では、あらかじめ策定された講義シナリオに基づいて、同期型e−ラーニングシステムで利用する教材を、コンテンツ制作チームの取材によって制作した。打ち合わせによって教育内容が細部まで確定しており、また資料等も適切な用意があったので、短期間に教育効果の高い教材コンテンツを制作することが可能であった。
(エ)情報システムに関する評価
社会人講師が講義を行った境浄水場の会議室にはネットワーク設備がなかったため、遠隔側講師のインターネット接続はFOMAのプロバイダサービスによって行った。学校側はコンピュータ教室を利用し、接続に関して障害はなかった。
ただしFOMAでのインターネットの接続は時によって不安定になり、しばしば遠隔側講師の動画映像が静止画となることがあった。しかし音声については良好に通信できたので、同期型e−ラーニング利用の目的は十分に達成できた。
本授業実践と同様の通信形態を採用すれば、電源のない屋外等でも同期型e−ラーニングによる遠隔講義が可能になる。今回は会議室からの講義であったが、機械や設備等の面前からの講義等、工夫によって効果的な授業に利用できると考えられる。
(3)江東区立数矢小学校−西東京市立田無小学校における同期型e−ラーニングシステムを利用した交流学習授業(生活科)
(A)指導計画・指導案の概要
本授業は小学校生活科の「ともだちっていいな」という単元で、TV会議システムによって地理的に隔たりのある小学校2校を結び、IT技術を有効に利用した学習活動を検証するための実験授業として計画された。以下に指導計画と指導案を示す
生活科学習活動案 1単元 2単元のねらい
3単元で育成する情報活用能力
4単元の設定理由
5指導計画(全4時間)
(2)展開
(3)評価
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(B)概要
日 時: 2003年 11月14(金) 9:30〜12:30
場 所:西東京市立田無小学校 (劉 悦子教諭)1時間目:1年2組(担当・秋山教諭)
2時間目:1年1組(担当・西脇教諭)
3時間目:1年3組(担当・西脇教諭)
江東区立 数矢小学校 (日下部 和彦先生)
1時間目:2年3組(担当・馬場教諭)
2時間目:2年1組(担当・遠山教諭)
3時間目:2年2組(担当・目黒教諭)単 元:ともだちっていいな (生活科)
タイムテーブル
0:00:導入(両校)遠隔授業であることの説明
発表することの確認0:05:「ともだちになるこつ」(話し合い結果の発表)
数矢小発表 (グループ毎)
田無小発表 (グループ毎)0:25:「フェスティバル」(両校の行事と作品の紹介)
数矢小発表 (グループ毎)
田無小発表 (グループ毎)0:40:質問
0:47:総括(両校)ピアニカ発表 (田無小)
挨拶(C)実践授業の評価
本授業実践は、小学校低学年生活科の「ともだちっていいな」という単元で実施する交流学習で、テレビ会議システムを活用しようとする研究授業実践である。教科の目標としては交流(自ら発表すること・他人の発表を聞くこと)を通じて、ともだちとのかかわりにおける自らの成長を実感することや、異なる小学校のともだちとの交流に関心をもち積極的に関わろうとすることなど目標としている。以下、本授業実践に対する評価を説明する。
(ア)交流学習に対する評価
本授業実践では、事前に両校で指導案を策定した教員同士が交流の内容について詳細な準備を行い、交流を行う学級の担当教員に加えて、総合司会の担当教員を置いて全体の進行を管理するなど、交流を有効に進めるための体制を整えていた。また、発表する児童は事前に教員と相談の上発表内容を決め、資料の内容を考え、発表の練習をして当日に臨んだ。
通信状況はかなり悪化することになったが、これら事前準備によって、交流学習自体は効果的に進行することができた。特に児童は、自らが発表するときは、ネットワークを通してではあるが、違う学校の生徒に対して話しかけているという意識を持ちつつ発表ができ、自らの番が終わると安心して相手の発表(あるいは自分の学校の他の児童の発表)に集中することができた。(イ)情報システム活用に対する評価
本授業実践にあたっては事前に通常利用しているネットワーク接続からインターネット公衆回線に接続し、双方から同期型e−ラーニングシステムによって通信する準備を行った。しかし両校に設置されているセキュリティシステムの要因と考えられる障害で、同期型e−ラーニングシステムによる通信ができなかった(フィルタリングソフト等に起因すると考えられる)。
また実践校の1つは教育委員会のセキュリティポリシーにより、学校のLANに接続するPCとそれに搭載してあるソフトウェアすべてについて、事前に届出をすることが義務づけられていた。当初想定していた同期型e−ラーニングシステム以外を利用するのが実質的に不可能になるため、接続はPHSおよび携帯電話を利用した上で、いわゆるTV会議用ソフトを利用することとした。
プレゼンテーション資料を事前に双方の学校で共有し、数種類の類似ソフトを試験して、比較的安定して接続できるソフトを選択したが、実際に授業実践を行う段階で、音質の劣化や音の回り込み(ハウリング)等が生じ、通信品質が極めて悪化する場面があった。画像として判別はできる程度の品質が保てたが、音声に関しては全く認識できない場面もあり、情報システムの利用としては、当初の目標を十分達成したとは言えない状況であった。
原因として、通信環境による障害でそれまで情報倫理授業や施設見学授業でき実績のある同期型e−ラーニングシステムを利用できず、事前テストが十分でないままTV会議ソフトを利用したことと、音声劣化のような障害に対する代替案の検討がなされていなかったことが挙げられる。(ウ)学習意欲や学習態度に対する評価
交流学習については、非常に重要な部分として、学習意欲の向上や積極的な学習態度が目標となっている。交流する他者を意識して自己の紹介をすることが演出されればされるほど、日常とは違った視点で自らの振り返りができることになる。
この意味で遠隔の学校との交流授業は格好の題材であり、上記のように情報システムとしては非常に機能不足の状態ではあったが、学習意欲や学習態度は肯定的に評価できる状態であり、児童の授業後の満足度も高い様子であった。
背景には担当教員が全体の流れをあらかじめ完全に把握し、TV会議システムの音声が聞き取りにくくても、フォローするような形で交流をサポートしたこと、実際に画質や音質の問題よりも、ビデオカメラやマイクロフォンが設置され、たくさんの大人が支援しているという状況だけで、かなりしっかり動機付けがされたように見受けられた。
例えばクラス自慢としてピアニカによる合奏を取り入れたクラスがあった。今回利用したTV会議システムでは、ナレーション以外の音声をきちんと送信することが極めて難しく、大音響の雑音のようになり、受け手は曲として認識することは不可能だった。しかし学習効果は、そのような自慢の演奏をした送り手の方に十分にあり、しかもその堂々とした態度から、受け手もそのクラス自慢を十分受け止められるというような現象が生じる。
情報システム利用と学習効果の関係を、改めて考えさせられる授業実践となった。
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