6.実践授業等の実施内容




6.2.2 浜松市立都田小学校での実践

 浜松市立都田小学校では、2002年9月〜2003年1月にかけて、本プロジェクトの教育効果を検討するため、主に野外体験学習における携帯情報端末の活用について実践検証を行った。

(1)野外体験学習における課題

 総合的な学習の時間が動き出し、野外での観察活動や体験学習を取り入れた実践を進める学校が増えてきている。
 このような野外での体験活動や観察活動は、子どもたちが、意欲的に取り組むことができるというだけではなく、利用する場面やその使い方を含め、学習過程に重点をおいた知識の獲得を促す活動であるという意味からも重要な活動である。 
 しかし一方で、野外での体験学習は、以下のような問題点により、学習活動として成立しにくいという指摘をされることが多い。

  1. 活動場所では楽しく意欲的に活動できるのだが、教室に戻ってくると記憶があいまいになりやすい。
  2. グループでの野外観察活動や計測活動において、教師がグループ毎に活動場所で揺さぶりや振り返りを行いにくい。
  3. 活動場所でのメモや記録を教室で共有し、学習活動を展開するための作図やまとめに時間がかかる。
  4. 野外活動での成果をまとめる作業に時間がとられ、話し合い活動などの学習活動の時間が十分に確保できない。

 そこで上記A)〜D)に示す課題を解決するためには、子どもたちが身近な学習ツールとして、PDAを携帯し、自由に見聞きしたことを記録保存することによる、学習活動の効率化や、ネットワークを利用した観察記録・計測データの共有化や情報交換をする必要があるのではないかと考え、以下のような教育効果について、検討することとした。

  1. 情報端末を常時携帯し記録保存することにより、記憶があいまいになることが防げ、情報の共有がしやすくなる。
  2. 子どもたちが、各班活動として分散し、調査活動を行ったとしても、野外活動場所で調査した観察記録や計測データを、Webを介して共有できれば、教師は、各班の活動状況をリアルタイムで把握し、適切な指示ができるため、各班での学習活動を深めることが出来る。
  3. 野外観察活動で行った計測データについて、表及びグラフとして効率よく表示できれば、教室での学習活動時間を十分に確保できる。
  4. 計測データや観察記録を教室で簡単に見ることが出来れば、各グループの情報の共有や原因の分析の話合い活動が展開しやすい。

(2)携帯情報端末利用による学習活動の目的

 都田小学校では、前述したような教育効果について検証するため、PDAを5年生(29名)の子どもたち全員に配布し、常に携帯している状況を設定した。その上で、子どもたちが日常的に使用する文房具のひとつとして利用でき、身近で起こり見聞きした事柄を記録保存できるようにするために以下のような活動ステップを踏んだ。

ステップ1:入力練習1〜テキスト入力方法の習得〜

図6.2.2.1教室で入力練習をする子どもたち
図6.2.2.2野外で入力練習をする子どもたち

 子どもたちにPDAを配布し、操作方法と文字入力の方法を説明した。子どもたちはこの時始めてPDAに触れたのであるが、電源の入れ方と切り方を指導した後は、自分にあった入力方法を自分で試し操作していた。
 操作方法とPDAへの入力に慣れるため、国語科の教科書に記載されている詩の入力を宿題として持ち帰らせた。
 宿題となっていた詩の入力は、全員が行ってきた。課題として出された詩の入力以外に、自主的に文字の入力練習をした2名(7%)、電卓機能を使った3名(10%)、絵を描いた1名(3%)、設定を変更した5名(17%)といった活動をおこなう子どもがいた。また、ほとんどの子どもが、もっと使ってみたいという感想を述べており、機器に対する抵抗や操作に対する不安は感じられなかった。


ステップ2:入力練習2

図6.2.2.3子どもがイラストで描いた画面

 都田小学校での実践検証では、野外体験学習での利用の効果が目的であるため、野外での観察活動や体験活動での記録ツールとしての操作・入力練習、野外への携帯方法の習得を目的にこのステップを行った。
 都田小学校の5年生が行っている農業生産体験の活動や地域調査の活動の中で、これまで記録ツールとして利用してきた、デジタルカメラ・メモ帳・ICレコーダーに加えPDAも利用してメモ記録を取るように指導した。メモの入力方法は特に指定しなかったが、ローマ字入力によるテキスト記録以外にも、手書き入力機能を利用してイラストで記録を取る子どもも表れた。
 今回活用したPDAは、野外活動時に携帯することが多かったため、子どもたちはPDAにストラップを付けたり、ポシェットを作り首から下げるなど、各自思い思いの工夫をして携帯している姿が見られた。


ステップ3:ファイル操作 〜学校内におけるデータの活用〜

図6.2.2.4パソコンへ取り込み

 子どもたちが、野外活動を通して個々に記録保存してきた、メモテキストやイラストなどのファイルについて、ホームページ作成や資料としての活用につなげるために、ファイル操作の習得を目的としてこのステップを行った。
 手順としては、

  1. 子どもたちが各自持っているPDAの一時保存ファイルから、コンパクトフラッシュへファイルを移動 
  2. 校内ネットワークにある各自のフォルダへ移動 という段取りについて指導した。

 上記ファイルの移動を完了させたあとで、子どもたちは、これまでメモ帳にメモしてきたことや、記憶を呼び起こしながらパソコンへ入力し、ホームページを作成したり発表原稿を作成したりしていた。
 この段階にくるまでの間には、子どもたちはそれまで、充電のし忘れなどによりメモリが消えてしまい、せっかく記録保存したデータをなくしてしまうなどのトラブルが起こったが、ファイルの保存について学んだことにより、データを各自のコンパクトフラッシュの中に、適宜保存できるようになった。
 以上のような3ステップを経て、野外体験活動でPDAを利用した学習を行った


(3)野外体験学習での授業実践のねらい

図6.2.2.5 開発したPDAへの入力画面

 今回実施した授業実践のねらいは、都田川という学区の河川がどんな川かということを知るために、都田川にかかるいくつかの橋の地点において、川の水温・流れの速さ・生き物の数・ペーハー・水の透明度を調べ、各地点のデータを比べることを通して、都田川の特徴や周辺の環境が川に与える影響について話し合うことにある。
 そこで、子どもたちを3グループに分け、都田川にかかる橋のうち、都田橋・倉下橋・藤渕橋の3地点において調査活動をおこなった。その際、活動グループ毎に、計測データの記録用PDAと、電子掲示板で各地点との意見交換や教師からの指示を受ける用のPDAを持って活動に出かけた。


 計測データ用PDA

 図6.2.2.5に示したようなPDA画面で子どもたちが簡単に計測データを入力し、Web上にデータをアップできるシステムを開発し利用した。各地点からアップされたデータは、リアルタイムに他の地点でも確認することができ、自分たちの計測データを振り返ることができた。また、入力フォームがあらかじめ用意されているので、入力時間を短縮することができた。

 電子掲示板用PDA:

図6.2.2.6 開発したPDA用掲示板

 図6.2.2.6に示したPDA用の電子掲示板を開発し、各計測地の周辺の様子や計測方法などを書き込み、活動場所にいながらにして情報を交換することに利用した。各地点からの書き込みは、それぞれの計測活動の進捗状況を知らせあったり、計測方法の統一を図ったりということに利用されていた。また、各地点に行くことができない教師から、観察の方法を指示されたり、集合時刻を知らされたりといったことにも利用され、野外でのグループ活動において効率的に活動を進めるのに役立った。


(4)教室での授業実践

 野外での観察活動の後、野外活動で収集したデータをグラフ化し、各地点のデータを比較し話し合い活動をおこなった。
 その際、既に野外活動で自分たちが測定し、Webを介して蓄積した各地点のデータの中から、子どもたちが比較・検討するデータを自由に選択し、簡単な操作でグラフ化できるシステムを開発し利用した。これらの活動を通して、従来の学習活動の中で課題とされてきた、「記録したデータを整理しまとめる作業時間」をとる必要がなく、本来の学習目的である、データの比較分析のための話合い活動に十分に時間をとることができた。

図6.2.2.7教室にてグラフ化されたデータで考察

 教室では、プロジェクターを介して、野外活動を通して記録した計測データを提示し、子どもたちが比較観察したいデータをチェックすることによってグラフ化し表示した。子どもたちは単に3地点の水温や流れの速さといった個々のデータを比較するだけでなく、流れの速さと水温・水温と生き物の数・流れの速さと水の透明度などいくつかのデータを一括表示し比較検討していた。子どもたちにとって、流れの速い箇所ほど透明度に優れるなど予想していた結果がえられたグラフもあったが、水温が高い箇所で生き物の数が少ないという予想に反した結果が見られたことから、「測り間違いか」「何か他の原因があるのではないか」という新たな課題を考える子どもも見られた。
 授業後における子どもたちの感想の中にも、「簡単にグラフを見ることができて、話合いの時間がいっぱいできて便利」「橋のデータを比べられて楽しかった」「時間を使わなくていいと思った」「グラフ化が簡単にできてすごいと思った」など作業効率の良さや、考察時間の増加の感想を述べている子どもが、28名中20名(無記入3名)見られた。そのような感想を述べていなかった子どもたちも、「川の知らないことが分かった」「自分の予想と調査結果が反対だったのでもっと調べてみたい」といった感想を述べており、授業の話合い活動により、都田川について子どもたちなりのまとめをした結果の記述と捉えることができた。


(5)成果と課題

 本実践を行うに当たり開発した、子どもたちが簡単に操作することができるPDA用のWebページや電子掲示板を利用することによって、以下のような効果を認めることができた。

  1. 野外活動でのあいまいになりやすい観察時の記憶が維持されたまま教室での学習活動へと結びつけることができた。
  2. グループ活動での野外活動で起こりやすい、教室に戻った後に観察の不備や記録の取り忘れといったことを防げ、野外での活動を効率的におこなうことができた。
  3. 教室へ戻った後、観察メモやデータを整理しグラフ化したりする作業時間を短縮でき、データを基にした話合い活動の時間を十分に確保できた。
  4. 観察記録したデータをグラフ等の視覚的に考察できる表示手法を用いることによって、単なるデータの比較から、その違いの考察へと学習が発展した。

 しかし、子どもたちのアンケート調査で表れているように、LANカード等を利用した場合の電池消耗度や、子どもたちにとって利用範囲の広い手書き認識度の向上は今後、教育利用を目的としたPDA開発のキーポイントとなるであろう。また、今回の実践検証では、通信回線の状況を考慮し見送ったが、野外で観察記録活動を行う場合、観察した対象物の画像を活動場所で送信し、観察の視点等を他地点と比較検討することは、より効率的に、より効果的に観察活動をおこなう上で重要なポイントとなると感じられた。
 今後、子どもたちにとって手軽に扱うことができるPDAが、その機能を十分に発揮し、教育利用にさらなる可能性を見出すとともに、子どもたちの学習の場が、単に教室という室内にとどまらず、生きた学習材が存在する身近な地域を学習の場としての教室へと変容させてくれることを予感させた。



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