7. 国際交流支援システムの要件




7.5 交流に必要な機能

 交流を実施していて先生方が言葉の壁以外の問題として困っている問題としてには大きく二つある。一つは先生同士のコミュニケーション,もう一つはプロジェクト管理である。
 日本側の先生全員が,交流を行う上で先生同士のコミュニケーションは非常に大事であるということを指摘されている。また,国際交流をプロジェクトとして考えたときに,プロジェクト全体の管理を行うことが必要である。
 一方現在の国際交流は国際理解を念頭に進められているが,一歩進めて共同学習やより深い交流を進めていきたいという要望もある,そのために必要な機能を検討していく。

(1)先生同士のコミュニケーション

 子供たちの話や先生方のヒアリングによると児童,生徒のコミュニケーションは掲示板上で満足できる形で実行できているようだとのことであった。一方先生方同士のコミュニケーションはなかなか取れていないようである。
 相手国が日本語ができない場合(交流相手国はほとんどの場合,日本語でメッセージを送ったりコミュニケーションを図ろうとすることはない)は,日本側はどうしても相手言語を利用しなければならない。通常メールを利用してのコミュニケーションとなるが,文字コードの問題で英語以外の言語を利用したメールは送信側も受信側も文字化けする可能性が大変高い。実際文字化けしたままメールを送信しているがなかなか返信がこないので,別ルートで確認してみると,文字化けして読むことができなかった例が見られた。ホームページ上やメールソフトのヘルプを確認すればわかることも多いが,一般の利用者にとって理解できない可能性がある。
 また掲示板においても確認しているのかしていないのか確かめる方法もなく不安になることも多いようである。返事を催促しようとしても学校側で努力できるのは,掲示板に投稿するしか方法がない,あまり投稿数を増やすことは相手側の気分を害するのではないかということで躊躇し,そのままにおいておくという結果になる。
 コミュニケーションの問題点としては,掲示板やメールという限られたツールでしか利用できない点が大きな課題と考えられる。そのためにもいくつかコミュニケーションツールを増やすことを検討しなければならない。

翻訳チャットシステム
 今回日韓交流において実験的に使用した。日韓の翻訳精度はほかの日英,日中に比較し優れていることもあり実験を行った。活用場面としては授業や行事の打ち合わせに利用が考えられる。実際今回の国際交流においても修学旅行やホームステイの打ち合わせ,テレビ会議の設定打ち合わせに利用した。この打ち合わせは今まで通訳者が仲立ちしなければできなかったことが,先生同士でできること,掲示板上やメールでは一つの事柄を決めるのに相当な日数がかかるが,リアルタイムにやり取りができるため相談しながら意識を統一できることから大変有効に活用することができた。韓国ではブロードバンドの発達からこのようなチャットシステムに対する認識が高く,先生のキーボード入力にも問題がなかったことも成功の要因の一つである。
 実際チャットを利用した先生にお聞きすると掲示板のように確認しながら入力するのではないので翻訳の精度は低くなるが,リアルタイムでやり取りできるメリットが大きいとのことであった。筆者自身も利用したが,確かに翻訳がうまくいかない部分があり,原語をほかの翻訳ソフトを利用して再翻訳をしたり,聞きなおすことで理解したが,リアルタイムでのやり取りは何ものにも変えられない収穫であった。
 ただ精度の高い日韓翻訳でもこの状態であるので日中翻訳や日英翻訳では再翻訳確認などの機能を組み込む必要があるであろう。
図7−2 翻訳チャット

 また問題点は電話のようにリアルタイムで行うため,その時間にコミュニケーション相手もPCの前に座って同じ画面を見る必要がある。その時間をどのように合わせるかは問題である。今回はメールや掲示板で連絡を取り合ったが,急遽連絡を取りたい場合や掲示板に書き込んでいたものの見る機会がなく,約束の時間にチャットを始めることができないという問題があった。
 また会話形式であり多対多でのやりとりが難しいことや,内容のチェックが難しいことから,今回は先生同士のコミュニケーションのツールとして考えた。しかし一歩進んで,子供たち同士のチャットでの会議ができないかという意見もあった。ただし先ほど述べたように,チャットは時間を合わすのが困難であり,入念に準備しなければならないのでテレビ会議と同じような悩みを抱えることになる。

音声翻訳機能
 チャットと並んで音声翻訳によるコミュニケーションも検討課題の一つである。この機能がうまく機能すれば日常的な連絡も電話をすることにより解決することができるのでチャットよりスムーズにコミュニケーションをとることができる。また,テレビ会議においても通訳を通さずに実施できる可能性がある。
 今までの相手国とのコミュニケーションで一番効果的なものは,メールではなく電話連絡であり,メールやFAXなどは補助的な役割にしかすぎなかった。この音声翻訳機能を用いることにより学校現場でのコミュニケーションの幅は飛躍的に広がる。
 しかしながら,市販されていて音声翻訳できるソフトウェアは弊社でも発売しているが,いくつか制限事項がある。たとえばシチュエーションの制限である。このソフトウェアは旅先(北米限定)での使用を想定している。旅先で利用するであろう語彙はふんだんに入っておりレストランでの注文や道の聞き方など,ある程度ラフな話し方でもうまく訳してくれるし,相手側の話した言葉も理解し訳してくれる便利なものである。しかし一歩旅とは関係ない話をしだすと途端に翻訳が破綻してしまう。語彙が限られているため,どうしてもその語彙にヒットさせようとしてしまい,意図しない翻訳が出てしまうのである。打ち合わせやテレビ会議ではどのような発言が出るのかは予想することができないため,また口語では文法的に正しい文章を望むことが難しいので高い翻訳精度は期待できない可能性が高い。
 また,音声認識にも問題がある。音声認識技術が発達したとはいえ,音声認識率の向上の近道は話者の特徴を学習させることである。このソフトウェアも例外ではなく学習させないと認識率が落ちてしまう。また成人を対象に認識をチューニングしているため成長段階の児童ではうまく認識させることができないようである。逆に相手国原語についても同じように言え,米国の標準語を話すことができるネィティブスピーカーに限られる。
 現状の技術ではフリーワードによる音声翻訳は実験的なものにすぎず,もし実用化されても価格が高くならざるをえない。現時点ではあまり実用的でない。
 音声認識技術での壁を乗り越えるため,下記のシステムを検討した。図7−3のようにコミュニケーションをとる日本と交流相手国はメッセージをテキストで入力し,翻訳を確認した文書を相手側に送り,相手側の端末で音声化する。一対一のコミュニケーションには不向きであるが,複数の参加者が交流している内容を認識しやすいように音声で聞くことができるようにしている。発言者はテキストで入力するため入力スピードを要求されるが,発言が文語体に近くなることが予想され話し言葉より翻訳精度が高まることが期待される。また音声変換を相手側のクライアントで実行することで帯域不足による音声劣化を防ぐことができる。
図7−3 音声翻訳

スケジュール管理機能
 国際交流を一つのプロジェクトとして考えたとき,プロジェクト管理という考え方は重要になる。今回の交流においてもスケジュール確認などプロジェクトを推進していく上で重要な要素が抜けていることも大きな課題であった。
 ・スケジュールが見えない
 ・相手国と情報を共有していない
 ・お互いの授業や作業の進捗状況が見えない
 ・国際交流についての認識のずれがある
 ・やらなければならない仕事(作業)が明確ではない
ということが問題点として挙げられる。特に遠隔地でしかも言語も習慣も異なる人々と交流を進めていくには上記の問題点が生じるのは当然である。
 この問題点を解決するには企業でよく利用されているグループウェアの活用を検討すべきである。
 グループウェアの代表的な機能として下記の機能がある。
 ・スケジュール管理機能
 ・プロジェクト進捗管理機能
 ・ToDo
 ・ドキュメントの共有
 ・アドレス管理機能
 ・掲示板機能
 ・会議室機能
 特にスケジュール管理とプロジェクト管理は今回の交流でも必要と考えられた機能であった。また,これらは各国で共有しなければならないので,各国の言語の画面と翻訳機能を連動させることになる。
 スケジュール機能では,お互いの学校行事や長期休暇,授業予定を書き込むことにより,お互いの状況を把握することができる。また,チャットを行いたい時間やテレビ会議の時間の調整等にも利用することができる。
 プロジェクト進捗管理では互いの授業のスケジュールを共有し,互いの授業をできるだけ同期させることにより授業の進捗にあわせた交流を進めることができる。
 それ以外にも作業内容やアドレスを共有したり,問題が起きたり議題にしなければならないことが発生した場合には掲示板や会議室で互いに話し合いができる環境を整えることができればさらに深い交流を求めることができる。
図7−4 グループウェアイメージ

(2)共同学習をより進めていくための機能

 先生同士の進捗管理やプロジェクト管理も必要であるが,児童・生徒が交流を通じて共同学習を進めていくには,同様に進捗管理をおこなうツールがあれば有効に利用できると考えられる。また先生が管理評価できるソフトウェアがあれば児童・生徒の学習状況を把握しやすくなる。
 また子供たちがその情報をクラスや学年,交流相手と共有することにより,小さなプロジェクト間での交流,意見交換をすることが可能となり,より深い交流を進めていくことができる。

図7−5 共同学習イメージ

7.6 自動翻訳機能


(1) 翻訳辞書の整備

1) 国際交流で利用する言葉

 基本として辞書が整備されていなければ翻訳はできない。あらゆる言葉を辞書に登録するのは不可能であるので,よく使用する領域の言葉を登録しておくのが効率がよい。国際交流においては,あらゆる領域をテーマとすることはできるが, 

をテーマとすることが多い。したがって,以下のような領域の言葉が辞書内に存在することが望ましい。 

これらに関連して地名,人名,製品名などの固有名詞が必要となる。


2) ひらがな語の登録

 小学生の場合には,習っていない漢字があったり,使えない漢字があったりして,本来漢字で書くべき言葉の一部または全部をひらがなで書く場合がある。今回の交流では,5,6年生であったため,ひらがなでの入力は,ごく一部であったが,一般に小学生の国際交流を考えた場合には,ひらがな語の登録が必要である。ひらがな語は,語の切れ目の認識や同音異義語の識別が必要なため,構文解析との連携が必要になる。


3) 口語表現の登録

 今回の交流実践では,公開性のある掲示板を授業の一環で利用するという設定であったため,ふだん友だち同士で使うような口語表現の利用はほとんど見られなかった。しかし,メールや個人レベルのコミュニケーションの場合には,口語表現が現れる可能性がある。口語表現の登録も必要である。


(2) 文脈解析のできる翻訳エンジン

 現在の実用自動翻訳システムは,一つの文章のみを対象とした翻訳を行っており,前後の文の情報まで利用した翻訳を行っていない。日本語では既出や自明の主語,目的語は,省略するのがふつうであり,一文のみを対象とした翻訳では情報が不足していることが多い。また,多義語や同音異義語は,文脈から意味を判断する必要がある。文脈解析のできる翻訳エンジンが必要である。


(3) 固有名詞の認識

 上述のように国際交流では,人名,地名など多くの固有名詞が使用される。辞書登録することである程度は解決するが,すべての固有名詞を登録することは不可能である。固有名詞には,その語が固有名詞であることを表すマーカーをつけて識別しやすくしてやるのがよい。本実験システムでは,[[固有名詞]]というように括弧をマーカーとして固有名詞を識別させる方法をとり,固有名詞の問題を解決した。中国語を対象とする場合には特に有効である。


(4) 文章チェッカー

 今回の交流実験では,掲示板において多くの入力ミスがあることがわかった。間違った文は,正しく翻訳できるはずはないので,翻訳の前にスペルチェック,文章チェックなどの前処理を行うことが有効である。
 入力欄を小さく分け,一文の長さを短くする方法は,日本語の場合,文字数を30文字程度以下に抑え,文の構造を単純にする効果があった。同じ意味の文でも,英語の場合には,全角・半角を考慮しても,若干長くなる傾向にある。反対に,中国語の場合には,半分以下になり,実質的に複雑な内容が入力できてしまう。言語ごとに入力欄の大きさを変える必要がある。


(5) インタラクティブな翻訳作業

 一般に自動翻訳システムは,外国語の文章を読むことを主目的として設計されている。国際交流においては,相手言語を自国語に翻訳して相手の発信する情報を読み取るだけではなく,自分の言いたい内容を相手国語で的確に伝達する必要があるため,作文機能を充実させる必要がある。現行の自動翻訳システムでは,入力文の解析が十分できなくても,一応最良の翻訳文を提示してしまう。翻訳システムが入力文を十分解析できなかったら,入力者に確認をするようにすればよい。
 翻訳システムが入力文を正しく理解したかどうかを判断する方法として現在は,逆翻訳の手法が利用されているが,上記の方法を使えば,より直接的に正しく理解したかどうかが確認できる。自国語→相手国語→自国語というプロセスではなく,自国語→自国語というプロセスで翻訳システムの理解状態を伝える方法も有効であると思われる。




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