8.プロジェクトの評価



8.1 実証授業の評価分析について

8.1.1 子どもたちのどんな「心を育てる」のか

 家庭や地域社会での人と人との関わりの希薄化,自然環境の悪化など子どもたちをとりまく様々な環境が子どもたちの「心」をますます萎縮させているのではないだろうか。我々はこのような子どもたちの心を育てるために本プロジェクトの試みを行った。「心を育てる」といってもいろいろな心がある。活用したコンテンツ及び授業実践する理科の教科の目標を踏まえて,以下のような「心を育てる」ことを考えた。

図88 自然に対する見方・考え方,願い等々

自然を愛する心情を育てること
 自然環境と人間との適切な共生の手立てを考えながら,自然に接し,
広く自然に対する畏敬の念をもつようにすること

(1) 子どもたちの自然に対する関心の調査

 上記の「心を育てる」ために授業を行った西大寺南小学校の子どもたちの自然に対する興味関心について調査した。(6年生児童26名に実施)調査方法は,動植物の名前や簡単な描画のテスト及びアンケートによる記述から,自然に対する関心の程度を推測した。

(2) 実態調査から見える傾向

 全国的に宅地化が進み,田園地帯で子どもたちが遊ぶ光景を見ることは今では難しくなってきた。こういった自然環境の変化は,子どもたちの自然に接する機会を減らしていることにつながっている。
 また,実態調査の結果,図89からも日常的に「生き物に触れたり飼育したりする」経験や「動植物の名前を本で調べる」といった経験が少なくなっている傾向にあると推察される。自然環境の悪化が子どもたちの生活経験に影響を少なからず及ぼしているといえる。

(3) 調査結果を受けての願い

 本研究では,コンテンツ活用により,自然に関する関心を高め,身近な動植物に再び目を向け,自ら進んで関わろうとする態度を育成することで,本研究の目標である「自然を愛する心情」を醸成したいと考える。

図89 自然に対する興味関心の調査結果

8.1.2 どうなれば「心が育った」といえるのか

(1) 感覚的認識と理性的認識

 「心の教育」が叫ばれながら,学校教育での指導が実現しにくい原因として評価方法が十分確立していないことが考えられる。我々は,自然に対する見方・考え方の認知的発達に注目して評価することを試みた。すなわち,子どもの自然認識は図90に示すような「感覚的認識」から「理性的認識」へと移行するという,発達モデルの考えを取り入れた。子どもがある自然事象に対面したとき視覚あるいは聴覚など全感覚のすべてを動員してその自然現象を受け止める。それらは,子どもが自然から感じ取る「美しさ」「驚き」「恐れ」等である。これを「感覚的認識」と呼ぶ。それから子どもは,授業などを通し(例えばこのディジタルコンテンツを見て),その自然観をベースに新しい価値に触れ,価値を意識化させて行く。(理性的認識)この変容を顕在化させる手段として次に示す「○○○になって書きましょう」というアンケート用紙を開発した。

図90 感覚的認識と理性的認識
図91 花を撮る児童

(2) ブルームのタキソノミーを活用して評価

 本研究では,コンテンツ活用の有効性を評価する手段として図92に示すような自由記述のアンケート用紙を準備した。「オオサンショウウオになって人間に話そう!」では,児童の視点を自分からオオサンショウウオに移動させ,より客観的な視点で記述されることが期待できる。そしてその記述から変容を読みとることを試みた。
 ブルームは「教育目標の分類学」の中で情意目標を階層化した次元に分けているが,今回の分析では図93に示すように「受入れ」「反応」「価値」の三つのカテゴリに分類した。そして子どもの記述やつぶやきの中に見られる言葉に注目し,カテゴリに分類するキーワードを抽出した。すなわち,感覚的認識のレベルを「受入れ」とその上位である「反応」の二つのカテゴリに分け,理性的認識のレベルを「価値」というカテゴリに対応付けした。子どもたちは,「心の育つ理科コンテンツ」を活用した学習活動を通して,「受入れ」→「反応」→「価値」のレベルへと向上する。

図92 新しいアンケート用紙
図93 ブルームのタキソノミーを使った評価法

8.1.3 実証授業の評価結果

 授業は表12に示すように,第3学年,第4学年,第6学年の理科の授業を通して行なった。実証授業の詳細な目標や学習活動,使用したコンテンツ並びに児童の活動の様子を記録した20〜30秒のビデオクリップをまとめたレシピに示している。(資料,,
第3学年の実践では,難波氏の撮影した昆虫の顔の写真をもとに,昆虫の模型作成を行った。この実践を通して,虫の体のしくみを知るとともに,難波氏自身が語る虫に対する見方・考え方,願い等に触れることで自然に対する興味関心が深まっていった。図94は「なんばさんになってみんなに話そう!」という子どものアンケートの一例であるが,タキソノミーの「価値」のレベルに該当するキーワードが多く見られるようになっている。子どもたちは,難波氏のコンテンツに関わる授業を通し,自然を愛する心情が育っていっていることがこの結果から推定できる。
 第4学年では,植物の四季の移り変わりについて学習した。学校の周りの植物の変化をディジタルカメラで撮影したり,内山氏の植物のコンテンツを活用したカレンダー作りなどを通して,以前より意識して植物を観察する態度が身に付いてきた。特に内山氏の話を聞いてからは,植物の変化について関心が持てるようになり,図95の下線部に見られるように植物の秋から冬にかけての変化について温度との関係に注目ができるようになった。

表12 実証した授業の概要
図94 第3学年の調査用紙の記述例

 第6学年は「オオサンショウウオ」の教材を通して,人間を含む生き物がお互いに共生していくことを学習した。子どもたちは,オオサンショウウオについてコンテンツを視聴しながら調べ,オオサンショウウオを取り巻く環境が厳しくなってきていることを学習した。図96は「オオサンショウウオの気持ちになって・・」という授業前授業後の児童の記述の例であるが,これより,概念的感覚的な記述から,実践後にタキソノミーの「価値」のレベルになったことを示唆する記述が増えていることが分かった。

図95 調査用紙の記述例(第4学年)
図96 調査用紙の記述例(第6学年)
図97 内山氏になりきる児童

8.1.4 成果と課題

(1) 自分と自然との関わりの視点

 今回の実証授業で,コンテンツから発信している動植物研究家の見方・考え方,願い等が子どもたちに多くの影響を与えた。今回取り上げた三名の共通する想いの中に「人間と他の生き物は共に関わりあって生きている」ということがある。この想いが子どもに伝わり,前章で述べたように子どもたちの授業後の感想などを見ても,子どもたちの心の中にその想いが醸成されていることを示唆するような記述が多く見られるようになった。

(2) 実体験に勝るものはなし

 図98は第6学年の授業のオオサンショウウオに対するイメージの変容をSD法でまとめたものである。これによれば,授業後の調査では,「親しみやすい」とか「かわいい」とかいった項目に大きな変化が見られた。これは,一つにはコンテンツ制作者の指導主事藤本自身が実際のオオサンショウウオを教室に持ち込んだ授業を行い,実物を見た子どもたちの心の変容が表われた結果であると推定できる。はじめのころのオオサンショウウオのディジタルコンテンツを見ている時の子どもたちのつぶやきの中には「気持ち悪い」という言葉が多く聞かれた。もし実物に触れなかったらそのままのイメージで終始したかもしれない。また,今回の授業実践では,最後に動植物研究家が実際に教室に来て子どもたちに直接語る場面を取り入れた。ディジタルコンテンツからの語りよりも子どもたちに大きなインパクトを与えたのは言うまでもない。バーチャルなディジタルコンテンツの関わらせ方は授業の展開によっても大きな影響があり,今後も検討の余地がある。今回の実践では自然に目を向けさせるための「呼び水的」な位置付けで活用したが,こういったコンテンツを活用する場面での授業設計が大きな課題である。

図98 オオサンショウウオに対する
イメージの変容
図99 子どもたちの前に登場した
動植物研究家(内山氏)


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