6.授業実践等の事例




6−1−1 学校名および担当教諭
K市M小学校 A.N.教諭

6−1−2 授業実践に参加するに至った経緯
 書字の困難さを持つ通常学級の子どもの相談を受けると,その子どもは,知的には通常の水準であっても,読み書きや意味理解,コミュニケーション,対人関係などの困難さを併せ持っている場合が多い。いわゆる通常学級の中で6。3%が該当するという軽度発達障害の視点での対応が必要なケースである。そのような子どもは通常学級の中で字を書くことの苦手さを日々感じ,学習にやる気を失っている場合もある。その子どもに書くことに興味を持たせ楽しく学習できる教材があればと以前から考えていた。そこで,ことばの教室で対応している2事例についてタブレットPCを用いた書字指導を試みた。

6−1−3 児童のプロフィール
 A児は,就学前にことばの遅れを指摘され,ことばの教室幼児部に通っていた。また,就学後もことばの教室の学齢部に通級をしている。主訴としては,対人関係の取りにくさ,聴覚過敏,こだわり,文字の書字の困難さがあった。入学後,多動と注意集中の困難さから医療機関を受診してメチルフェニデートの投薬を受けている。薬効評価が高いことから,投薬は現在も継続されており,あわせて学校では自信の向上と学習態度の形成に力を入れている。

 3年になって自己コントロール力はずいぶん向上しており,机上課題には集中して取り組むことができるようになった。また,時間的な見通しの持ちにくさから,一年生の前期は,登校後の荷物の整理(ランドセルをロッカーに入れる,水筒を廊下にかける,教卓に宿題を提出する,給食袋を机の横にかける)等の処理が,自分でできなかった。しかし,するべきことを順序で示したチェックカードを,担任が作成し,本人と担任が協力して取り組むことで解決してきた。さらに,聴覚過敏があり,音楽会の演奏,運動会のピストル音等の場面では両手で耳を押さえることが見られる。これには保護者は特殊な耳栓等で対処している。

 学習に関しては,知能は高く,知識も通常に比べてよく知っている。しかし,書字に関しては困難さが見られる。一年生当初は筆圧コントロールが困難であり極端に筆圧の薄い文字しか書けず,その文字も形がとれず判読に苦労するほとであった。2年生になって筆圧は安定した。ただし形を間違って学習した文字はひらかなであってもなかなか形を修正することが難しい状況である。例えば,「ん」「そ」は図1のように奇妙な形となっている。また左利きということもあり,筆順は間違っていることが多い。それでも正しく学習できている文字は,きれいに書くことができる。従って問題点は,記憶ができないのではなく,「正しい形や筆順」で覚えることができるかどうかということであると考えている。一度,記憶してしまうと修正しにくいので,できれば初めて習う時に,正しく覚えるということがポイントとなるであろう。

*心理検査の結果から
 WISC-III(CA8:1) VIQ=124 PIQ=122 FIQ=126検査結果から,知的には高い水準であること。全体的なプロフィールからはアンバランスが大きいことがわかる。下位検査からは,<理解>が下がっていて状況理解や場面に合わせた判断の弱さがあること,また<迷路>が低く見通しを持った行動が取りにくいことと衝動的な行動があることが推定できる。

 KABC(CA8:5) 継次処理=94,同時処理=113,認知処理過程=105,習得度=116
継次処理<同時処理(1%),継次処理<習得度(1%),同時処理=習得度,認知処理=習得度
検査結果からは,認知処理過程に比べて習得度が高く,学習の積み上げはできやすいこと,また,話を聞いたりすることや順序性のある処理をすることの苦手さに比べて,視覚的な操作課題が得意であることが考えられる。本児が書字や書き順が苦手であることも継次処理の弱さとつながっていると考えている。また,下位検査では<数唱>と<位置探し>がw1%であった。位置探しの弱い子どもが文字の形の取りにくいことは,小池ら(2002)が指摘している。

6−1−4 指導計画
 前述の結果から本児の場合,優位な視覚的な刺激を多く使うことが効果的と考えられる。例えば,筆順の指導でもパソコン等によるシュミレーションを使ったり,モデルと比較したり,自分の字の学習履歴を比べたりすることは得意な処理であるのではと考えた 具体案は以下のとおりであった。

1)目標:文字の指導(文字の形と筆順をモデルをよく見て正しく書く)

*指導の順序:
手本を見る
読み方を聞く
絵を見て意味を確認する
画面上に書く
書き順を確認する
自分が正しくかけることを納得するまで書いて保存することを繰り返す。
履歴を順に見て上達したことを確認する。
鉛筆で紙に書く
紙に書いた字とパソコンの文字を見比べる。

2)目標:点つなぎの指導(モデルの形と筆順ををよく見て正しく書く)

*指導の順序
手本を見る
点をつなぐ順序をシュミレーションで確認する
自分が正しくかけることを納得するまで書いて保存することを繰り返す。
履歴を順に見て上達したことを確認する。

6−1−5 指導記録 (45分の指導の中で書字指導の場面の記録のみ)

指導者の働きかけ
A児の記録
点つなぎ場面 自分でやってみる
「すこし変」 保存する
「よく見て,どこが違うかな」
「もう一回挑戦して」
「あっ間違えた,少し変」
どこが違うか気づいていない
「ここが違う」
「○○くんはどこをめがけていっていますか」 間違いの気づきと訂正
「あそっか」
「あっ気がついた」
「似てきた」
完成と繰り返し練習

 

指導者の働きかけ
A児の記録
「青」の漢字練習の場面 集中してタブレットPCに書く。筆順の間違いあり
「少し違っている」
「パソコンの先生の書き順を見てみよう」

「よく気がついたなあ」
練習2回目
練習3回目
練習4回目
「今度はきれいに書いてみよう」

「紙で練習しよう」
鉛筆で紙に書く いつもより丁寧に書いている
自分でパソコンのモデルと比較した
もう一度紙に書いて指導者に見せた

●実際に児童が書いた文字

6−1−6 評価
 実践結果から推察されることは、子どもの学習への意欲が高まること,形や筆順への視覚的なフィードバックが向上することである。

 事例としてはあげていないが,本ことばの教室に通級している1年生の通常学級児童にもタブレットPCを使った書字指導を別の指導員が試みた。その子どもの検査結果は,CA7:5 WISC-III VIQ=76, PIQ=104, FIQ=88である。言語理解は弱いが視覚理解は良い。書字では形が取りにくい。自分のフルネームは書けず名字を書くのが精一杯である。状況理解の困難さもある。この児童は,紙に字を書くことを大変嫌がる傾向がある。そこでタブレットPCを使ってみたところ,ひらかなだけの練習の予定が,意外と本人がどんどん挑戦していき,「漢字を書きたい」と言って意欲的に取り組んだ。習っていない字まで練習しようとするほどで,紙での練習をすごく嫌がるのに比べて対照的であった。

 以上のことから,通常学級在籍で知的遅れがない子どもの場合も,このタブレットPCの学習方法は興味と意欲を高めるということははっきり示すことができたと思う。子どもが文字の形を間違えて書くことの原因は,「衝動性」,「手先の不器用さ」,「記憶間違い」などいろいろなタイプがあるだろう。2つの事例はどちらも高機能広汎性発達障害の子どもで,検査結果からは聴覚入力よりも視覚入力優位でありながら,視覚的な文字形態や筆順へのフィードバックが弱い子どもにタブレットPCを適用した取り組みである。実際に,形や筆順が違っていてもこれまでの言語的な指示によるフィードバックだけだと,本人自信の気づきによる修正ではなく,言われて修正するというレベルだったような感じがする。タブレットPCでは直接自分の書いた形や文字について書き順や形を自分自身で視覚的に確認し,間違いに気づくことができるという効果があるように感じた。

 二人とも1年生レベルの漢字は既によく知っているはずであるから,準備ができればもう少し上の学年の漢字を練習させる必要を感じている。しかし,既知の漢字であっても通常学級の一斉指導の中では誤学習して記憶している字を発見する場合があり,その漢字については丁寧な再学習が必要であると感じた。タブレットPCは,実際に取り組んでみて次の効果を実感した。

紙に字を書くことの苦手さを実感している子どもにとって,タブレットPCはやってみようという気が起こる。

文字の形と筆順をパソコンが評価してくれることが楽しい。声で間違いを指摘するよりも,筆順シュミレーションを見て気づかせることができる。

履歴を自分で確認するという作業は,やり方さえ知らせれば子どもは自分から進んでやっていく

以上である。特にの効果は大きく,何か書かされるということに強い抵抗感を示す子どもへの新たな書字練習の可能性を感じる。
 今後のソフトウェアとしての課題としては,漢字の高学年までの対応,書いた筆跡を書いた過程まで記録し再現する機能の追加,履歴の一覧的な表示機能があればと思う。

●文 献
小池俊英・雲井未歓・渡邉健治・上野一彦(2002)。 LD児の漢字学習とその支援。 北大路書房

 



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