6−4−2 授業実践に参加するに至った経緯
なぞり書きの案内線をうまくなぞれなかったり、具体物の数え間違いなどが多い。読みも文字数が多くなるほど困難になるのでタブレットPCを使った授業実践で改善ができるのでは考えた。
1)子どもの様子と発達状態(小学2年の男児。生活年齢は8歳)
発音が不明瞭となることが多く、発話がやや困難な言語発達遅滞児。聞く力があり、周りからの話しかけや質問には、よく返答できる。注意集中が困難で、よくきょろきょろし、課題に集中して取り組めないことが多い。
2)主な生育歴
- 出生後1ヶ月 筋緊張異常
- 1歳ごろ難聴になる。左中度・右軽度。
- 3歳ごろ、鼓膜に異常があり滲出性中耳炎が多発。両耳にチューブを入れる手術を行う。言葉の遅れがあり、発達遅滞と診断される。
- 6歳ごろチューブをはずす手術を行う。
- 発音がうまくできず、コミュニケーションがとれない状況で小学校に入学。
3)学習や行動上の問題点
- 書字では、視写が困難。ひらがな五十音の視写は20字程度しかできない。(図2)
- なぞり書きでは、案内線からはみ出して書くことがよくあり、正確になぞって書くことが難しい。
- 注意集中が困難で、物の数を数え間違えたり、点を線で結ぶ課題ができなかったりすることが多い。ひらがなで書かれた文字は、5文字までぐらいなら集中して読めるが、それ以上になると読むのが困難になる。
- フロスティッグ視知覚学習ブックからは、手と目の協応の困難さがあると推察される。(図1)
- 算数は1ケタ+1ケタができるようになってきた。国語では、漢字に興味を持ち始め、いくつか書いたり読んだりできるようになってきた。
- 絵は、線描で人間を描くとき、まだ細かい描写はできないが、目や口、手、足など身体の部分を描き表わすことができるようになってきた。(図1)
1)目標
大きく案内線をはみ出して書いてしまう文字をできるだけ正確になぞって書くことができるようになる。
2)指導計画
紙になぞり書き(1時間)
苦手な文字についてタブレットPCでなぞり書き練習(10時間)
紙になぞり書き(1時間)
3)タブレットPCを使った授業1時間の展開
めあての確認
筆順の確認(アニメーションで)
タブレットPCで練習(3回“よくできました”をもらえるまで)
紙でなぞり書きのおさらい
4)指導の展開
本児には、書字に於いては、以下のような問題がある。それらの問題の解消をすることが本実践の目標である。実際の指導では、筆順の順に数を唱えながら、「そこで、とんがって。」「くるっと丸めて。」など声をかけながら行った。そしてがんばったご褒美として本ソフトに付属している「判別ゲーム」をできるようにした。
- 「あ」「お」「す」「ぬ」「ね」「み」「め」「ゆ」など途中に丸める部分がある文字が、大きく案内線からはみ出してしまうことが多い。(図3)
- 「こ」や「に」など書くのがやさしいと思われる文字も、案内線からはみ出して書いてしまうことがある。(図3)
- 「ほ」と「よ」は、横画と縦画の接する部分がときどき突き出てしまう。(図2)
- 視写では、「に」が鏡文字になり、「そ」がよく「ろ」となってしまう。(図2・図4)
図5に示すように、以前からよく案内線から大きくはみ出して書いてしまう「お」「こ」「に」「ぬ」の字、視写やなぞり書きで“ろ”という形によくなってしまう「そ」の字、そして横画と縦画の接するところをよく突き出して書いてしまう「よ」の字について、タブレットPCを使ったトレーニングによる効果を調べてみた。
図6のタブレットPCによるトレーニングでは、だいたいどの文字も案内線に沿ってかなり正確に書くことができた。途中で丸める部分がある文字は、トレーニング前(図5)に比べて案内線からのはみ出し方が若干小さくなった。また、「そ」は“ろ”の形にならず、正しい形で書くことができた。さらに「よ」は、横画と縦画の接するところを突き出さずに書くことができた。
トレーニング後、紙に書いたなぞり書きでは(図7)、「お」「よ」は図5のトレーニング前とあまり変わらないが、「こ」「に」「ぬ」は大きくはみ出さなくなったということができる。また、よく“ろ”という形になった「そ」は、反り返りの方向を意識して正しい形でなぞれるようになってきたということができる。さらに、以前なかった“はね”を書くようになってきたことが「お」「こ」で確認できる。
6−4−6 評価
本児は、この取り組みで案内線に近づいて書けるようになってきており、また“はね”をつけて書いたり、“反り返りの方向”など細部に目を向けて正しい形で書くことができなかった文字を書くことができるようになってきたということができる。
「お」と「よ」は、あまり変化がなかったが、タブレットPCでトレーニングした時はほぼ案内線に近づけて書くことができており、今後紙に書く時も案内線に近づけて書くことができるようになることが期待される。
本実践は、紙では3.5センチ四方のマスに書き、タブレットPCでは9センチ×8センチの枠内に書いた。そのため大きな動作で書く練習を行うことができた。大きく書くことで細部にも目が向き始めたと推察される。また、タブレットPCによるトレーニングでは、紙に書くのと異なる緊張感が伴っていたと思われる。
いつもの紙に書く練習ではないということが本児に集中をさせることになったのではと考えられる。それは、表1から伺うことができる。視写で「そ」を“ろ”の形で書いた割合は約86%、なぞり書きで「そ」を“ろ”と書いた割合は約67%で、視写だけでなくなぞり書きでもよく“ろ”と書いてしまうのだが、タブレットPCの練習では、一度も“ろ”と書いていない。このように本児は、タブレットPCではかなり集中して取り組んだということが推察できる。
以上のような事柄が今回の実践で判明し、タブレットPCによるトレーニングの効果が推察された。