8.インストラクショナルデザイナー養成と評価




8.1インストラクショナル・デザイナーの養成の意義について

 IT活用教育の推進のために様々な取組みが行われているが,学校現場でなかなか浸透していないことも事実である。その原因の一つとして,コンピュータ等システムの調整等が困難であり,それに対応した人材と時間の確保が厳しいことが考えられる。岡山県情報教育センターでは一昨年前から,教育に精通したシステムエンジニアを学校に派遣し,環境整備,授業準備,教材研究,教材作成等幅広くIT活用のためのサポートを行い,その働きが教育現場に効果的であることを実証してきた。今回の実践では,このインストラクショナル・デザイナーを養成するための具体的な内容について検討し,実際に学校でIT活用のための支援を行いながら,教師への支援の在り方,授業への関わり方等の内容について試行し,このインストラクショナル・デザイナーを養成するカリキュラムについて検討した。
 また,作成したカリキュラムに従い育成したインストラクショナル・デザイナーの活用により,実践校のIT活用教育が行える学校への変遷内容を検証し,この育成カリキュラムの有効性について評価した。

8.2 インストラクショナル・デザイナーの養成カリキュラムについて

 本プロジェクトでは,インストラクショナル・デザイナーが教師を支援しながら学校のIT活用を効果的に推進していくためには,図8.1に示すように,教育的内容を身に付け,教育のプロである教師とシステムエンジニアの仲立ちをしていくことにより効果的な支援が可能であると考えた。そのためにインストラクショナル・デザイナーが身に付けるべき内容として次のような3つの要素を考えた。

 インストラクショナル・デザイナーは,単にコンピュータのスキルだけでなく,図に示すように,学校の教員と連携し,ITを活用した授業においてより効果的な授業の実践を支援することができる必要がある。そのためには,教員や児童生徒の日々の活動を協調的に理解し,学校生活の中にうまくとけ込んでいく能力が必要である。この能力を「コミュニティー形成力(パートナーシップ)」と呼ぶことにする。この能力は,実際の授業支援等教師や子どもたちの関わりの中で体験を通して醸成されるものである。
 二番目として「教育的内容」を考えた。これは言うまでもなく,インストラクショナル・デザイナーはIT技術には精通しているが,これに「教育的内容」を身に付けることで,より学校現場に密着した支援が可能になると考えた。最後に「コンピュータ・ネットワーク及びITの活用に関する技術的知識」である。本来この内容については,十分な知識があると思うが,今学校でニーズが高いIT技術について研修を積むことで,より実践的な支援が可能となる。
 図8.2が今回の養成で活用したカリキュラムである。以下,特徴的な研修内容について実際の養成の様子を紹介しながら説明する。

図8.2 インストラクショナル・デザイナー養成カリキュラム

8.3 インストラクショナル・デザイナー養成の様子について

(1)インストラクショナル・デザイナー養成計画
 今回の養成では,岡山大学教育学部附属小学校と総社市立総社東小学校において,実際に支援をする体験を通して,前述の3つの内容を体得していただいた。 
 はじめに,岡山大学教育学部附属小学校で16日間,次に総社東小学校で24日間,計40日間の日程で支援を体験した。以下,特徴的な支援の様子の概要について説明する。

(2)はじめての講義
 今回のインストラクショナル・デザイナー養成者であるTさんは,Webデザイン等卓越したIT技術を持つインストラクタであるが,学校関係での仕事の経験は,昨年,県立学校で教科「情報」の補助を行った経験があるだけであり,今回実践を行った小学校については全く経験がない状態であった。最初の日に後の章で述べるが,事前の知識を知るためのアチーブメントテストをまず受け,その後ベテラン教師による「小学校の担任業務と児童生徒の理解」についての講義を聴いた。教師のはじめて教壇に立った時の心情や失敗談なども交えながらの講義であったが,緊張がだんだんほぐれてきた様子であった。コミュニティ形成力の最初のステップとしては,新米教師の失敗談は,有効に機能したようである。また,文部科学省が出している「情報教育の実践と学校の情報化」の資料をテキストに情報教育の目標について講義した。「情報活用の実践力」などはじめて聞く言葉のようであった。

(3)補助教材の作成(植物の種図鑑の作成)
 今回のインストラクショナル・デザイナーが初めて経験した作業が植物の種図鑑の作成である。デジカメで撮影した種の写真を児童に分かりやすく再構成していく作業を通して,教材としてデザインの美しさだけでなく,授業のねらいに合わせて必要な部分をクローズアップしたり,強調したりすることを学んだ。「子どもたちに気づかせたいところや,教えたいところがあって,教材として成り立つんだということがわかりました。企業に納品するものとは視点が違っていたので,いい勉強になりました。」と感想の言葉。こういった経験を多く重ねることで教師とのコミュニケーションがとれ,授業設計が理解できるようになると再認識した。

(4)指導案をワープロ文書に起す
 手書きの指導案をワープロ文書に起す作業の依頼により,多くの指導案を文書化した。
 単調な機械的な作業のような気もしないでもないが,ちょうど写経を通して洞察力が身に付く説があるように,授業設計の基礎を学ぶのに非常に効果があった。たとえば,学習課題というものの存在。授業展開という授業の流れなど,講義で聞くよりも理解が深まったようである。

(5)校内研修会の実施
 総社市立総社東小学校で放課後を利用して校内研修会を実施した。内容はフリーの画像編集ソフトである「VIX」の操作説明を全教師に対して,Tさん自身が講師となり実施した。「ホームページに画像を掲載するには,容量を小さくする必要があります」と実際の活用場面を想定した研修会が実施でき,多くの先生方が積極的に講師の話に耳を傾け,熱心に実習にあたった。先生方から信頼を得る結果になり,本人も自信がついたようである。

 

 

 

(6)自分が提案した授業
 総社市立総社東小学校で,1年生,2年生のコンピュータを使った授業を提案した。教師から授業のねらいや授業時間を聞き取りながら,どのようにコンピュータを活用するかを話し合った。内容は,コンピュータに慣れ親しみながら,「クリスマスカード作ろう」という授業。”キューブペイントねっと”というソフトにより,メッセージ入力後,お絵かきを行って,カードを完成させた。メッセージを入力した時点で,レイヤー機能を使用し,間違ってメッセージが削除されないよう配慮した。子どもたちが目標を持って意欲的に取り組む姿を見て,次の授業提案への意欲につながった。「子どもたちが操作に戸惑ったときなど,自分の準備や,教材の作成方法などを反省する」とコメントしている。

 

 

 

 おなじく総社市立総社東小学校で6年生の社会「戦争と国民の生活」での授業。岡山県情報教育センターの授業レシピ等を参考にしながら,CECの教育用画像素材集を再構成。授業で必要なものだけをHTML化した。作成の過程では,何度も教師と話し合い,子どもたちの発達に応じて説明文を修正するなどよりよい教材作りを行なった。Tさんはこの授業をとおして,教師のねらいを理解して,より子どもの目線に立つことができたことを実感したようであった。子どもたちが生き生きした姿を見ることは,とても励みになったとの感想。

 

 

8.4 インストラクショナル・デザイナー養成についての評価

 8.2で述べたインストラクショナル・デザイナーの育成カリキュラムに従い育成したインストラクショナル・デザイナーの活用により,実践校のIT活用教育がどのように変遷したかを表8.1に示すような観点により評価した。

表8.1 インストラクショナル・デザイナー養成の評価の観点
内容 インストラクショナル・デザイナーとして必要な内容
評価項目 パートナーシップ
(コミュニティ形成力)
教育的内容 コンピュータ・ネットワーク及びITの活用に関する技術的知識
対教師 対児童生徒 教科及び情報教育の目標とその関連について 学習設計と教材開発 IT機器の特性と操作 ネットワークについて
評価方法 面接による聞き取りと作業日報の記述から変容を評価 アチーブメントテストによる評価 アチーブメントテストによる評価

 特に,今回の養成で重要な内容であるコミュニティ形成力の変容については,面接による聞き取り(付録1に示す)から分析を行った。また,インストラクショナル・デザイナーの教育的内容及びITの活用等の技術的知識についての向上を調べるためアチーブメントテストを実施した。
 チーブメントテストは,教育情報化コーディネータ試験※の中から選択した問題を解答したり,プレゼンテーションとディジタルコンテンツ及び情報教育の目標について自由記述(付録2に示す)で回答したりしていただき知識理解について評価した。

※15年3級試験問題 http://www.japet.or.jp/itce2003/15answer.htm

(1)評価結果

  教育的な内容についての理解度について
 インストラクショナル・デザイナー自身の教育的内容の知識についての向上を調べるため,養成のアチーブメントテストを実施した結果,大幅な知識の向上が確認できた。

 
 
 特に,「子どもがプレゼンテーションをする際の留意点」を自由記述する部分などは,的確にポイントを押さえた記述が見られた。これについては,例えば図8.7に示すようにインストラクショナル・デザイナー自身が伝える場合の留意点をまとめたワークシートの教材を支援活動の一環として作成する活動の中で,実践を通して身に付けられたと推定される。このように日々授業実践の中で支援活動を行いながら体験を通して得た知識は,単なる講義で得た知識よりも実践的なものとして定着するものである。
 
支援を受けた学校の教師の意識の変容の調査
インストラクショナル・デザイナーの支援を受けた学校の教師に対して,支援前と後での意識的且つ教育的な変化を,アンケート(アンケートの全容は付録3に示す)を通じて収集・分析した。これは,ITを活用する意欲についての程度を例えば図8.8に示すような調査によって数値化し,評定の平均値についての有意差を検定した。
 

図8.8 教師の意識の変容を調査したアンケートの抜粋

 
 図8.9からも分かるように,ITを授業や事務処理等に活用しようという意欲の程度の分布が「普通」から「大きい」へ移動していることがよく分かる。この程度を「大変大きい」を5,「大きい」を4,「普通」を3という具合に数値化し,平均を出すと実践前が2.29から2.71へ有意に上昇した(危険率5%)。また,自由記述のアンケートの例を図8.10に示したが,この記述からもインストラクショナル・デザイナーの支援により「ITを授業に活用しよう」という意欲が伺える。
 

授業に入るまでの準備(子どもが活用しやすいように。効率よく使えるように)をいろいろしてくださり,大変助かりました。また,授業中の待つ時間も少なくてよかったです。自分も何か,新しいことを教えていただいて,活用しようという気持ちが持てます。
図8.10 アンケートの自由記述の例

 このように,インストラクショナル・デザイナーの支援が,実践校の教師のIT活用の意欲付けにまでつながったことが今回の調査で分かった。

コミュニティ形成力の評価
 養成カリキュラム(8.2)のところでも述べたが,教員や児童生徒の日々の活動を協調的に理解し,学校生活の中にうまくとけ込んでいく能力をコミュニティ形成力(パートナーシップ)と位置付け,面接による聞き取りと作業日報の記述から変容を読み取った。
 はじめは,緊張から,十分コミュニケーションがとれず,不安の様子が作業日報の感想からも読み取れたが,日を増すごとにその不安が緩和され,たとえ失敗しても,その失敗の原因について冷静に分析している様子を垣間見ることができた。
 実際に支援活動を行いながら,自ら試行錯誤を重ね,先生や児童に対しての関わり方を体得していった。今回,まず岡山大学教育学部附属小学校で対教師及び対児童の基本的なパートナーシップを体験し,総社市立総社東小学校で本格的な支援活動を経験するという2つのステップを踏んだことも,このコミュニティ形成に非常に有効に働いたと考えられる。
 特に,今回のインストラクショナル・デザイナー養成で大きかったのは,岡山大学教育学部附属小学校の吉岡教頭の指導と昨年までこのプロジェクトのインストラクショナル・デザイナーである桐野さんのアドバイスの効果である(図8.11,図8.12)。図8.13に作業日報に記された感想の一部を示すが,岡山大学教育学部附属小学校で長年教育実習生の指導にあたっている吉岡教頭の言葉や教育に対する姿勢は,ちょうど「親の後ろ姿を見て育つ子ども」のように彼女の心に響いたようである。また,支援の際の桐野さんの場面に応じた具体的なアドバイスは,様々な対応の指針となるだけでなく,「桐野さんがいるから安心だ」という情意的なサポートに繋がったようである。

 
図8.11 吉岡先生より授業前にアドバイスを受ける様子   図8.12 プロジェクタを設置しながら桐野さんよりアドバイス

図8.13 作業日報に記された感想の例

(2)考察

 今回のインストラクショナル・デザイナー養成において多くの知見が得られた。やはり実際に支援活動を行いながら,自ら試行錯誤を重ね,先生や児童に対しての関わりを通して学んでいくことが大切であることが分かった。その時に,今回のように岡山大学教育学部附属小学校のような,学生に教育実習を教えた経験(インターンシップ)のあるベテラン教師のアドバイスとインストラクショナル・デザイナーの経験者による的確なアドバイスによって研修が高まったと思われる。図8.14はインストラクショナル・デザイナー養成をイメージ化したものである。今回の実践を通してインストラクショナル・デザイナーの実践的キャリアアップを図るにはこういった人材の存在が不可欠であることを実感した。



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