第5章 開発された学習支援システムの評価



1.開発システムの「有効性」「先進性」「波及効果」について

 E2アドバンスプロジェクトの開発コンセプトは、「有効性」「先進性」「波及効果」の3つの観点である。ここでは、筆者らが開発したシステムについて、3つの観点から評価をまとめてみたい。

(1)「有効性」についての評価の観点

[1]教育・学習の効果を高めるために役立ち、かつ学校現場の実情に即した教材・教具(ハードウェア・ソフトウェア)の要件がどこまで導き出せたか。
[2]教育・学習の効果を高めるために役立つ効果的な教育・学習方法を検証できたか。

 ITが教育に利用できる側面は2つある。そのひとつは従来型の教育内容をより効率的に習得させるため、ITの能力を有効に活用する方法である。例えば、計算のドリルや単語の記憶、知識内容の効率よい記憶などがよくあげられる。ここでは、行動主義的な学習論に基づき、問題提示、反応、KR(Knowledge of Result)による強化訓練が基本となっている。最近は、ここにマルチメディアの動画や音声を利用することでイメージ化を促進し、多様な刺激とKRを与えることで、興味をもって学習に望ませることが期待できる。携帯電話も広い意味でのコンピュータであるので、問題を提示し答えをチェックして、効率よく知識内容を記憶定着させることにも利用できる。また、それ以外でも参加型のゲーム的な教材を開発することで、認知主義的学習論に基づく個別学習の教材を開発することも困難ではない。
 しかし筆者らのグループでは、ITのもうひとつの側面の学習利用の促進を強調したい。それは、子ども達が移動可能な携帯情報端末としてITを持ち歩き、必要な場所で学習に必要な情報を収集したり、子ども達同士で情報交換しあって発見的に学びをすすめていける学習環境つくりである。ここでは、コンピュータのコミュニケーション支援機能に注目するシステムつくりと、それに見合った学習カリキュラムを開発することになる。今回は、この移動型通信情報端末として、携帯電話の基本機能に目をつけ、これを支援する専用のシステムを開発することで、有効性を立証しようとした。すなわち、携帯情報端末の部分は携帯電話そのものを利用し、支援システムとしては、a)デジタルカメラによる写真記録とWebへの実時間転送、b)動画や音声の記録、c)GPSや測定時間の自動記録とデータベース登録への反映 の機能を実現したのである。その意味で、今回開発したシステムは、携帯電話を日常的な情報交換のシステムとして学習活用できるための入り口に当たる基本的な環境を提供しただけにすぎない。しかし、単にこれだけの機能であっても、教育現場で実践された(そのほとんどが現場の先生方からでてきた自主的なアイディアである)実践の内容をみると、筆者らが考えていた以上の実践の可能性と有効性を予感させる。例えば、

1)修学旅行の班活動における記録では、班別の活動を実時間で学校からモニターしたり、自由活動時の拠点の位置などを遠隔から知ることができた
2)体育などにおける個人の競技の記録と評価では、個の学習プロセスの映像記録機として、携帯が機能した
3)班を2グループに分け、取材班とプレゼン班にわけての調べ活動を1時間以内で行った
4)3つ以上の地域でそれぞれが課題をもち、写真を確認しながら、地域の理解の学習が数多く実施された

 などの事例は、実時間で情報収集を行い、Webで共有するこのシステムならではの実践であった。このように写真や画像を実時間に記録し、Webを介して(しかも遠隔地でも)共有できる仕組みは(多くの実践事例が示しているように)、野外学習や共同学習の気軽な道具として、教育現場で活用の有効性を示唆したものと考えられる。

 

(2)「先進性」についての評価の観点

[1]教育・学習の効果を高めるための、先進的・創造的なIT活用法(工夫)としてどう評価するか。
[2]どの側面が、先進的・創造的な新しいコンセプトまたはアーキテクチャーに基づいたIT活用と言えるか。
[3]どの程度、ITの組み合わせ方等において先進的・創造的な新しい方式を含んだITの活用と言えるか。

 筆者らのアプローチは、既存の携帯電話の有するいくつかの機能のうち、学習に有効と考えられる機能をクローズアップし、その機能を活かした学習支援システムを提供することによって、独創的な実践を具現化するというものであった。したがって、ここでの携帯電話のひとつひとつの機能はすでに汎用に利用できる機能でありその点での新規性はない。しかしその中でも、GPS情報の付加、高精細写真の実現、記録時間の自動記録の3つをあわせもった情報端末の実現は、学習記録や学術的なデータ記録に大いに役立つとともに、これまでにない新しい学習の可能性を示した。例えば、1mの棒を作成し、全国で観測した冬至(および秋分)の日の太陽の南中の共同観測では(残念ながら全国同時は東北・北海道、北陸は天候の悪化のためできなかったが)、棒の影が、何時に南中するか、あるいは、1mがどれぐらいの長さになるのか、といったデータが、きわめて正確に測定でき、GPS情報の経度、緯度と比較すると、みごとに影の長さがtan(経度+太陽高度)の関係になっていることを示した。また冬のことで観測内容が限られはしたが、植物の分布観測、天候などの全国同時観測は、子ども達だけでできる科学的なデータ収集の窓口を開いたことになる。特にGPS情報の活用は、野外観察での情報記録に大きな役割を果たした。先に報告した、現在の町の様子と昔の航空写真のリンクや地域の探検隊やハザードマップ作成などの活動は、地図情報の登録をシステムから浮かし、教師に自由に登録できるよう汎用的に作成した成果である。したがって、携帯電話とWebとを結びつけ簡単に利用できるようにしたと同時に、GPSや計測時間の自動記録を可能にした今回のシステムは、その意味で、ITの学習利用に先進的で独創的な実用ツールを提供したといえよう。

 

(3)「波及効果」についての評価の観点

[1]プロジェクトの成果である開発の学習支援システム(ハードウェア・ソフトウェア)が、教育現場の標準モデルとして、どこまで評価できるか。
[2]当プロジェクトの成果であるIT活用方法が、広く教育・学習の効果を高めるためにどう役立つか。問題点は?

 野外における学習端末とその収集データを自動表示する本システムが、小学校の児童の調べ学習や活動記録を残すことに多いに有効であったということは、現場で実践された授業の事例のひとつひとつが示している。すなわち、支援システムを開発したことによって、現状の携帯電話であっても、十分に移動型学習端末として活用できる。しかし、これらを実際に教育現場に普及させ、新しいタイプの学習の成果を波及させるためには、いくつかの問題が残されている。それらは、まさに、市販の携帯電話を一般に利用することに関する現状の問題点とも符合する。
 まず、携帯電話の性能についてであるが、携帯の機能は毎年向上し、前年課題であった画像の精細度も、今年は教材として耐えうる画像情報が得られた。動画情報については、そのままTVなどに表示できるなど可能性があるが、画像の鮮明さ、操作の簡便性でまだ改良の余地があった。しかし、植物の観測などでは、高精細画像の威力を発揮したが、通信に時間がかかり、ひいては維持費に跳ね返ってくる点で問題が残る。すなわち、システムの波及をさまたげると思われる原因は、今回の開発が、携帯電話のもつ学習利用機能に特化した装置ではなく、汎用の市販の携帯電話を直接学習に利用している点にある。
 例えば、携帯電話では、毎日のように不特定多数のものからのスパムメールが届く。したがって学習利用では、これらのメールを受け取らないようにプロテクトをかけておく必要がある。また学習での目的外(単なるおしゃべりとか個人的目的の利用)も避けたい。そこで、利用に際してのルールや取り決めを行った。たとえば、学習用なので、個人的な連絡には使わないこと、移動中や公共交通機関の中では使わないこと、Webやデータのダウンロードはしないこと、変なメールを受け取ったときは必ず先生に知らせることなどである。しかし、これだけでは、トラブルを避ける保障にはならない。実際の使用に当たる前に、迷惑メールの阻止、学習以外での利用の禁止などのため、児童・生徒に渡す前に、システム開発班は多大な時間をかけて(手作業で)送信制限などの各種設定を行う必要があった。これに関しては、迷惑メール対策や学習外利用の制限を簡単に一括できる機能が必要と思われる。
 今回は、利用料金については定額契約を行ったが、連絡のための電話通信、テレビ会議などはこの料金体系に含まれておらず、使用料が予定より大幅にかかることになった。これについても料金体系の改善が望まれる。

 

2.今後、求められる機能

 携帯を学習端末と考えた場合、高精度なカメラ、GPS機能、メール送受信、録音記録、音声連絡など、ひととおりの必要な機能は有している。したがって本システムのような支援システムを充実させることにより、学習に十分活用でき、普及できる。しかし、実際に利用してみて、学習面での幅広い活用を促すためには、以下のような新しい機能が求められる。
 1)画面がもう少し大きく、より多くの文字情報が表示できたり、文字と画像の同時表示が可能であること、
 2)迷惑メール対策や学習外利用の制限を簡単に一括できるシステムを有すること
 3)校内での内線連絡(LAN)、緊急時一斉連絡、といった学習専用端末機能をもたせること
 
 しかしこれらは現状の携帯ではすぐに実現できる機能ではない。したがって、今後携帯電話をモデルとして、学習の目的にソフトウエア的に特化した学習端末の開発や普及が望まれる。また、通信の契約料が高額になることは、日常的な利用にはおおきなネックである。(インターネットが現在そうであるように)通信料が校内では無料、外部では定額などの新方式が提供される時代が到来することが必要になる。

 



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