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本報告書は、財団法人コンピュータ教育開発センターが経済産業省から委託 された「Open School Platform調査研究」プロジェクトの成果の概要をとりまと めたものである。
教育現場のIT化は進みつつあるが、教育現場において実用性が高く、教育的効果 にも優れたIT環境の実現は未だ難しい状況にある。本プロジェクトの目的は、こ うした状況の改善に向けて、教育現場のニーズや実情に合致し、効果的かつ継続 的に利用できるIT環境を整備することにある。
教育現場において、特定のITプラットフォームに依存しないマルチプラットフォー ム環境を構築し、IT活用の本質を学習することは教育上の観点から重要である。 本プロジェクトでは、オープンスタンダードならびにオープンソースソフトウェ ア(以下「OSS」)をベースとするITプラットフォーム環境を整備し、教育現場の IT環境のマルチプラットフォーム化を促進させるべく、実証実験を実施した。
実証実験に当たっては、教育現場の実情を鑑み、OSS環境の実用性、運用性、移 行性、導入・運用研修、導入・運用コスト等、様々な観点から見た有効性を実証 した。また、教育現場のニーズに合致したPC管理環境やデータ管理環境の実証も 行った。さらに、OSS環境を有効に活用するためのサポートモデルの実証も行っ た。
実証実験を始めるにあたって実施地域を公募し、次の3件4地域を採択した。
株式会社アルゴ21を代表とするグループは、岐阜県及びつくば市で実証実験を実 施した。岐阜県では、4つの小中学校に合計159台のデスクトップLinux PCを用い、 2,152名の児童生徒が参加した。つくば市では5つの小中学校に合計215台のデス クトップLinux PCを用い、2,423名の児童生徒が参加した。この2地域は独立行政 法人情報処理推進機構(以下「IPA」)の平成16年度公募事業の実証実験からの継 続であり、デスクトップOSS環境の定着と自立した運用管理の確立が主な目標で ある。
株式会社内田洋行が実施した実証実験では、京都府京田辺市の3つの小中学校に おいて、リサイクルPCを含む合計210台のデスクトップLinux PCを、691名の児童 生徒が授業で利用した。教育委員会自身によるリモートメンテナンスと訪問サポー トを軸としたOSSデスクトップ環境の運用・サポートモデルの構築を目指した。
株式会社富士通岡山システムエンジニアリングが実施した実証実験では、岡山県 総社市の3つの小中学校において、合計124台のデスクトップLinuxを、1,025名の 児童生徒が授業で利用した。1万7千点の既存教育用デジタルコンテンツがOSSデ スクトップ環境でも活用できることを検証した。また、シンクライアント型の OSSデスクトップ環境の運用性や導入コストを評価することが主な目標である。
地域 | 学校 | クライアントPC | サーバ | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
小学 | 中学 | 対象 学年 |
児童 生徒数 |
台数 | OS | データ 管理 |
PC 管理 |
|
岐阜県 | 2校 | 2校 | 小1-6 中1-3 |
2,152名 | 159台 | Turbolinux 10D | 4台 | 0台 |
つくば市 | 3校 | 2校 | 小1-6 中1-3 |
2,423名 | 213台 | Sun Java Desktop System Turbolinux 10D |
3台 | 5台 |
京田辺市 | 2校 | 1校 | 小3-6 中1-2 |
691名 | 210台 | Turbolinux FUJI KNOPPIX 4.0 |
1台 | 0台 |
総社市 | 2校 | 1校 | 小1-6 中1-3 |
1,025名 | 124台 | Debian Sarge 3.1 シンクライアント |
3台 | 3台 |
合計 | 9校 | 6校 | 6,291名 | 706台 | 11台 | 8台 |
図2-1 実施地域の概要
各地域では、導入したデスクトップOSS環境を利用した授業が、ほぼ全教科にわ たって合計2,000時限以上実施された。主な授業内容は、Webブラウザ(Mozilla, Firefox)を利用したインターネットの調べ学習や教材コンテンツの視聴、オフィ ススィート(StarSuite)を利用した学習のまとめの作成であった。
児童 生徒数 |
教員数 | 時間数 | 主な教科 | 主な授業内容 | |
---|---|---|---|---|---|
岐阜県 | 2,152名 | 42名 | 442時間 | 国語、算数・数学、理科、社会、生活、家庭科、総合 | インターネット調べ学習(Mozilla) 教材コンテンツの視聴(Mozilla) 調べ学習の発表(StarSuite) 特殊学校でインターネット検索(Mozilla) |
つくば市 | 2,423名 | 121名 | 875時間 | 国語、算数・数学、理科、社会、生活、総合、道徳、クラブ | インターネット調べ学習(Mozilla) 教材コンテンツの視聴(Mozilla) 学習のまとめ作成(KB、あんどう君) デジカメ画像で発表資料作成(StarSuite) |
京田辺市 | 691名 | 16名 | 317時間 | 社会、理科、算数、総合、クラブ | インターネット調べ学習(Firefox) デジカメ画像で新聞作成(StarSuite) 教師が資料をプレゼン(StarSuite) |
総社市 | 1,025名 | 30名 | 385時間 | 国語、算数、理科、社会、生活、総合 | インターネット調べ学習(Firefox) 教材コンテンツの視聴(Mozilla) 学習のまとめ作成(StarSuite) |
合計 | 6,291名 | 209名 | 2,019時間 |
活用方法 | 利用者 | 利用OSS | 授業内容(授業の様子) |
---|---|---|---|
(1)調べる | 児童 ・ 生徒 |
Firefox |
田辺小学校6年生 社会 「平和で豊かな国を目指して」
|
(2)まとめる | 児童 ・ 生徒 |
StarSuite8 Impless |
草内小学校4年生 総合的な学習 「自分新聞を作ろう」
|
(3)伝える | 教師 | Firefox・ StarSuite8 Impless |
田辺中学校2年生 理科 「天気の変化」
|
実証実験を行った各地域では、学校におけるOSS環境導入に向けて、次の8つの課 題について分析・検討を行った。(1)実用性、(2)移行性、(3)運用性、(4)導入・ 運用研修、(5)導入・運用コスト、(6)サポートモデル、(7)PC管理環境、(8)デー タ管理環境、の8つである。
各校平均100時間以上の実践授業を通じて、OSSデスクトップ環境の機能・操作性 が十分実用的であるかを検証した。
総社市と京田辺市では、児童生徒に対しアンケート調査を行った。総社市の児童 生徒に対するアンケートでは、90%以上がOSSに対する抵抗は特に無く、操作性に ついても簡単にかつ楽しんでOSS環境を扱えている。また、今後の利用意向につ いても、「ぜひ授業を受けたい」「まあまあ受けたい」という意見が90%を超え た。
京田辺市では、約80%の児童生徒が「これまでのパソコンとあまり違いを感じな かった」と評価している。また、OSS環境に関する習熟度では、80%以上の児童生 徒が「先生や友人に教えてもらって使えるようになった」と回答した。これらの 回答から、OSS環境の操作性は十分に実用レベルに達していると評価できる。
Q: コンピュータを使うのは簡単でしたか?
Q: これからもコンピュータを使った授業を受けたいですか?
図3-1 総社市の児童生徒に対するアンケート結果
一方、教員は児童生徒に比べ、OSS環境にいくぶん厳しい評価を下している。総 社市のアンケートでは、OSS環境を使うのは「とても簡単」「まあまあ簡単」と いう回答は、児童生徒の90%に対し、教員はわずか60%にとどまった。授業の組み 立てや教材を作成する教員の視点では非OSSとの操作性の差異や授業中でのトラ ブルへの不安(不信)感が色濃く現れていると言っても過言ではない。また、 OSS環境のソフトの少なさに言及した意見が目立った。従来の非OSS環境で活用で きていたものを使用したいという意見も多い。ただし、ソフトの不足はコンテン ツを充実させることで、ある程度克服可能である。
児童生徒あるいは教員は、純粋にOSS環境の機能・操作性だけで実用性を評価す るわけではない。体感的な使いやすさや習得しやすさも実用性の大きなポイント である。このような実用性を向上させる工夫として、総社市では次の3つのポイ ントを挙げた。
これらの充実によって「OSS環境は使える感」や「OSS環境でも安心感」が大きく 向上することが分かった。
既存のデスクトップ環境で行われているIT活用授業を、OSSデスクトップ環境に そのまま移行できるか、というのが移行性である。 特に移行時の問題となる教 材コンテンツと周辺機器の互換性について評価した。
Webベースの教材コンテンツは高い頻度で利用されている。逆に言えば、教材コ ンテンツの大多数が利用でき、学習のまとめを作るプレゼンテーションソフトが あれば、通常行われているIT活用授業の大部分はカバーできるとも言える。しか しながら、教材コンテンツに限らずWebページのブラウザ依存性は、OSSブラウザ 導入の大きな障害の一つであることも事実である。
総社市では、岡山県情報教育センターより公開されている57,000点のデジタルコ ンテンツの約3割(17,150点)についてOSSデスクトップ環境での利用可能性を評 価した。その結果、97.3%コンテンツがOSS環境でも問題なく利用可能であること が実証された。非互換コンテンツ(477点)の主な原因は4タイプあり、A.、C.、D. は現時点で解決策がない。B.を含め179点のコンテンツを利用可能に修正した。
図3-2 総社市の教材コンテンツのOSS環境との互換性
OSS環境の周辺機器対応は既存環境に比べて遅れている。
岐阜県及びつくば市は実証実験の2年目であり、「運用の自立化」が大きなテー マであった。教員の自主運用に必要となる操作についてスキル評価を行い、自主 運用が可能になったかを評価した。評価項目は、(1)OSSデスクトップ環境の操作、 (2)クラスルームPC管理ソフトウェアを利用した運用・管理、(3)データ管理サー バの運用管理、及び、(4)不具合発生時の対処、である。
つくば市では、教員レベルで必要となる運用スキルは習得された。しかし、問い 合わせ先のITサポート員に対する、ネットワーク設定、サーバ管理の技術移管を 行う必要がある。岐阜県では、基本的には従来から各校をサポートしている地域 の保守ベンダに引き継ぐことで自立した運用が可能である。ネットワーク設定の 追加・変更、周辺機器の追加、OS・ソフトウェアのアップデートをある程度教員 ができるようになることが望ましい。
障害、相談、要望等の問い合わせ発生件数は、岐阜県60件、つくば市10件、総社 市70件、京田辺市70件であった。つくば市では、1年間の利用を経てOSS環境に 慣れ、またPC管理環境が稼働しているため、問い合わせ件数が激減した。岐阜県 では、今年度新たに導入したデータ管理環境への問い合わせや、2年目に入りハー ドウェア障害が目立った。総社市と京田辺市では、導入時のトラブルや問い合わ せが多く、長期運用時の評価は今後の課題である。
いずれの地域でも1〜2時間のOSSデスクトップ環境の操作入門の研修を実施した。 1回の研修で完全に操作をマスターしたとは考えにくいが、非OSS環境で同様の操 作を習得済みであることから、1回の研修後にOSS環境を利用した授業を行えてい ると考えられる。また、京田辺市では、講師がOSS活用した授業をやってみせる OJT形式の研修を実施した。OJT形式の研修の効果は非常に高いと評価された。
ただし、研修後のフォローアップは大切である。総社市ではICT授業アシスタン ト、京田辺市では情報教育コーディネータが定期的に巡回し、個別に教員の質問 に対応した。このようなフォローアップを導入研修と組み合わせることで、効率 的なスキル習得が行える。
児童生徒に対しては、最初にOSS環境を使用する際、1〜2時限程度教員により授 業の一環として操作研修が行われている。教員に対する研修が行われていれば、 児童生徒に対する外部講師による研修は必須ではない。
研修名 | 対象者 | 時期 | 回数 | 対象人数 | 講師 | 研修内容 | 利用教材 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
OSS導入研修 | 総社市教員 | H17/11 | 3回 各1時間 |
34名 | ICT授業アシスタント | OS起動、終了 ブラウザ、Impressの操作 |
でじこんマスターLinux版 |
OSS活用指導者研修 | 京田辺市教員 | H17/12- H18/1 | 5回 各1時間 |
15名 | 京田辺市教育委員会 | Impressを使った新聞作りの進め方(OJT形式) | なし |
実証対象校活用研修 | 京田辺市教員 | H18/1 | 3回 各1時間 |
16名 | 京田辺市教育委員会 | Linux概要 StarSuite紹介、操作演習 |
活用マニュアル |
OSS活用個別研修 | 京田辺市教員 | H17/11- H18/3 | 3日に1回の訪問時 | 16名 | 京田辺市教育委員会 | 周辺機器の使用法 Impress、Firefox使用法 |
なし |
Linux入門研修 | 岐阜県教員 | H17/12 | 2回 各2時間 |
12名 | サポート企業 | Linuxデスクトップの概説、使用法 | Linuxデスクトップ入門 |
LinuxPC導入研修 | つくば市教員 | H17/12 | 2回 各2時間 |
27名 | サポート企業 | Linux概要 Linuxの使い方 |
Turbolinux使い方、Linux概要 |
StarSuite概要研修 | つくば市教員 | H17/12- H18/1 | 2回 各2時間 |
36名 | サポート企業 | Calcの使い方 Impressの使い方 |
Calcを利用した成績処理 |
岐阜県・つくば市では、OSS環境における導入コストの低減を目標として導入コ ストの試算を行った。導入構成は、PC教室を想定しクライアントPC 40台に加え、 データ管理サーバを1台導入するとした。現地設置費用と研修費用は含まれてい ない。
クライアントPCの構成として、a) LinuxプレインストールPC、b) Linux追加イン ストールPC、c) 非OSS PCの3タイプを考えた。いずれも調査時点で低価格で調 達できるモデルを採用した。この3タイプの中で最も低コストなのは、a)Linuxプ レインストールのOSS PCであり、40台(+サーバ1台)で約318万円である。このタ イプはTurbolinux社が意欲的な価格で提供したものであり、未だ市場では一般的 ではない。Linuxを追加インストールするタイプでは、OSの費用及びキッティン グ費用が追加されるため合計466万円と大きくコストアップとなる。しかし、既 存環境で一般的な非OSS PCではオフィスソフトが余分にかかるため合計512万円 となる。
OSS PC | 非OSS PC | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
Linuxプレ インストール |
Linux追加 インストール |
||||||
クライアントPC | ハードウェア | T社 (注1) |
\65,100 | D社 (注2) |
\74,800 | D社 (注2) |
\74,800 |
OS | Turbo linux FUJI | --- | Turbo linux FUJI | \16,800 | 非OSS | --- | |
オフィスソフト | Star Suite 8 | --- | Star Suite 8 | --- | 非OSS(注3) | \32,800 | |
小計 | \65,100 | \91,600 | \107,600 | ||||
40台中計 | \2,604,000 | \3,664,000 | \4,304,000 | ||||
キッティング | --- | (注4) | \420,000 | (注5) | \200,000 | ||
合計 | \2,604,000 | \4,084,000 | \4,504,000 | ||||
データ管理サーバ | ハードウェア | E社 (注6) |
\132,000 | E社 (注6) |
\132,000 | E社 (注6) |
\132,000 |
OS | Turbo linux 10 Server | \41,790 | Turbo linux 10 Server | \41,790 | 非OSS | \84,000 | |
小計 | \173,790 | \173,790 | \216,000 | ||||
キッティング | (注7) | \400,000 | (注7) | \400,000 | (注7) | \400,000 | |
合計 | \573,790 | \573,790 | \616,000 | ||||
合計 | \3,177,790 | \4,657,790 | \5,120,000 |
総社市では、OSSデスクトップ環境を管理するシンクライアントシステムの導入 コストを試算した。前提として、データ管理サーバ及び環境復元機能が導入され るものとした。クライアントPCはマルチメディア環境が十分に動作可能なスペッ クとする。ハードウェアはクライアントPC 38台とサーバのみを見積もることと した。非OSS環境ではオフィススィート(アカデミック価格)とデータ管理サーバ アクセスライセンスが必要である。シンクライアントOSS環境では、シンクライ アントサーバがPC管理とデータ管理を兼ね、そのアクセスライセンスが必要であ る。
以上の前提の下で、ハードウェア及びソフトウェアのコストを見積もると、非 OSS環境は約612万円、シンクライアントOSS環境は約500万円であった。約1.2 倍 の優位性がある。ただし、この試算ではクライアントPCは同一機種を選んだが、 本来シンクライアント環境ではHDDとOSが不要である。HDD抜きのモデルが発売さ れれば、さらにコスト差が広がるはずである。
区分 | 名称 | 非OSS環境 | シンクライアントOSS環境 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
スペック | 単価 | 数 | 金額 | スペック | 単価 | 数 | 金額 | ||
ハード | サーバ | CPU: Pentium 4 630 MEM: 1.0GB HDD: 73.4GB ×1 |
\274,000 | 2 | \548,000 | CPU: Pentium 4 630 MEM: 1.0GB HDD: 73.4GB ×1 |
\253,000 | 1 | \253,000 |
ハード | クライアント | FMV- C6210 CPU: Celeron M360J MEM: 512MB HDD: 40GB |
\108,100 | 38 | \4,107,800 | FMV- C6210 CPU: Celeron M360J MEM: 512MB HDD: 40GB |
\108,100 | 38 | \4,107,800 |
ソフト | アプリケーション | ブラウザ、オフィス、お絵かきなど | \35,210 | 38 | \1,337,980 | ブラウザ、オフィス、お絵かきなど | --- | 38 | --- |
ソフト | クライアントアクセス | クライアントアクセスライセンス(5ユーザ分は標準添付) | \4,000 | 33 | \132,000 | BT Adminis- tration Server 20アクセスライセンス | \320,000 | 2 | \640,000 |
合計 | \6,125,780 | \5,000,800 |
また、両者の導入作業の時間工数をまとめた。非OSS環境ではクライアントセッ トアップを台数分行う必要があるが、シンクライアントOSS環境ではサーバ環境 構築やクライアントディスクイメージに余分に時間がかかる。このため非OSS環 境で641千円、シンクライアントOSS環境で617千円(1人月=100万円で計算)と両 者に大きな差がないことが分かった。ただし、1PC教室の導入では差がないとし ても、教育委員会単位で複数のPC教室整備する場合には、クライアントディスク イメージの作成を省略できるため、2校目以降は429千円に削減できる。つまり、 シンクライアントOSS環境の優位性は導入校が増えるに伴い増加する。
学校のOSS環境に対する企業の有償サポートモデルの立案は困難であった。現状 のIT産業が行っているコスト提示からビジネスが始まる一般的なコストプライシ ング方式では、現状の教育現場が採用できる価格を提示できない。その解決策と して、顧客に与える利益から価格を導き出す「バリュープライシング」の考え方 がある。 具体的には、クラスルームPC管理ソフトと遠隔サポートを組み合わせ により「無人、夜間、自動、全PC管理、遠隔保守」による教育現場での圧倒的な IT管理負荷軽減が実現すれば「教員が教務に集中できる」本当の顧客価値を提供 することができる。また遠隔保守はサービスプロバイダとしても人件費圧縮や顧 客との情報伝達に大きな効果が得られることからバリュープライシングで必要な 下限の自社コストを算出しやすい。
しかしながらバリュープライシングへの挑戦と算出には時間を要する。サービス プロバイダーだけではなくIT業界全体の改革でもあり、OSSのサービスビジネス モデルが確立する大きなきっかけになるため、日本OSS推進フォーラム等のマー ケティング分野の活動として進言する必要がある。
京田辺市では「環境構築」から「保守・運用管理」、「授業支援」に至るまで全 ての業務を一括で教育委員会が担っており、安定したシステム構築から効率的な 研修、運用まで出来るようにしてきた。本実証実験においても、教育委員会が平 常業務と同様に実証実験のサポートを実施した。
サポート体制は、情報教育コーディネータ2名、ネットワーク管理者2名である。 情報教育コーディネータは主に機器の説明・機器を活用した授業の組み立てのア ドバイスや授業準備といった授業支援を行う。持ち回りで各校を定期訪問(約3 日に1回)する際に、質問などに答える形で支援している。ネットワーク管理者は OSSデスクトップの環境構築、ならびにPCやデータ、サーバの管理を行った。定 期訪問時に何か問題等があれば駆けつけ対処する、という従来通りの方法を採用 したが、本実証実験対象マシンに関しては大きな障害やいたずらも発生すること なく終えた。
京田辺市におけるサポートモデルにおいては、非OSS環境時とOSS環境時とで業務 内容の増減はスタッフには感じられなかった。また、これまでOSSを使ったこと がない先生方の不安を取り除き、安心して新しい環境の活用にチャレンジする気 持ちにさせるサポートであった。つまり、京田辺市の教育委員会が主体となるサ ポートモデルはOSS環境でも有効に機能するサポートモデルの一つであると考え られる。
図3-3 京田辺市のサポートの流れ
総社市のサポートモデルの特長は、教員を支援するICT授業アシスタントを活用 していることである。ITと教育に明るい、コンピュータのインストラクタ資格、 あるいは、教員免許のいずれかを持つICT授業アシスタントを1校に1名配置した。
ICT授業アシスタントは、コンピュータの準備、チームティーチングをはじめ、 OSS環境下で、教員や児童生徒が活用できるアプリケーションやディジタルコン テンツを紹介した。また、教員の意図する学習課題やねらいの達成が見込めるコ ンピュータの活用法を情報教育担当の指導主事の指導の元で提案したり、リンク 集を作成したりするなどOSSの活用に弾みをつけた。
ICT授業アシスタントは、情報教育担当の指導主事と密に連絡を取り合える状態 であり、授業でのICT活用の位置づけのアドバイスを随時受けて授業支援にあたっ た。また、ICT授業アシスタントとSEは、トラブルやエラー報告について密に連 絡が取り合える状態であり、発生したトラブルに対しての迅速な対応を実現した。
本実証実験では、1校1名のICT授業アシスタントを派遣したが、予算面において も適切な人数とは言えない。ICT授業アシスタントは教育委員会等を単位とした 地域全体の活性化において有効な役割りを果たす。今後は、教育委員会や情報教 育センター単位に数名のICT授業アシスタントの配置が望ましい。当プロジェク トにおいては、設定・チューニング段階のシステムを活用した授業実践になった ことにもより、1校に1名でフル稼働となったが、今後はマニュアルの整備やシス テムの品質向上を図ってきたことにより、より少ない人数で効率的な支援が可能 と思われる。適切となる人数は、システムの完成度やマニュアルの整備及び授業 実践事例の蓄積数に応じて変わってくる。また、1名が複数校をサポートするこ とで新たなメリットも生まれる。さらに、OSSデスクトップ環境の活用における メリットも大きい。
図3-4 総社市のサポート体制
つくば市では、昨年度開発した「クラスルームPC管理ソフトウェア」を利用した PC管理環境を実現した。クラスルームPC管理ソフトウェアはPC管理サーバ上で稼 働し、参照用PCのディスクイメージを複数台のクライアントPCにコピーする(こ れを「イメージ配布」と呼ぶ)ソフトウェアである。
毎晩、イメージ配布を実行することによって、授業中に児童生徒がデスクトップ 環境を破壊してしまっても、一晩経てば元通りの状態に復旧する。また、デスク トップ環境を変更したり、ソフトウェアを追加・アップデートする際も、参照用 PCにだけ行えば、自動的にすべてのクライアントPCに変更結果のイメージが配布 される。このようにクラスルームPC管理ソフトウェアは、IT担当教員のPC管理の 負担を大きく軽減することができる。
図3-5 つくば市で利用したクラスルームPC管理ソフトウェアの仕組み
総社市では、運用・保守の負荷軽減のためにPC管理環境としてシンクライアント 環境を導入した。シンクライアントサーバにクライアントのディスクイメージを 持ち、ネットワークブートにより、そのOSSの環境を立ち上げるものである。既 存環境では台数分の作業時間を要するのに対し、シンクライアント環境では1 台 分作業すればよいため、運用作業の手間が大幅に削減できる。
シンクライアント環境と既存環境における、運用設定作業の作業時間の比較を行っ た。作業内容は、a) ソフトウェアの追加、b) Firefox(ブラウザ)のお気に入り 追加、c) Firefox(ブラウザ)のプラグイン追加、d) OpenOffice(オフィス)のメ ニューバー修正、e) デスクトップへのアイコン追加、f) システムの標準音量の 変更、の6項目である。既存環境では、一台当たり6.5分、38台で247分を要する。 一方、シンクライアント環境ではサーバ上での設定なので台数によらず31分であっ た。シンクライアント環境では、人的ミスや大幅な作業時間の短縮が図れ、シン クライアント環境の優位性が実証された。この効果はPC台数が大規模になるにつ れ、その効果はより高くなる。
しかしながら、設定時間の短縮は図れるものの、教員自身でソフトウェアの追加 や設定変更を行うのは困難である。今後、操作マニュアルの整備や標準化によっ てこれら問題の解決を行う必要がある。教員は、ユーザ管理(追加、変更、削除)、 児童データの管理、バックアップ、軽微な環境変更(アイコンやお気に入りの追 加等)の作業は、研修やマニュアル整備によって担当できると考えられる。一方、 SEでなければ実施が難しい作業として、アプリケーションの追加、システムのト ラブル対応、障害発生時のリストア作業がある。このようにシンクライアント OSS環境はメリットも大きいが、SEのサポートが必要であり、予算的手当が欠か せない。
図3-6 総社市で利用したシンクライアントシステム
総社市では、シンクライアントOSS環境を構築した。シンクライアントであるた めローカルディスクを持たず、サーバ上にすべてのデータが格納される。このシ ンクライアントの機能を用いてデータの一元管理を実現した。
これまでのPC教室環境では、各クライアントのディスクや外部メディア、ファイ ルサーバ等、複数個所にデータが分散され、データの保存場所が統一されていな いケースが多々見られる。それにより、「児童が前回の授業で作成したデータを 再度編集する際に前回自分が作成したデータが見つけにくい」「教員から児童の データが一元管理できない」と言った問題を抱えていた。この問題をシンクライ アントサーバ上のNFSサーバで解決を図った。
児童生徒のホームディレクトリは、すべてNFSでマウントされたシンクライアン トサーバ上のディスクに格納される。児童生徒はサーバ上にデータがあることを 意識することなく、普段のデスクトップ環境で授業を行うことができる。このホー ムディレクトリは他の児童生徒から参照できないが、教員端末からは全児童のホー ムディレクトリが一覧できるようにした。クライアントディスク上にデータを保 存しない為、全てのファイルがサーバ上で一括管理が可能であり、クライアント PCにデータを持たないためセキュリティ効果が非常に高い。
ただし、進級処理や、データのバックアップ・リストア、デスクトップ環境設定 の一括処理、サーバ障害時の対応などが今後の課題として残されている。
岐阜県では、Sambaサーバを利用したデータ管理環境を構築・運用した。昨年度 はインターネットの調べ学習が中心であったが、データ管理環境を用意したこと により学習のまとめの作成などデータ作成を伴う授業での利用が広がった。
データ管理環境の構築・利用を通じ、学校側のデータ管理への要望を集約した。 その結果、学校で必要となるのは単なるデータ格納先のディレクトリ管理ではな いことが分かった。個人、担任、クラス、学年、年度等、教務・校務で利用でき る学校全体としての履歴データベースが必要であり、ディレクトリ管理は一要素 に過ぎない。
学校全体としての履歴データベースの必要性を踏まえて、学校運営及び教務の履 歴上必要なXMLデータベースのためのXML/Schemaの設計と、それを活用したアプ リケーションの概要を設計した。この概要設計では、岐阜県教員の協力も得て、 OSSアプローチにより学校向けデータ管理機構を設計した。将来これを実装して 学校現場が導入・改良しやすいOSSのデータ管理基盤を提供することを目指して いる。
本実証実験を通じて得られた成果や知見から、今後のOpen School Platform推進 に向けた、いくつかの課題が浮かび上がってきた。