A2.  大和市立光丘中学校

酸性雨/窒素酸化物(NOx)
調査プロジェクト 実践報告

神奈川県大和市立光丘中学校 中村孝夫


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0.はじめに

     近年、公害に対する関心が特に高まり、学校教育の中でも、理科、社会、保健体育、技術家庭科を中心にして、地球環境と人間活動の調和について取り上げられる機会が多くなってきた。

     小学校では、地域観察が盛んに行われ、これを基にごみ問題、自然観察が多く取り上げられるようになってきた。

     中学校以上では、科学的基礎もある程度ついてくるため、傾向的、定性的な観察から定量的な観測も取り入れられるようになり、関心のある教職員を中心に水質観測、大気汚染観測などの教材化が試みられてきた。

     本校では、観測機器が安価で比較的測定が容易なものとして、酸性雨観測を継続して行っている。

     学校周辺には、市の環境管理センター(ごみ焼却場)、アメリカ合衆国海軍厚木航空施設(通称・厚木基地)、主要国道など大気汚染物質排出源と予想される施設があり、その影響を測定することは、生徒の環境に対する関心を育てる上で適した課題といえる。

    学校の北側、繁華街

    西側の厚木基地、丹沢山塊(屋上から)

     地域の環境測定値は、大和市役所構内の神奈川県一般大気観測局、国道267号線深見西自動車排気ガス測定局の汚染物質(二酸化硫黄、二酸化窒素、浮遊粒子状物質、オキシダント等)の濃度データがある。

     これらは、本プロジェクトのNOx調査と関連があり、NOx測定期間は、本校測定値とWeb上に提供される測定局時間データの平均値との比較を行うことができた。

     また、神奈川県環境科学センターからの2測定局の時間データ(汚染物質濃度と気象データ、自己解凍エクセル形式)の提供を受け、グラフ化を試みた。

     環境を測る切り口はいろいろ考えられるが、多くの学校でアイディアに富んだ試みを実践し、広報することは、今後の取り組みを発展させる原動力になるものと確信している。

     インターネットとリンクして、全国的観測ネットワークが立ち上がりつつある。

     環境教育教材として、

    1. どこでも同じような観測が可能である。
    2. ネットワーク化が容易である。
    3. 多面的な交流学習へと発展移行していくきっかけとなる。
    4. 教科横断的な内容を多く含んでおり、新教育課程の「総合的な学習」、選択教科での教材として適していると考えられる。

    等の特徴がある。

     教育プロジェクトでの実践から「酸性観測」、「二酸化窒素測定」は環境教材として適したものであり、この2つの関連を探ることは知的好奇心をくすぐる対象になるのではないか。

     今後、子供たちが、自分たちの回り環境変化を継続して調べていく対象として、酸性雨観測、二酸化窒素測定が広がり、全国的観測網が構築されることを期待している。

1.研究の経過

     本校では、平成5年から2年間、コンピューターネットワークを使った学情研の遠隔共同学習「酸性雨共同観測プロジェクト」に参加し、降水のpH、導電率測定を実施してきた。

     このときは、携わった教員の担当クラスから希望者を募り、放課後等を利用して実施してきた。

     測定結果は、専用パソコン通信を通して、鳴門教育大学に送り、さらに処理をして、参加各校に配信されるものであった。

     このデータは視覚化されて、全国の降水状況が一目でわかるようになっており、当時としては画期的なものであった。

     このプロジェクト終了後も観測を継続し続け、観測データを蓄積してきた。

     1997年からは、酸性雨観測機器を製造する堀場製作所の運営する地球環境観測データベース「HONEST」に公開すると共に「酸性雨/NOx調査プロジェクト」に参加し、3年生選択理科「環境測定」で生徒が主体となって、測定を行ってきた。

     パソコン通信、インターネットを介し、3つのデーターベース構築活動に参加する中で、全国の小・中学校及び高等学校との情報交換を行ってきた。

     特に岩手大学教育学部付属中学校との共同学習交流は、活動に参加した生徒にとって、将来、社会人として生活するための貴重な体験であったと考えている。

     また、1998年には、神奈川県環境科学センターから県内5市各自治体が採取した降水(6月〜7月)のpH、導電率、成分イオン分析結果の提供を受け、県内降水の傾向を分析してきた。

     今後とも、観測を継続し、長期間の観測結果を基に降雨分析していく予定である。

2.研究の内容

    (1)測定機器について

       光丘中学校1棟西屋上に転倒ます雨量計感知部と降水分割採取器2台を設置している。

       降水分割採取器2台はそれぞれ、pHと導電率測定用降水とイオンクロマト分析用降水を採取しており、砂袋、コンクリート片で固定している

      降水分取器の外観

      屋上に設置した降水分取器と転倒ます雨量計感知部

       降雨の様子は、転倒ます雨量計計数器(階下のPC教室に設置している。)の記録紙に記録される。

      転倒ます雨量計感知部(屋上に設置)

      転倒ます雨量計計数器(階下PC教室に設置)

       転倒ます雨量計記録紙から、降雨開始時間、終了時間、時間雨量等を読みとり、測定データに添えている。

       転倒ます雨量計の「転倒ます」は定期的に清掃・注油などの整備をし、計数降水量と雨水分割採取器の量との整合性を確認している。

       降水は、カップ毎に導電率計、pH計でそれぞれ、3回以上計測し、値が安定したところを決定値としている。

       また、導電率計、pH計は、それぞれの標準校正溶液で、一ヶ月毎に校正して、測定値の正確さを保っている。

    (2)測定について

       酸性雨の一般的な成分分析の測定項目は、pH、導電率、汚染イオン性物質類など10項目であるが、指標的項目であるpHと導電率だけを測定することによっても、降水の概略の汚染状態を知ることができる。

       pHメータと、コンパクト導電率計は、小型軽量で誰にでも簡単に使用でき、微量のサンプルでも測定ができるため、モニタリングに威力を発揮すると考えられる。

       分割採取降水は冷蔵庫で保存し、3年生選択の時間に生徒が測定している。

      雨水測定の様子(3年生選択理科「環境測定」での活動)

       使用したカップは水道水、精製水の順で洗浄・乾燥して、分割採取器にセットしている。

       降雨時の気象状況は、インターネットから気象庁自動観測ロボット「アメダス海老名」の観測記録を取り出し、記録に添えている。(http://tenki.or.jp/)

3.測定結果処理について

     各分割採取降水のpH、ECデータは表計算ソフト(マイクロソフトエクセル、ロータス123等)に入力し、内蔵関数で必要な数値が計算されるようになっている。

    この際、雨量8mm以上は流出カップ降水とカップ8降水を混ぜ、pH、ECを測定し、これをもって「8mm以上の降水」の代表値として計算している。

     降水毎の平均pHは、各カップの水素イオン量を加算して、平均イオン濃度を求め、対数値に換算し、平均導電率は、単純平均で算出している。

    さらに、各降水毎の平均値をまとめて月毎の平均値を求め、結果分析のため、各種グラフを作成している。

4.測定結果について

     森林資源科学科の協力で8mm以上の降雨について、イオンクロマト分析(以下、IC法)を行ってきた。

     本校では、pH、ECの測定のほかに、より詳しいデータを得るため、日本大学 生物資源科学部の協力で降水のイオンクロマト分析(IC法)を行っている。

     

    イオンクロマトグラフ(日本大学 生物資源科学部 森林資源科学科)

     このIC分析結果を基に、観測データの傾向について述べてみたい。

    (1)入力酸性度(pAi)と降水pH

       降水のpH測定は、酸性物質としての硫酸、硝酸、塩酸が電離した水素イオンが、中和成分により消費され、残った水素イオン量を測定していることとなる。

       それでは、降水が本来もっていた水素イオンはどれほどかというと、降水中のSO42、NO、Clの当量和に等しいことになる。

       また、各研究機関の分析から、酸性成分は日本全国ほぼ同じ程度存在するといわれている。

       大和市は、地理的に海に近く、海水が飛沫として大気中に浮遊していており、人為的活動による汚染物質については、海洋塩成分を除いたもので議論しなければならない。

       海洋由来の成分濃度の比率は、海洋→大気(雲)→降水で変化しないと仮定して算出する。

       算出の際、Na+の量は全て、海洋成分と見なして、他の成分の中から海洋起源成分を求める指標としている。(海洋成分を除いたものにはnss(Non Sea Salt)を付けて表している。)

       降水中のSO42−、Clは、海水飛沫として、硫酸塩、塩化物として大気中にも浮遊している。

       これら塩類のSO42−、Clは水素イオンを電離しないので、降水中のSO42−、Clから海洋起源のSO42−、Clを差し引かなければならない。(海洋成分を除いたものには、サフックスnss(Non Sea Salt)を付けて表している)

       降水中のNa+を基に、海洋起源の量を算出すると、Clは、ほぼ全て海洋成分であり、人為的な発生は無視してもよいようであった。

       海洋起源SO42の量を差し引いたSO42が、人間の経済活動によって排出されたもの、二酸化硫黄から作り出されたものと考えられるため、このSO42を非海洋起源SO42、(nssSO42)とする。

       NOは、海水中には存在しないので、(海藻、植物性プランクトンによって窒素固定されてしまう)全て、人為的に排出されたものからつくられた窒素酸化物からの生成された硝酸からの電離と考えられる。

       そうすると、本来、降水の持っていた水素イオン量は、nssSO42とNHの当量の和に等しいこととなり、この水素イオン量を入力酸性度(Ai)と表わす。

       このことに基づき、8mm以上の降水を1mm毎にIC分析を行い、184のイオンクロマトグラムから、nssSO42とNOの当量を計算した。

       次のグラフは本校でのIC分析結果から入力酸性度(Ai)の逆対数値pAiと降水のpHとの関係を表したもので、2000年6月〜8月の降水と9月〜11月の降水とに分けて示している。

       グラフから、本来の降水のpAiは3.2〜5.0の1.8の範囲にあるのに対し、pHは3.4〜8.6の5.2の範囲にある。

       6月〜8月のpHは変動が大きく、中和成分量の変動が大きいことを示している。

       9月〜11月は中和成分が少なく、pAiとpHがほぼ近い値となっている。

       このように、pHが大きく変動することは、中和成分の量が変化することに原因があり、大都市部周辺に、人為的な汚染が大きく現われているものと予想される。

    (2)酸性成分と中和成分

       降水の中和成分として、主にNHとCa2+とがあげられる。

       NHは、海水中には存在しないので、(海藻、植物性プランクトンによって窒素固定されてしまう)人為的な活動(飼育、し尿処理など)によって排出されたと考えられる。

       降水中のCa2+量から、Na+量を基に計算した海洋起源のCa2+量を差し引いた非海洋起源Ca2+(nssCa2+)とNHの当量和と酸性成分のnssSO42とNOとの当量和との関係を次に示す。

       グラフからは、6月〜8月にかけては、中和成分>酸性成分となり、測定したpHは高めに(アルカリ側)現れていた。

       これは、黄砂、動植物活動等により中和成分が増加したものではないかと考えられる。

       9月〜11月にかけては、逆に、中和成分<酸性成分となり、pHは低めに現れていた。

       これは三宅島の火山ガス放出(二酸化硫黄など)の影響も考えられる。

       つまり、中和成分が多いか少ないかでpHは高いか、低いか決まってくることが予想される。

       このことは、大気汚染が大きいところでは、降水のpHが高かったり、低かったり、降雨によってpHの変動幅が大きく現われるということである。

       

    (3)酸性雨/NOxプロジェクトのデータWebの分析

       この「pHの変動幅の大きさ」から、汚染の程度を推定してみたい。

       本プロジェクトのデータWebから、比較的データの多く学校、また、地理的、データ的に興味深い屋久島の北部、南部の学校など6校(6地区)のデータを利用して傾向を考えてみた。

      ア.山梨県都留市

         都留市では、pHの幅は小さく、雨量の増加とともに導電率が急激に下がり、pHも5〜6の間に収束している。

         大気の汚染状況は小さいと思われる。

      イ.神奈川県大和市

         大和市では、pHの幅は3.0〜8.5と大きく、雨量が多くても導電率が高いものがあり、汚染状況はまだまだ、改善されていない。

         雨量が多い場合も低いpHの場合があるのは、越境汚染の影響も大いに考えられる。

      ウ.石川県小松市

         小松市では、pHの幅は4.2〜8.3と大きくい。雨量はレインゴ−ランドの貯水限界28mm以上が観測されていないが、導電率が高い降水が多いようである。

         大和市に匹敵する汚染状況ではないかと考えられる。

      エ.広島県福山市

         福山市では、pHの幅は3.5〜6.8と大きく、導電率が高い降水もある。

         瀬戸内海という特有の地形による汚染があるのではないだろうか。

      オ.鹿児島県 屋久島(北部)

         上屋久町(屋久島北部)では、pHの幅は小さく、大気の状態は良好ではないかと考えられるが、雨量が多くても導電率の高い降雨がある。

         データ他が少なくまだ状況を出せる時期ではないが、東アジアからの越境汚染の可能性も考えられる。

         今後とも、データの推移を注目していきたい。

      カ.鹿児島県 屋久島(南部)

         屋久町(屋久島南部)では、pHの幅は上屋久町に比べ大きい。

         同じ島内でありながら、北と南で降水状況が大きく違うようである。

         データが少なくまだはっきりとしたことはいえないが、同じ島内でありながら北部と南部で降水傾向が違うことは興味深い。

5.最後に

     「酸性雨/NOx調査プロジェクト」のデータWebを利用し、いろいろな切り口でグラフ化を試みてみた。

     分析作業を行いながら、参加校からのpH、EC、風向、雨量、気温など気象データが多ければ、はっきりした傾向分析ができるのではないかという感想を強くした。

     ひとつひとつのデータの信頼性はそう高くなくても、多くのデータが集まれば、それを使っての分析から、地域の傾向、日本の傾向まで的確に把握できるのではないかと考えている。

    現在、多くの酸性雨観測ネットワークが立ち上がり、それぞれがデータの公開をしているが、将来的にはこれを一本化していくことも必要ではなだろうか。

    また、IC分析結果とpH、ECとの関係をはっきりさせることができれば、降水の汚染状況を明確に表すことができ、大気の汚染状況を把握することが可能であろう。

    「降水は、大気状態を知らせるメッセンジャー」と捉え、今後も、関係機関に協力を求めながら、大和市の降水・大気の状態をより的確にしていくと同時に、もっと広い範囲(神奈川県、近隣県、関東地方)へと観測ネットを広げていきたいと考えている。


参考文献

    「大和市酸性雨観測ネットワークの立ち上げ」 2000年11月 神奈川県理科教育藤沢研究大会
    「NOの簡易定量及び気象要素との関係」 2000年9月 神奈川県教育公務員弘済会研究助成論文
    「環境水中のイオンのIC測定データ集」 2000年8月 日本DIONEX株式会社
    「地域環境の変化を計測する試み」 1999年9月 神奈川県教育公務員弘済会研究助成論文
    「環境保全活動のための酸性雨ハンドブック」 酸性雨問題周知啓発企画検討委員会編 1999年2月 酸性雨研究センター
    「酸性雨に関する調査研究報告書(U)」環境研資料135 1998年12月 横浜市環境研究所
    「神奈川県5市梅雨期降水分析デジタルデータ」 1998年10月 神奈川県環境科学センター
    「酸性雨調査法」酸性雨調査法研究会編  環境庁大気規制課監修 1993年6月 ぎょうせい
    「酸性雨に関する調査研究報告書」環境研資料107 1993年3月 横浜市環境研究所

参考Webサイト

    「HONEST」堀場製作所 地球環境ネットワーク http://honest.abiroh.com/
    「酸性雨/NOx調査プロジェクト」  http://pine.fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/
    「酸性雨研究センターEANET 」  http://www.adorc.gr.jp/jpn/index.html

       

             

               


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