地域におけるインターネット教育利用環境と推進方法に関する調査報告書
− 学習者のための情報教育環境に関する調査 −

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 3. 教育ネットワークの課題とノウハウ

3.1. はじめに

都道府県、政令指定都市、特別区、市町村などの教育委員会に、学習者のための情報教育環境に関するアンケート調査を行い、資料編のアンケート調査結果を得た。
この調査は、平成9年度と平成10年度に実施した新100校プロジェクト「地域展開に関する企画」の中の「地域教育ネットワークに関する調査」ならびにその調査結果を踏まえたもので、今年度で3年連続となる。
今回の目的は以下の通りである(再掲)。

    学校のインターネット接続が進み(平成11年3月末現在で35.6%)、次の段階として、学習者である子どもたちの情報教育環境の整備が大きく進もうとしています。学校での日常的なコンピュータ等の活用を実現し、すべての子どもたちの情報リテラシーを向上させるだけでなく、情報化によって学校運営のあり方も変わろうとしています。そうした変化に対応して、学校が自立的に取り組んでいくための体制、それに対する何らかの支援体制がますます必要となってくるものと予想されます。そこで現在整備が進められている「学習者のための情報教育環境」の実態を調査し、その分類・分析による類型化を通して、これからのインターネットの教育利用に向けた課題を明らかにします。
アンケートでは、次のような傾向が明らかになった。

  1. 学校の端末設備について
    • インターネットに接続されたパソコン数は、小学校では5台未満の地域が20(40%)と最も多かったのに対し、中学校では40台以上の地域が16(32.7%)と最も多かった。
    • インターネットを利用できる教室数は2以下が最も多く、小学校34地域(68%)、中学校32地域(64%)、高校13地域(56.5%)、養護学校など19地域(90.5%)であった。
    • インターネットに接続されたパソコン数と、インターネットを利用できる教室数の相関をとってみると、接続台数の増加が校内LANの整備に結びついていない傾向が見られた。
    • 学校からインターネットへの接続先は教育センターと民間プロバイダがほぼ同数であった。また接続回線はISDN公衆電話回線による接続が一般的だが、専用電話回線、CATV、無線などの常時接続回線を併用する地域が増えている。とくに常時接続回線を利用している小学校・中学校では、専用電話回線とCATVがほぼ同数であった。

  2. 接続予算について
    • ISDN公衆電話回線による接続に関して、学校でのインターネット利用時間に制限を設けていない地域が、制限を設けている地域を上まわった。

  3. 研修について
    • 教員を対象にした研修講座は、一般的に初級者、中級者、上級者に分けて実施されていた。しかし、教育ネットワークを管理するスキルを養成するための研修講座を開設している地域は34.2%と少なかった。

  4. 危機管理(トラブル対策)について
    • ハードウェアの保守管理について、60.5%の地域が業者に委託していたが、何の契約もしていない地域は全体の32.8%であった。
    • 一方、運用上のトラブル(学校がトラブルの一方の当事者となったとき、学校が教育にふさわしくない事態に巻き込まれたとき)に関しては、ほとんどの地域が対応策を決めていなかった。

  5. ボランティアの活用について
    • 学校情報化に関してボランティアを受け入れた経験があるか、または受け入れを検討中の地域は全体の56%であった。

  6. 情報化推進コーディネータについて
    • 情報化推進コーディネータはまだ制度化されていないが、実質的にこれと同様の運用をしている地域はすでに全体の18.4%もある。

  7. ed.jpドメイン名について
    • 学校や教育センターでed.jpドメイン名を取得した地域は52.1%であった。
このアンケート調査をもとに、特色ある取り組みを進めている地域を選定し、計10地域について面談調査を行った。面談地域の選定にあたっては、過去2年の調査結果と、郵政省・文部省による先進的教育用ネットワークモデル地域指定事業の展開も考慮に含めた。10地域のうち2地域は過去2年間の調査と同じ地域を選んだが、これは経年の運用によってどのような課題が新たに発生したか、それに対してどのような対処を行ったか、または行おうとしているかを、調査することが目的であった。

面談調査を通して、とくに目立ったのは、学習者のための情報教育環境整備がより多様性を増したことである。深刻な地方財政難の中で予算的な制約を受けながらも、教育ネットワークの構築にはじまって、その管理・運営、人材育成、教育利用にいたるすべての分野でさまざまな試みがなされていた。
このため調査結果をまとめるにあたっては、それらの取り組みの特徴を、
「整備」の加速
「分散」の模索
「活用」の支援
「評価」の機運
の4つのキーワードに整理することで、今後の自治体におけるインターネットの教育利用に向けて参考となるノウハウや課題の抽出を試みることにした。

3.2. 「整備」の加速

学習者のための情報教育利用環境の実態をとらえる最初のキーワードは「整備」の加速である。文部省の実態調査(1)によっても、公立学校のインターネット接続率は、

平成8年度(9年3月末現在) 9.8%
平成9年度(10年3月末現在) 18.7%
平成10年度(11年3月末現在) 35.6%

と毎年、倍増する勢いで伸びていることが示されている。
平成10年度調査では、市町村立学校まで含めて接続率が100%の都道府県は岐阜県1県であったが、面談調査によって、高知県、三重県の2県が平成11年度内に100%を達成する見込みであることが明らかになった。このほかにも今回の調査対象から漏れた佐賀県、香川県も同様に、まもなく100%に届くと見られる。
接続率の増加に加え、正確な調査は実施されていないが、同じ教育ネットワークに接続されたパソコンの端末台数も確実に増えている。地方交付税交付金の交付措置によって文部省が6年計画で進めてきた学校のパソコンを整備する整備計画(平成6年度〜11年度)が最終年度を迎え、その整備基準(小学校22台、中学校42台、高校42台、特殊教育諸学校8台)の達成と、平成12年度までに全公立学校をインターネットに接続するという目標とが重なり合ったことが一因となっている。
たとえば、次のように話す地域があった。
    「とにかく、端末のパソコンの台数がどんどん増えてきて、予想を上まわっている。当初は最終的に全校がつながった時点で2000台とカウントし、途中年度の現時点では約1000台と予想していたのですが、今年2月9日時点で調べてみると、つながっているパソコンは1242台だった。約2割ほど上回っている」
これは、教育ネットワーク整備の加速が呼び水となって、周辺から新たにネットワークへの接続を希望する教育機関・施設などが現れ、それを受け入れたことによって接続台数の増加がもたらされたケースである。
また予算措置の事情によって整備が急進展することになった地域では、いくらか戸惑いを込めて、次のような声も聞かれた。
    「これまで多くの学校は職員室に1台しかクライアントがなかったため、フィルタリングもとくに必要としていなかった。そうした運用上の問題を整理するために、全校のパソコン教室がつながるまでにはまだ時間の余裕があると思っていたら、急遽、今年度の2次補正で3月までに100校程度、来年度の当初予算で残りの全校の接続が決まった。だから、あと追いにならざるをえない」
こうした全国的な整備の加速現象を背景にして次のような傾向が見られた。

(1)文部省初等中等教育局中学校課情報教育室「学校における情報教育の実態等に関する調査結果」(平成8、9、10年の各年度)

3.2.1. 教員の意識変化
ひとつは、アンケートの質問項目にはなかったが、面談調査によって、教員の意識が明らかに変化したことがわかった。
高知県が県内の全学校を接続するDREAM NETの整備がスタートしたのは3年前だが、そのころと比較して、担当者は次のようにいう。
    「当時は『パソコンは操作できなくてもよい』と公然という教員が相当いた。ところが、ここ3年でほとんどそういう先生はいなくなった」
別の地域でも同じような印象を語る研修担当者は少なくなかった。
    「先生方への動機づけとか、興味づけというよりも、とにかく『やらなくてはいけない』という意識が非常に強い。コンピュータ研修に定員の2倍、3倍と応募が集まってくるので、われわれとしては、それをいかにさばくかに追われている」
    「市内在住の一太郎のインストラクター資格を持った方に講師をお願いして、興味のある先生を対象にした研修会を、今年度は3回開いた。同じ内容だったが、3回とも違う職員が来て、のべ100人以上が受講した。『時代に取り残されてはいけない』と、本当に前向きに受講されるので、いい研修ができた」
自主研修を開設すると、定員を超えて応募が殺到する現象は、面談対象のほぼすべての地域に共通していた。

3.2.2. 常時接続の増加とCATVへの関心
第2章で述べられているように、学校でのインターネット利用の目標を「いつでも(常時接続)、どこでも(校内LAN)、だれでも」とした場合、わが国の整備実態はアメリカ合衆国に比べると3年以上遅れているといわれるが、インターネットに接続する回線について、これまでのようにISDN回線など電話回線によるダイヤルアップ接続という固定した考えが薄れ、接続計画校の全校に常時接続を採用したり、あるいは部分的に常時接続のモデル校を設けている地域が少なくなかった。インターネットの教育利用を進める上で「いつでも(常時接続)」の必要性の認識が広まってきたことを表している。
とくに常時接続の中でも目立ったのは、CATVを利用した接続であった。CATVはデジタル専用回線に比べると高速でしかも安価という特長を持っているため、学校のインターネット接続の有力な選択肢の1つとなっている。
しかし、CATV会社はテレビ放送を主目的としているため、インターネット接続技術には不慣れである場合が多い。今回の面談調査の対象とならなかったが、接続を支援するボランティア団体が技術指導を行うことによって、地元CATV会社が学校の接続を受け入れることのできた地域もあった。
また、CATV網の普及には地域差が見られることが、CATV接続に関心を持っている地域の悩みとなっていることもわかった。同じ市町村内でも、全学校がCATV網の対象となっていない場合である。

3.2.3. 中古パソコンの再生利用
一部の地域だが、同じ行政内でリースアップとなったノートパソコン約2000台を学校に再配置する計画を持つ地域があった。
PTAやボランティアが数台単位で中古パソコンなどを寄贈する例はしばしば見られるが、これほど規模の大きな再利用計画は特筆に値する。
パソコンの性能向上により数年前のパソコンでも学校で利用する上で十分なスペックを持っていること、また厳しい財政難の中で必要台数の確保が難しいことなどの事情が、中古品を再利用することへの抵抗感をやわらげている。
しかし、中古パソコンの再利用には、すでにインストールされているソフトウェアの著作権、あるいは所有権移転の手続きなどの問題が依然として残っており、そのような問題がクリアできれば、資源の有効活用という観点からも、今後、端末パソコン数の不足を解消する選択肢の一つとして、さらに普及していくことが予想される。

3.3. 「分散」の模索

インターネットは分散処理の文化であるといわれるが、教育ネットワークを従来のようにセンターで担当者が一元的に管理・運用するのではなく、分散した運用の形態を取り入れる地域が増えている。これは今回の調査で浮かび上がった大きな傾向であった。

3.3.1. アウトソーシング
その一つは、管理・運営を外部業者に委託するアウトソーシングである。
アウトソーシング。新しい言葉だが、「外部業務委託」と訳され、企業が自社の業務の一部を外部に委託したり、あるいは業務にかかわる設備、人員、スタッフなどを外部から柔軟に調達することをいう。それによって専門性の確保、サービスの高品質化、経費の削減、人材の有効活用などを図ることができ、経営効率を高める手段として一般企業では生き残るためのキーワードとされる。
教育ネットワークの整備に関して、機器類の保守について導入業者など外部に委託するケースは一般的に見られるが、面談調査の対象となった10地域のうち4地域では、教育ネットワークのセンター設備に関して、機器類の保守だけでなく管理・運用業務までを含めて外部業者に委託していた。
アウトソーシングの形態は、サーバ設備などの費用の負担によって、大きくホスティングサービスとハウジングサービスに分けられる。サーバ設備などは教育委員会で購入し、その設備ごと外部に預けて管理・運用を委託するのがハウジングサービス、それに対して委託会社が運用するWebサーバやメールサーバなどのサービスやディスクの一部の提供を受けるのがホスティングサービスである。
4地域の内訳は、ハウジングサービス3地域、ホスティングサービス1地域であった。

3.3.1.1. 委託する業務の内容
教育ネットワークの構築に伴って発生する業務は一般的に管理・運用と保守であるが、外部に委託する業務内容や範囲は各地域によって異なっている。
県内の全域をカバーする教育ネットワークを構築した三重県は運用委託先にハウジングサービスで管理を外部委託している。次のように話す。
    「形としては教育センターを中心にしたネットワークレイアウトになっているが、実際にはサーバ類は運用委託先に置かせてもらい、保守等を含めてネットワークの管理を委託している。何かトラブルが起きたときは、SEに連絡すれば、すぐに対応してくれる。総合教育センターの職員は数が限られているので、管理の負担をかけるわけにはいかない。しかも、センターには研修施設という役割がある。機器の更新をはじめ、専門家に任せたほうがトラブルも少ない」
Webのデータや教育利用のためのコンテンツを提供するサーバだけを総合教育センターに置き、そのコンテンツ管理は総合教育センターが自前で行っている。それ以外の管理はすべてまかせている形である。
平成11年秋には50MB、100MB単位の意図的なメールが送られてきたためサーバがダウンするトラブルが発生したことがあった。いわゆる「メール爆弾」だが、そのような外部からの攻撃を受けたときでも、迅速に対応することができたという。
    「攻撃はよく土日に来ていた。そこで、私たちは休みの間に出勤してインターネットを立ち上げ、サーバがダウンしていたら、電話で連絡し、リモートで再起動をかけてもらい、ともかく翌日からの授業に差し支えない形で復旧して、あとで原因を追及してもらった。そういう応急措置ができることは非常にありがたい」
とセキュリティ面でのメリットをあげているのも重要な点である。セキュリティホールの修復、ソフトウェアのバージョンアップ、アクセスログの収集・解析など、セキュリティを守るためには多くの物的・人的コストを必要とするが、アウトソーシングによってその負担から解放され、しかもセキュリティを向上させることができるわけである。
この委託契約の中にはヘルプデスクも含まれており、学校からのトラブル相談なども委託業者に任せている。
また、豊橋市も民間プロバイダに委託して教育委員会専用のネットワークセグメントを構築し、専用のアクセスポイントと、学校からのダイヤルアップ接続の受け口をプロバイダに整備してもらうことで、全校を結んだイントラネット(同時利用できるのは全74校のうち35校まで)を実現している。次のように話す。
    「とりあえず学校をインターネットに接続してWebページを利用するためには、ダイヤルアップ接続できればいいというところから出発し、じゃあ、各学校が個別に接続するよりも、プロバイダを一つにまとめたほうが行政としても安心できるというので、この形を選んだ。最も大きな理由は、学校からの接続を受ける受電設備には相当な費用がかかるため、予算面の制約から、それを自前で持つことができなかったことだった。プロバイダが持っているサーバをレンタルで借りるのではなく、教育委員会で買ったものをプロバイダの施設内に置いて、サーバの管理全般をやってもらっている」
一方、神戸市はネットワークサーバの管理・運用は、市が契約している業者に、教育委員会が予算化して委託契約する形をとっている。
    「だからサーバ類はわれわれはいっさい触らない。委託しているのは、メールとWeb(イントラ用と公開用)の管理。教頭を含め教員には950ぐらいのメールアカウントを発行しているが、パスワードを忘れたという連絡があったときは、こちらで集約して委託業者に伝える。機械の調子が悪いというトラブルには、われわれが対処している」
ところで、秋田市では市の第三セクター「インフォーメーションプラザ秋田」(IPA)に教育ネットワークの管理・運用、保守を外部委託しているが、この委託会社は学校をきめ細かくサポートしている。
たとえば、機器のメンテナンス等で学校を訪問する機会の多い委託会社に、メンテナンスの業務の現場で教員への技術講習を依頼し、「訪問研修」として位置づけていることである。
たとえば、教員のパソコンを校内LANに接続したいという依頼がある。接続方法を知った教員がいない学校からは、IPAに接続依頼が行き、IPA職員が対応する。これはIPA職員が学校を訪問し接続方法を講習するという研修の一種(訪問研修)となっている。
委託業者が第三セクターという特殊事情もあるが、教育委員会と業者の信頼関係が欠かせないものであることを示している。

3.3.1.2. 工夫しなくても使える環境
現在は教育ネットワークを自前で管理・運用しているが、外部委託を選択肢の一つとして考えている地域も少なくなかった。
ある地域の担当者は次のように話す。
    「サーバ管理の観点でいえば、委託方式も考えるべきだと思っている。全校と教育委員会が専用線で結ばれ、各学校にサーバが置かれるような形になれば、当然そうすべきだと思っている」
現在、教育ネットワークの管理・運用に携わっている担当者の認識として、ダイヤルアップ接続はあくまでも過渡的な接続形態であり、将来は高速の専用線による常時接続に変わり、それに伴って学校へのサーバ設置の必要性が高まってくるという見通しが一般化してきたことに加えて、学校にサーバを設置する場合、それを管理できる人間が必要になるが、1校に最低1人といっても、学校によって規模が違うため、小規模校ではその1人の確保が難しいという事情も考慮されている。
サーバ管理に限らず、「業者任せにできるものはすべてまかせたい」と考えている地域もあった。次のように話す。
    「コンテンツ製作にしても、データはここにあるから、これを利用して、こういうものを作ってほしいと業者にまかせられないだろうか。先生はそれを利用して授業で使う。そういうように分けていかないと、先生が夜遅くまで頑張って、それで対応できる情報量ではなくなっている。そういう予算請求もしていきたい」
 同じことは別の地域での次のような言葉にも表れている。
    「工夫すれば使えるとよくいわれるが、逆にいうと、工夫しなければ使えない。工夫しなくても使える状況が、求められている。教員にはいろいろなことが求められており、コンピュータやインターネットの使い方の工夫ばかりしていられない。体育の時間に逆上がりをどうやったらできるのかということも工夫しなければならない」
わずか数年前までは、こうした声があっても、現実に外部委託が実現する見通しはまったくなかったといってよい。それが可能になった背景として、技術を持った業者が増えてきたことがあげられる。

3.3.1.3. サービスの精選
他方、教育センターで自前の体制で管理・運営している地域では、専任の担当者は数少なく、慢性的なスタッフ不足という事情は相変わらず継続している。にもかかわらず、教育ネットワークの規模は年々増大し、接続されたパソコンの台数も増え続けるという現実がある。
そういう中で、本当に必要なサービス内容の見直しを始めた地域もあった。これは業務の切り分けという点で重要である。
前橋市では、これまで教育センターで全教員・生徒のメールアドレスを発行し、各種のデータベースのサービスも行っていた。しかし、端末台数が予想を超えて増え、それに比例して負担も増大したにもかかわらず、担当者は併任のまま置かれているため、他の仕事との掛け持ちに追われ、教育ネットワークの管理・運用に力を割けなくなった。そこで現在を「ダイエットの時期」と位置づけ、どのようにサービスを精選するかを検討している。
    「あとになって破綻するよりは、これだけの運用規模で、これだけしか人がいなくて、しかもこれにかけられる時間が限られているのだから、これしかできない、それ以上を要求するなら人を付けてください、あるいはアウトソーシングしてください、あるいはSEを雇ってください、という形にするしかないと思う。それは別に悪いことではないと思うし、あとあとのことを考えると必要なことだと思う」
学校でのインターネット利用の揺籃期にあっては、担当者は半ばボランティア同然に苦労を背負い込まざるをえなかった。行政はそれに対して何の手当もほどこさなかった傾向が見られた。それが「ダイエットの時期」にさしかかったことは、学校でのインターネット利用が試行的な実験ではなく、すでに恒常的な業務へと変わってきたことを物語っている。
検討を重ねた結果、「民間プロバイダと同じサービスだけを残せばいい」という方向が見えてきたという。まだ結論は出ていないが、サービスをスリム化するしかなく、同じように費用対効果のコストパフォーマンスを考えながら、「分散」指向とは好対照をなしている点は象徴的である。
企業の場合は経営の合理化・効率化を実現するためにアウトソーシングを採用するものだが、教育行政の場合、アウトソーシングによってもたらされる合理化・効率化というメリットがそもそも正しく評価されない、とも指摘される。
この点に関して、別の地域の次のような言葉が強く印象に残った。
    「学校の情報化は行政にとって新しい事業。新しい事業を起こすにはお金がかかるのに、予算はつかない。結局、先頭に立つ必要はないが、最後尾にもなりたくないという意識が働いている」
 悲しいことだが、その傾向はまだまだ根強いこともまた事実である。

3.3.2. 教員組織による運用体制
教育ネットワークの管理・運用業務は外部委託できても、教育ネットワークそのものの運用ポリシーまで外部委託することはできない。そして当然のことながら、たとえばメールアドレスをどのように発行するかという問題をとってみても、運用ポリシーは地域によって異なっている。
そのような運用体制として、教員組織を活用している地域が見られたことは、やはり今回の調査の特徴であった。
突出した教員、学校の中でも限られた教員がインターネットを使う時代はすでに幕を下ろし、それぞれの学校でそれぞれの教員がごく普通にインターネットを利用できる環境の整備が進んでいる。運用に対する意見も、教育者として、同時にネットワークの利用者としての見地から発言されるようになったことが、その背景として指摘できる。
管理的な色彩が強くなりがちな一元的な運用ポリシーによるのではなく、現場の多元的な意見の反映という意味で、これも「分散」の一つの現れとしてとらえることができるだろう。
2つの地域の例をあげておきたい。

3.3.2.1. 子どもに向けた視線
伊那市は「情報教育研究委員会」という教員による組織を設けている。
中学校部会は1校2人ずつ、小学校部会は1校1人ずつ、計24人の情報教育担当教員が参加し、情報教育委員会の中に設けられた小委員会が実質的な教育ネットワークの管理組織である。情報教育研究委員会は教育委員会が委嘱した委員会であり、いいかえると、伊那市教育委員会が教員に対して公式にネットワークの管理を委嘱した形になっている。
興味深いのは、伊那市のインターネット利用のガイドラインは情報教育委員会で検討されたが、その結果、教員向けとあわせて子ども向けのガイドラインも定められたことである 。
「インターネットを使うときの約束」というタイトルで、
    「会議室や伝言板、イーメール(電子メール)など、良い内容だと思ったら、意見や返事をどんどん出そう」
    「自分の家の住所や電話番号、通っている学校のこと、顔写真、またお父さんやお母さんの名前や会社の住所、電話番号といった自分に関することを、お父さん、お母さん、先生の許可なく、他人に教えないようにしましょう。友だちのものも同じです。先生や保護者に相談しましょう」
といったように、ネチケット(インターネットのエチケット)が平易な言葉で書かれている。
今年度のアンケート調査の回答には多くの地域からガイドラインが添付されてきたが、ほとんどが学校向け、ないしは教員向けのガイドラインであった。児童・生徒向けのガイドラインはそれを受け手各学校ごとに定めているのだろうが、教育委員会として直接、児童・生徒に語りかけるガイドラインを定めた地域は大変珍しい。
インターネットの実際の利用者は子どもであり、教員組織によるネットワーク管理が目を向けている視線の方向の違いが感じられる。

3.3.2.2. 二段階の組織構成
秋田市は第三セクターへのアウトソーシングによって教育ネットワークを管理・運用を外部委託しているが、学識経験者、学校管理職、教員などを広く集めた「インターネット活用推進委員会」が教育ネットワークの管理にあたり、ネットワークの構成や運用にあたっての提言を出している。
それ以外に各学校の情報教育担当教員が集まった「情報教育推進協議会」を定期的に開催している。この情報教育推進協議会はもとは情報教育担当教員たちの情報交換の場としてスタートしたものだが、現在では教育委員会も共催として参加し、教育委員会と現場との接点として、機能している。
    「教育委員会のアンケートではなかなか書けないことも、情報推進協議会のアンケートだと、腹を割って書いてもらえる。それをわれわれも資料としていただく。手厳しい批判もきちんと受け取ります。ただ、それを100%、われわれが組み入れて要望に応えるのかとなると、正直、そうはいかないが、われわれの反省材料にはなる」
先の「インターネット活用推進委員会」からは、個人情報の保護について、
    「個人を特定する写真はたしかによくないが、文脈として成り立っていて、この表情があることによって、その学校のアピールになったり、そのページが華やいだりするものを、果たして個人情報保護ということだけで一刀両断に切れるのか。文脈として正しいかどうかを見てほしい」
という提言が出され、
    「われわれは何平方センチメートルの写真ならいい、というところばかりに目が行っていた。『文脈』といわれると、またさらに難しい」
と担当者を悩ませているが、そうやって行政がみずから進んで広範囲から意見を吸収することにより、教育ネットワークの運用の円滑な舵取りを可能にしている。

3.3.3. 学校の自主判断の尊重
教育ネットワークの運用ポリシーを画一的にすべての学校に当てはめることは、学校規模や校風の違いもあって難しいという事情もあるが、運用上の細目に関しては学校の自主判断にまかせる地域が目立っている。この傾向は以前から見られたが、今回の調査では1本の筋が通ったように、ほとんどの地域に共通するものとなっていた。
たとえば、教員や児童・生徒へのメールアドレスの発行、Webの公開ならびに公開する内容についての判断、さらに具体的な授業での活用法といった事柄は、それぞれの固有の事情に合わせて、学校の判断にゆだねられるようになった。学校が主体性を発揮しなければ、せっかく整備した環境も活用されないという、過去のLL機器など教育設備の一斉整備からの反省点も生かされている。
ここではミレニアムプロジェクトの目的に掲げられている校内LANの整備に関連して、2つの地域の例をあげておきたい。

3.3.3.1. LAN接続は学校次第
伊那市には4中学校があり、すべての中学校に整備基準を満たす42台のパソコンが配置され、それらはパソコン教室内のLANで結ばれている。しかし、校内からインターネットを利用できるパソコンは別にあり、そのパソコン教室内LANをインターネットに接続して、どのパソコンからでもインターネットを利用できるようにするかどうかは、各中学校の自主的な判断にまかせている。
教育委員会の担当者はその理由について次のように話す。
    「みんなLAN化はできているが、インターネットに出ることはできない。出るようにすることはできる。しかし下手につないでしまうと、子どもたちが間違って、噛まれてしまう恐れがある。だから、先生方が十分に管理できる体制になったら、つなぐことにしている。インターネットの利用は、やはり先生方の責任において、やってもらわないといけない。本当は年度内にやってもらいたい。予算も今年度内なら何とかできる」
学校との「がまん比べ」をしているのだという。
行政のモットーといえばあくまで平等な整備の実施であり、このような行政の姿勢は例外的かもしれない。しかし、学校の情報化においては学校の自主性、教員の主体性が欠かせない条件であることが深く認識されている。
この姿勢には、これまでとは違った意味の平等が貫かれていることも指摘しておきたい。それは整備の結果の平等ではなく、整備の機会の平等である。チャンスは等しく平等に保証されているが、それを生かすかどうかは学校次第、というわけである。

3.3.3.2. 学校の予算で校内LANを敷設
秋田市では、アウトソーシングで教育ネットワークの管理・運営を委託している第三セクター会社に依頼して、学校の予算を使って、校内LANを配線工事した学校があった。
もちろん最初は教育委員会に対して要望を出し、相談した上でのことだが、教育委員会は1校だけの実施を嫌うのではなく、そのことをむしろ歓迎する立場をとっている。
    「学校配当予算のなかで、学校が業者に工事を委託するわけですから、業者の商売を邪魔する権利はわれわれにはない」
と教育委員会の担当者はいう。
委託業者との持ちつ持たれつの関係を維持することへの配慮も含まれているが、たとえ学校予算であってもかならずしも学校の自由には使えない現状を考えると、これも先駆的な例として見ることができるだろう。
これら2地域の例からは、「結果の平等」から「機会の平等」へ、という行政の意識変化の一端がうかがえる。

3.3.4. VPNによる連携
都道府県が教育ネットワークを整備する場合、市町村立の学校をどのように収容するかという問題が生じるが、福島県ではセンターへの直接接続方式のほかにVPN(Virtual Private Network)方式の選択肢を用意し、市町村に対して参加を呼びかけている。VPNは暗号システムによって仮想的にイントラネットを構築する技術で、たとえ学校が独自に民間プロバイダに接続しても、VPN方式を使うことで、イントラネットの中に組み入れることができる。いわば「接続の分散」である。
    「地域内のイントラは必要だと思っていた。子どもたちの権利を守りながら、かつ自由な交流を行っていくには閉じた仕組みが必要だ。そして、できればインターネットにも自由に行きたい。そういうネットワーク構成は何だろうと考えたとき、VPNという解答が出てくる。ルータでVPNをかけると、1校当たり約20万円かかる。もっと安くあげる方法はあるが、それだとクライアントにソフトウエアを入れなければならず、設定の手間が発生する。VPN機能を持ったルータを使うのが手軽だ」
学校がセンターや接続ポイントに近ければ、そこにつなぎ、遠ければ、地元のプロバイダにつないでVPN方式でイントラネットに参加するわけである。このように地元プロバイダの育成というメリットがあり、VPN方式を採用する地域は少しずつ増えてきている。

3.3.5. 人材の活用
人材の活用は過去2年間の調査でも明らかになったように、教育の情報化においては永遠の課題である。
パソコン加配の教員を確保することができた地域では、加配教員の授業時間を減らすなど、できるだけフリーな状態にしておいて、周辺学校や市内全域をカバーしてもらうといった活用は引き続き試みられている。また、雇用促進事業で雇用したITコーディネータに対しても、教育訓練をおこなうことで、学校に対するサポート戦力に組み入れている地域が多かった。
このように人材はいくらあってもありすぎることはないというぐらい真剣に求める声が強く、現行の制度を柔軟に運用することで人材の確保を工夫している。その中でもとくに目を引いたのは、大学で情報科を専攻する学生を非常勤として採用した柏市の試みであった。
学校情報化を支援するために新しく採用枠を設けたわけではなく、退職した校長が後進の指導に当たるための「学校教育専門指導員」というそれまでからあった職種の枠を利用して、麗澤大学で情報系のゼミに所属する学生1人をITコーディネータとして採用したものである。
既存の職種枠を利用したので、学校訪問ができるというメリットがある(ただし、そのための交通費は出ない)。学校からのトラブルの相談、研修会の手伝い、学校の授業の手伝いをはじめ、サーバ類の設定、Y2K問題への対処、さらに教科単元に合わせたリンク集づくりなどの作業を補助し、教育ネットワーク管理担当者の負担を軽減している。
ところで、柏市では市内にある麗澤大学の職員をはじめ教育関係者で作っている「柏インターネットユニオン」というボランティア団体の協力を得て学校情報化の整備に取り組んでおり、この学校教育専門指導員も柏インターネットユニオンの推薦をもとに、市教育研究所の所長が面接を行って採用された。
報酬は時間給だが、運営メーリングリストに流されるトラブル情報に目を通さなければならない上、サーバ設定作業の準備などを考えると、拘束時間は実労働時間をはるかに越えている。
しかし、「学校教育専門指導員」という役職名は、学生にとってはそれを自分のキャリアとして履歴書に記載できることは重要である。
これは今後、学生を教育情報化の支援戦力として活用するためにも、また次項で述べるボランティアの協力を得るためにも、受け入れの門戸を開く上で欠かせない配慮といえるだろう。

3.3.6. ボランティアの協力
ボランティア活動は、ボランティア個人から見れば主体的な意思に基づいた活動であるが、学習者の情報教育環境という本調査の観点から見たとき、行政とボランティアとの役割分担という意味で、これも分散のひとつの形としてとらえたい。
学校情報化に関してボランティアの協力する分野は現在のところはまだ限られているが、教育ネットワークの構築にはじまって管理・運用、活用、さらにコーディネートまで幅広い分野に広がる可能性を秘めており、今後さらに盛んになっていくことが予想される。
面談調査の対象地域の中では、前橋市、柏市、豊橋市、伊那市が市内のボラアンティア団体の協力を得ていることで知られていたが、それ以外にもボランティアの協力を得て校内LANを構築するネットデイを試みる地域が見られた。

3.3.6.1. 2年前とは打って変わって
一昨年、同じ調査で訪れたさい、ボランティアの協力を得て校内LANを構築するネットデイについて意見を求めたところ、ある地域の答えはこうだった。
    「1校だけ認めると、学校間に不平等が生じるので、当面は考えていない」
当時は、この地域に限らず、学校のネットワーク構築作業をボランティアが進めることについて、多くの教育委員会が抵抗を感じていた。
ところが、今回の調査では、同じ質問に対して次のような回答が返ってきた。
    「ネットデイを実施するには、ある一定の条件があると思う。64Kbpsのダイヤルアップで接続している学校は、校内LANを構築しても、教員の操作の問題とか、実際的なパソコンの配置の問題とか、いろいろある。しかし、研究指定で専用線を引いた学校では、学校の教職員とわれわれが一緒になって、いくつかネットデイみたいな形で、先行的に校内LANの敷設をやり始めた」
そのような自主的な校内LAN配線工事にさいして、昨年(1999年)夏、群馬県前橋市で開催された「ネットデイサミットin群馬」にあわせて刊行されたネットデイ実施マニュアル『学校にLAN入しよう』(学校ネットワーク適正化委員会編、NGS)が活用されていることも付記しておきたい。
2年前に比べると、環境が整った上、ミレニアムプロジェクトでは「どの教室からでも」「どの教科でも」を合い言葉に校内LANの整備による教育利用の推進が目標の一つに掲げられている。
しかも、「ネットデイの一つの意義は、地域社会の方々が『学校へ行こう』という気持ちを持つことである」(ネットデイサミットin群馬共同宣言)というように、校内LANの整備だけでなく、地域に開かれた学校を実現する試みとして、ボランティアの協力が評価されるようになったことは重要である。
このように、ボランティアの協力を得てインターネットの教育利用を進めていくことは大きな潮流となりつつある。
問題はどのようにして協力し合うかという点に絞られてきたといってよい。

3.3.6.2. 苦い経験
阪神大震災後、にわかに巻き起こったボランティアブームの中で、「ボランティアはすべてよいものである」という風潮も生まれたが、実際には軋轢が生じた地域があったことも触れておきたい。
神戸市では1997年秋に市内の4校でネットデイが実施された。
担当者は次のように振り返る。
    「一番困ったのは、『教育ネットワークは市全体のネットワークの一部なのに、ボランティアに勝手に触られたら困る』と管理者からいわれたことだった。IPアドレスを振るにしても、『全然関係のないボランティアにIPアドレスを教えるのか』といわれた。たしかに、それは管理者から見れば大変なことだ。そういう関係もあって、市内の学校に入れているパソコンにはいろいろと制限をかけているが、何も実情を知らないボランティアからは『あれ? マイコンピュータをダブルクリックしても開かない』とクレームをつけられた。そのあたりの誤解があって、大変だった」
これは、むしろボランティアの側の意識に問題があったというべきであり、ネットデイやボランティア活動そのもの問題ではないことは強調しておきたい。

3.3.6.3. ボランティアの協力を得るために
ボランティアとどのように協力し合うかは、経験の少なさもあって、まだしばらくは模索が続くことが予想される。
ここでは、平成9年度調査報告書の再掲になるが、ネットデイ活動に先駆的に取り組んでいる前橋市の例をもう一度、あげておきたい。(2)
前橋市では、前橋市総合教育プラザをセンターとして市内の全小中学校および養護学校を含めた教育機関をネットワークで結ぶ前橋市教育情報ネットワーク(MENET)の設計・構築・運用について、地元のボランティア団体である「インターネットつなぎ隊」の協力を得て、整備を進めている。
前橋市教育長名で出された協力の要請文書には、インターネットつなぎ隊の協力を得るにあたって、前橋市とインターネットつなぎ隊が守るべき点として、次の6つの条件があげられている。
  1. 前橋市教育委員会は、前橋市教育関係ネットワーク(仮称)の運用体制の整備を図るとともに、そのための人材育成に努める。
  2. 前橋市教育関係ネットワーク(仮称)の構築・運用に当たっては、前橋市教育委員会がすべての責任を負う。
  3. インターネットつなぎ隊の本件に関する協力活動に際しては、前橋市教育委員会もしくは前橋市教育関係ネットワーク(仮称)運用委員会が立ち会うものとする。
  4. インターネットつなぎ隊の学校での協力活動に際しては、前橋市教育委員会が当該学校長の了解を得た上で実施していただく。
  5. インターネットつなぎ隊には、本件に関する協力活動上知り得た秘密事項及び個人情報について、退会後といえども守秘義務を遵守していただく。
  6. 本件に関する協力活動に当たって、インターネットつなぎ隊には群馬県社会福祉協議会によるボランティア保険に加入していただき、事故ある時の保証はこの保険をもって充てる。
この6つの条件には、行政とボランティアがともに協力し合うために必要な指針が網羅されているが、さらに重要なのは、行政内部でボランティア団体を評価するための基準も内部で設けたことである。
つまり、次のような条件を満たしていることを条件に、協力関係が成り立つという基準である。
  • コンピュータ・ネットワーク等に関する専門的な技術及び活用に関する見識を有すること。
  • 地域のボランティア活動団体として、熱意と見識を有すること。
  • 現在の公教育及び教育行政について理解と見識を有すること。
  • 組織として倫理条項等を含む明確な会則が示されていること。
これらの条件や基準は1996年という早い時期に考え出されたが、いまなお古びていないことに気づく。これらを参考にして、それぞれの地域に見合った新しい取り組みが作り出されていくことを期待したい。

(2)平成9年度新100校プロジェクト成果報告集「II.地域展開に関する企画」p15

3.4. 「活用」の支援

平成10年度文部省調査によると、全国89万人の教員のうちパソコンを操作できる教員は57.4%、またパソコンで学習を指導できる教員は26.7%という低い水準にとどまっている(平成11年3月末現在)。
そうした中で、
    「パソコンの操作はできても、授業で使えない人がいる。結局、授業のどの場面で使えばいいのかが浮かばない人はダメ」
という声が強く、操作できる教員の底上げを図りながら、どうやってそれを活用に結びつけていくかが、どの地域でも頭の痛い課題になっている。

3.4.1. 研修の工夫と目標
3.4.1.1. できることリスト
高知県は全教員がパソコンを操作できることを目標に掲げ、今年度から「オールティーチャーセミナー」を始めた(3年間)。参加対象は「パソコンを操作できない教員」だが、その選定にあたっては独自のチェックリスト「できることリスト」を作り、教員に自己採点してもらった。
文部省調査では次のように例示されている。
    「コンピュータを操作できる教員」とは、ワープロ、表計算、データベース、インターネット等に関するソフトウェアを使用してコンピュータを活用できる教員であり、以下の操作のうちおおよそ2つ以上に該当する場合である。
    (操作例)
    • ディスク等からファイルを開く(修正する、動かす)、ディスク等に閉じる(書き込む、保存)の一連の操作ができる。
    • ワープロソフトウェアで文書処理ができる。
    • 表計算ソフトウェアを使って集計処理ができる。
    • データベースソフトウェアを使ってデータ処理ができる。
    • インターネットにアクセスして必要な情報を取り出すことができる。
これに対し、平成11年度の「できることリスト」では次の4つの項目をあげ、この4項目のうち1つでもできない教員と個人的に参加を希望する教員を参加対象とした。
  1. ワープロソフトウェア(ワード、一太郎、等)で文書の作成、保存、印刷および修正ができる。
  2. 表計算ソフトウェア(エクセル、ロータス等)で縦、横の合計及び平均を設定し印刷ができる。
  3. 電子メールの作成、送信及び受信ができる。
  4. インターネットにアクセスできる設定されたパソコンで、インターネットに接続でき、ホームページを見る。
さらに、これらの4項目について、それぞれ実際に必要な操作や知識など10〜20のチェックリストを設けているのが特徴である。たとえば、Dのインターネットについては、次の11のチェックリストが並んでいる。
    □インターネットのソフトの起動
    □半角英数でホームページアドレスの入力
    □文字や絵による別ページへ移動
    □直前のページへ戻る
    □ホームページは著作物
    □リンクのマナー
    □個人情報を送信しない
    □検索ページを使う
    □キーワード「学校」で検索する
    □検索結果からホームページへ移動
    □有害情報の理解
これらはそのまま研修項目となっており、自己採点によって、自分のスキルの判定と同時に課題を明確にすることができるわけである。
ちなみに、「できることリスト」を使ったふるい分けで、このオールティーチャーセミナーの参加対象となったのは、高知県の全教員8089人のうち約3800人だった。
    「これは文部省の調査で上がってきた数字とほとんど同じだった。うちの場合だけかもしれないが、文部省の統計の取り方と、このような聞き方は、そんなにかけ離れたものではなかったようだ」
と担当者は話している。

3.4.1.2. 夜間講座
京都市は全国でも例のない希望者を対象にした「夜間講座」(午後6時〜8時)を情報教育センターで実施している。
初歩的な操作から実際の指導内容に応じた中級レベルまでを想定。希望者が定員を超過した場合でも講座の増設で対応するため、今年度(平成11年度)は計画講座数26に対し倍の52講座が実施され、全教員6691人の22.8%にあたる1524人(のべ1940人)が参加した。
なぜ夜間講座ができたのかという理由については、明確ではない。
このほか、パソコンの導入・更新に合わせた導入時研修や指名研修(小学校は採用3年ごと、中学校は9、10、19、20年目)など研修体制を整備し、教員がかならずどれかの研修を受けるよう網の目を細かくすることで、「パソコンを操作できる教員」は81.2%と全国トップの割合を実現している(平成10年度文部省調査)。

3.4.1.3. 模擬授業
秋田市はインターネット初級講座(参加者は小中学校各校1人)とともに、小学校の教員を対象にした授業活用実践のための研修会を実施し、その中では「模擬授業」を取り入れている。
テレビ会議システムを授業の中にどう位置づけるかというテーマでは、スクリーンを使ってA学校とB学校を想定し、操作担当、演技担当(児童・生徒)に分かれ、参加者がそれぞれの役割を分担して行われる。このため初回はガイダンスでテレビ会議システムを操作するものの、2回目には誰もコンピュータに触らないコンピュータ研修会になる。「自分はパソコンは不得意なのに、と違和感を感じて参加した先生には好評だった」という。
また、「3.3.1.1 委託する業務の内容」でも触れたように、秋田市では「訪問研修」を実施している。教育委員会が実施する正式な研修ではなく、教育ネットワークの管理・運営を委託(アウトソーシング)している第三セクター会社が学校を訪問する機会が多いことを利用し、機器の設定や操作を指導してもらっているという点で、ユニークな形である。

3.4.1.4. 校内研修
教育センターなどの施設に参加者を集めて行われる研修では、使用する機器が学校とは異なっている場合がある。その点、校内研修は普段使っている機器を使って行える。
「3.4.1.2 夜間講座」で紹介した京都市の導入時研修も学校で行われているが、担当者は次のようにそのメリットをあげる。
    「最大のメリットは、自分のいる学校で研修ができることだと思う。情報教育センターで研修しても、学校に帰ると、環境が異なっている場合がある。ところが、導入時研修では自分たちの環境で研修できるのが大きい」
また、豊橋市は毎週木曜の午後に各学校で校内研修が行われている(月3回)。学校の取り組みでテーマは情報教育に限らないが、その中でパソコン操作や情報教育がテーマとなった場合、教育委員会から指導員を派遣し、対応している。
    「そういう校内研修をしている学校は、インターネット利用の取り組みも盛んで、どんどん進んでいく」
と担当者はいう。

3.4.1.5. 研修後の体制
全教員がパソコンを操作できるようにするための戦略として、悉皆的に教員全員に対する操作研修の実施が図られているが、研修効果を高める体制づくりも、合わせて研修の目標に取り入れられている。
次のような声をよく聞く。
    「研修会を受けたからといって、すぐに操作できるものではなくて、どうやってホームページを探すのか忘れたとか、ブックマークはどうやって消したらいいかとか、誰か教えてくれる人がいると進んでいく。そういう人がいない学校や、1人だけという学校ではなかなか進んでいかない」
さらに、スキルを持った教員がどれぐらいまで増えると、教員相互の働きかけ等によって自律的に広がって操作できる教員が増えていくか、という分岐点についても、おおまかな見通しがついてきた。研修のブレークスルーポイントといってもよいだろう。
次のような回答があった。
    「3分の1ぐらいだと思う。学級担任をしていると、自分の学級だけというわけにはいかないし、3年、4年という形で持ち上がりをするので、その3年と4年の連携をとることもできる。そういう意味で広がりが期待できる。また1学年1学級の小さい規模の学校でも、10人ぐらいの教員の中に3人ぐらいいたら、それなりに教えられるので基礎はできると思う」
おおむね3分の1という割合が目安となっている。逆に効果的な研修体制を組んでいく上でも、この数字は参考になるだろう。

3.4.1.6. 教員用のパソコン整備
高知県は今年度から県立学校を対象に、全国に先駆けて2人に1台の教育用のパソコン整備に乗り出した。これもリテラシー向上の一環として位置づけている。
    「従来であれば、研修を受けても学校に帰ればパソコンがないので、『自前で買わなければならないの? 私は必要ないよ』となっていたが、学校で職務に使えるパソコンも同時に整備して、研修の成果をそのまま生かせるような環境整備も考えている」
と担当者は話す。今年度はノートパソコン478台を購入。2年後には1人1台を達成したいという。

3.4.2. コンテンツの充実
第2章でも述べたように、現在インターネット上で不足している教育・学習情報として教育実践事例報告が39%、学習指導案・授業案が29%を占めるなど、授業の参考となる即効性のある情報に対する需要が高い。そこで独自にコンテンツを充実する動きが目立ち始めた。

3.4.2.1. センター設備の開放
三重県では教員を対象に研究開発員を広く公募し、マルチメディア教材の製作を進めている。研修講座の中でコンテンツを作る例はよく見られるが、センター設備を公募の教員に開放して製作している地域は珍しい。
3〜6人のチームを組み、時間のかかるマルチメディア系の教材開発にあたっている。今年度は22作品を制作した。
    「見ていただければ、中身も濃いと思っていただけるのではないか。研究開発員の協力がなければ、センター職員だけではとても手がまわらない」
と担当者は話す。

3.4.2.2. 取り組みの紹介
学校ですでに取り組まれている実践の紹介を試みている地域もあった。
    「ある小学校で芋掘りの体験学習を行い、県立農業高校がそれを撮影してWeb化する、という企画が進められている。そういう取り組みを紹介していけば、他の学校もやりやすくなっていく。各学校をまわってみると、まだWeb化はしていないものの、Web化できそうなコンテンツは結構ある。別の小学校では子ども用のプレゼンテーションソフトを使わせている。それを使ってプレゼンを作り始めたところ、子どもたちはそれをきっかけにキーボード操作を覚え、コンピュータに対する取組みが変わった。そういう実践例を集めていくことが大事なのかなという気がする」
広報誌などが学校の取り組みを取材して記事に掲載することも多く、それとリンクすれば「労せずにコンテンツが増えていく」わけで、インターネットに接続した学校の中で自主的に始まっている取り組みを紹介することは大事である。

3.4.2.3. ノウハウとしてのコンテンツ
従来からあった教材としてのコンテンツに加えて、活用のモデルとなるコンテンツへの要望が強くなっていることは特徴であった。
ある担当者は、個人的な考えと断った上で、次のように話す。
    「これからはどう使うかということにシフトしていくので、先進的なやり方、モデル的なやり方を示していくほうが、他の県内の学校に対してもいいのではないか。全然使っていない学校に対して、インターネットを使わないままでいるよりも、こういった使い方ができるよというものを見せたほうがいいかなと。現在使っている学校はもっと上のものを見ることができる」
また、別の地域の担当者も次のようにいう。
    「コンテンツといっても、昔は教材としてのコンテンツだったが、最近はノウハウとしてのコンテンツが求められているような気がする。事例といってもいいかもしれない」
活用のモデルを学校ホームページで探しても、容易には見つからないという。学校ホームページを使った自校の教育実践事例報告の公開が望まれる。

3.4.3. ガイドラインの整備
正確な比率までは出せなかったが、アンケート調査結果(資料編参照)でも現れているように、インターネット利用のガイドラインを作成している地域は数多く、また未作成の地域もガイドラインを作る必要性を認識している。
聞き取り調査で、われわれが注目したのは、伊那市のガイドラインであった。
「3.3.2.1 子どもに向けた視線」でも触れたように、「情報教育委員会」という教育委員会が委嘱した教員組織が作成し、児童・生徒向けの内容になっており、そしてガイドラインはホームページで公開、という3つの特徴を備えている。
また、このガイドラインには「先生方へ」というガイドラインもあわせて作成され、教育ネットワークの利用者には児童・生徒とそれを指導する教員の2つの層があることに配慮されている。どちらもネチケットを含めた指針を具体的に書かれているので、とてもわかりやすい。
先生向けのガイドラインは以下の内容である 。
    ○子どもたちがインターネットを使うようになると、下記のような危険にさらされる可能性が高くなります。

    • 性的なもの、暴力的なものを見てしまう。
    • 薬物等の売買に関係してしまう。
    • インターネットを通じて、自分の個人情報を提供あるいは公開してしまう。
    • 知らない人、悪意を持つ人と会う約束をして、自分や家族、友だちを肉体的、経済的、社会的な危険にさらしてしまう。本来なら子どもたちが出会うはずのない危険な人物に出会ってしまう可能性もあります。
    • 電子メール、掲示板を通じて、嫌がらせやいやな気持ちにさせられる。

    だから、使わせないというのではなく、どのような危険があるかを知らせ、どのように使えば自分にとって有効なものになるかを体験学習する事がコンピュータ、ネットワークリテラシーにつながると言うべきではないでしょうか。
    そのためには、先生方が、子どもたちのやっていることを常に把握できることが大切です。子どもたちの通信等のプライバシーも配慮すべきですが、子どもたちは、先生方や保護者のアドバイスを必要としています。一緒に活動し、どこへどうやってアクセスしているかを教えてもらっておきましょう。
    さらに、以下のようなことに配慮して下さい。

    ○個人情報は、掲示しない
    顔写真、住所や電話番号、通学している学校名などといった、個人を特定できるような情報は、インターネット上で絶対に公開しないで下さい。ハンドル(ネット上のペンネーム)を使うこともよいことですし、名簿などに子どもの実名が出ないようにしてください。

    ○不快な情報には、返答させない。
    挑発、わいせつなもの、けんか腰のもの、脅迫などといった不快なものは無視し、返答させないようにしてください。受け取った場合は、加入するプロバイダにそのメッセージのコピーを転送し、助言を求めてください。

    ○インターネットで見かけたすべてのことが信用できるわけではない。
    インターネット上では、相手を見ることも話すこともできないのですから、たやすく誰かに(実在しない人物にさえ)なりすますことができるのです。たとえば「11歳」の「女の子」であると自称する人物が、実際は「45歳」の「男」であるということもありえます。 「あなたが選ばれた」「あなただけにお知らせします」「信じられないほどすばらしい」「これは奇跡です」などという誇張がされているものは、たいてい、詐欺的なもので信用できません。また、オフラインミーティング(実際に会うこと)への誘い、家を訪ねたいという申し出などには、くれぐれも注意してください。
3.4.4. イントラネットとネットワークの分割
整備された教育ネットワークをどのように活用するかという問題意識は、同時に活用するためのネットワークはどうあるべきかという形で、教育ネットワークの設計そのものへフィードバックされるようになったことも特徴といえる。

3.4.4.1. イントラネットにおける著作権の教育利用
外部から参照されない、学校や地域だけで閉じたネットワークとしてのイントラネットは従来から、「子どもたちのためのインターネット教習所」としての観点でその必要性が認識されていたが、柏市で起きた音楽著作権をめぐるケースは、イントラネット運用の新しい可能性を示唆している。
ある学校で合唱コンクールが開かれた。保護者が家庭からでも見られるよう、ライブ中継による公開を考えたが、照会したところ、演奏される曲目の著作権問題に抵触することがわかり、ライブ中継を断念したという。
    「もしプライベートな教育ネットワークの中だったら、もっと柔軟に考えてもらうことができないだろうか」
と担当者は期待を込めて話す。
著作権の教育利用に関しては難しい議論が山積みの状態だが、プライベートなネットワーク(イントラネット)の中での教育利用に関する検討が進むことを、期待したいものである。

3.4.4.2. ネットワークの分割
一般的に教員と児童・生徒を区別しないインターネット利用環境の整備が進められているが、学校でのインターネット利用が浸透するにつれて、教職員用と児童・生徒用のネットワークを分割する必要性が強く認識されるようになっている。とくに校内LANを整備したあとの課題として重要である。
高知県の担当者は次のように話す。
    「教員はどうしてもパソコンで成績処理をする。成績処理では校内LANを利用しないとうまく進まないので、スタンドアロンのパソコンで処理できないときは、校内LAN全体が外へアクセスするケーブルを抜いておくとか、配慮が必要だ。校内LANを生徒用と先生用に分けるのはもちろん、今後はインターネットへ抜けるときも生徒用、先生用の二つのプロキシを構えることができればと考えている」
柏市や前橋市では各学校の校内LANを教室系と職員室系に分けている。
    「学校の中でたとえばファイル共有サービスを提供しようと思う先生は、けっこう頑張っている先生だ。そういう先生にセキュリティの問題で傷がつくと、その先生は気持ちが萎えてしまう。そういう先生方を、できれば守ってあげたいという気持ちがあって、各学校の校内ネットワークを教室系と職員室系に分けた。最初のうちは現場の先生方に若干の抵抗があって、『今まで使えていたものが使えなくなった』と声があがったが、『それにはこういう対策をしてください』とフォローしている。その結果、ネットワークの分割は当たり前のことになってきた」
教員が使い慣れてくると、どうしても成績や校務をパソコンで処理するようになっていく傾向が見られるが、そのことによって生じる事故をどう防ぐかという前向きの問題意識として、ネットワークの分割が考えられるようになっている。

3.5. 「評価」の機運

教育ネットワーク整備あるいは教育利用の取り組みに関する「評価」と「フィードバック」は行政単位や学校ごとに個別に行われることはあっても、それらの具体的な内容が公開され、共有されてきたとはいいがたい。
しかし、整備が加速し、利用が進む中で、さまざまな問題が評価・検証のまな板の上に乗せられるようになった。
以下、主な項目について見ていきたい。

3.5.1. 台数か校内LANか?
学校にパソコンを整備する整備計画(平成6年〜11年)の中で、整備基準(小学校22台、中学校42台)を満たすかどうかは地方自治体にとって大きな圧力となっていた。しかし、おりからの財政難の中で、基準台数を満たすことを断念し、むしろ効率的な整備を手がけた地域も見られた。台数の整備を優先するか、あるいは限られた台数でもインターネット接続あるいは校内LANの整備を優先するか、という選択である。
伊那市では市内の12小学校に関して、平成10年度に基準台数の整備を計画したが、予算の査定で4台ずつのパソコンの整備しか認められなかった。そのかわりインターネット接続環境を有効に活用するため、4台のパソコンを校内の3教室に分散配置し、校内LANを整備した。担当者はそのいきさつについて、次のように話す。
    「台数が少ないのだから、みんなで有効に使えるようにしよう。まず先生方にもっと知ってもらわなければいけない。パソコンは学校の授業でも使えるという意識を持ってもらいたいために、分散配置してLANでつなぐことも必要だと、職員室に1台、図書館に2台ぐらい、もう1台は教室で使えるように分散して、簡単な校内ネットワークで結んだ」
つまり、教員のレベルアップを優先的な課題として、数少ないパソコンをどう配置するかを考えた結果が、校内LANだったという。
学校でのインターネット利用の目標が「いつでも(常時接続)、どこでも(校内LAN)、だれでも」であるとすれば、一般に基準台数を整備した地域では、次に「いつでも(常時接続)」を考え、その次に「どこでも(校内LAN)」を考える傾向が見られる。多数のパソコンからインターネットを利用するためにはバックボーン回線が太くなければならないという理由である。プロキシ(キャッシュ)サーバ等をうまく利用すれば、そのようなことはないが、その点、基準台数を満たせない地域では、台数が少ないために容易に校内LAN化を進められるというメリットがあるのかもしれない。
一方、豊橋市でも、各校に8台ずつ整備されたパソコンについて、基準台数に増やすか、それともインターネットに接続するかの検討を経て、インターネット接続を選んだ。
    「いまは少ない台数でも、いずれ5年後に整備してもらえるのであれば、その5年間ネットワークがないよりは、あったほうがいい。教員のレベルはすぐにはあがらない。インターネットを活用した授業ができるようになるためには、今から始めても2、3年はかかるだろうと思う。その意味で、台数の確保よりもインターネットを優先したい」
整備計画が定める設置基準は、行政にとって整備を推進する圧力となっているが、同時に頭の痛い問題でもある。とくに平成12年度からは新整備計画(平成12年度〜平成17年度)が始まる。小学校が現行の22台から42台に増えるほか、各普通教室に2台ずつ、特別教室・校長室に6台という新整備基準が設けられた。
高知県は次のように話す。
    「今年度末でやっと設置基準の達成率が50%になったのに、新整備計画が始まると一気に10%を切るところまで落ちてしまいそうだ。あのカウントはゼロか100しかなく、1学級35人の学校で30台しかなかったらゼロになってしまう」
新整備基準は地方財政への新たな負担となることは目に見えている。
行政が主導する学校情報化の整備は一般的に、基準台数の整備→接続回線の増強→校内LANの整備という画一的な形で、積み上げ式に計画される傾向が見られるが、「いま何が必要か」という評価は十分になされる必要がある。

3.5.2. フィルタリングは有効か?
教育的にふさわしくない情報を排除するためのフィルタリングは、面談対象となった全地域で採用されていたが、その有効性についての評価は一様ではなかった。

3.5.2.1. かならず抜け穴がある
制度としてフィルタリングを採用しながらも、その有効性に対する評価は、個人的な見解として出されることは多かった。
多くの担当者は「フィルタリングにはかならず抜け穴がある」と話す。
    「これは個人的な意見だが、基本的にはフィルタリングは必要ないと思っている。インターネットは、そこから必要な情報を取り出してくるのが本来の活用方法だと思う。そのためには、いろいろな検索エンジン等をフルに活用し、出てきた検索の中から正しい情報を選択できるようアドバイスができるかどうかが重要であって、それが最終の形ではないかと思っている。だから、教員が自分で情報検索を行って、こういう検索で、こういう情報を取ったときは、『これはやっぱりよくないな』という経験をどんどんしてもらう。自分が知っていれば、子どもたちに指導するときに、そこに行かないような指導できる。私自身、教育ネットワークのフィルタリングの中で、未修整画像に行けないかどうか、実験をたまにやってみるが、抜け穴はある。それは仕方がないと思っている。高校生がそこまで行き着いたら、それだけの苦労をしたことを認めてやる必要もある」
3.5.2.2. まず使うことが先
パソコンを操作できる教員の割合は全国トップを誇る京都市の担当者は「まず使うことが先だ」と話す。
    「情報教育では、いいのも悪いのも含めて、あらゆる情報が手に入れられるような状態にあるべきで、そのいいものと悪いものを取捨選択する能力を培うのも教育課題のひとつだと思う。一方的な情報だけを与えられた子どもは『教育された』とはいえない。その意味では、センターが一方的にフィルタで情報をカットするのではなく、各学校で議論される場面が必要であると考えている」
3.5.2.3. クレームへの対応
前橋市の担当者はセンターで一括してフィルタをかけることは「言論統制につながるのではないか」と話す。
    「前橋市でもコンテンツフィルターをかけているが、これは非常に危険なことだということを認識した上で使っている。つまり、学校が学校長の責任において、うちの学校ではこういうものを見せたくないという形でコンテンツフィルタリングをかけるのはいいが、教育委員会が配下の学校に対してコンテンツフィルタリングをかけるのは、教育の自主性に対して言論統制みたいなものをかけてしまう危険性も併せ持っている。変な話だが、たとえばあるホームページが見られなくなっている場合、そのホームページの管理者から『どうしてうちのホームページを禁止にするのだ』というクレームが来たとき、どう対処するのか。『それは使っているフィルターソフトにたまたま登録されているからだ』といえば逃げ道にはなるが、しかし、それに対して穴を開けるかどうか、つまり管理の問題になってくる。とはいえ、学校にしてみれば一番不安なのは教育的にふさわしくない情報であるのはたしかなことで、一応そういう情報は入らないようにしているという安心材料になっているのは事実だ」
3.5.2.4. 教育で使う以上は最大限の配慮が必要
一方、アメリカ視察の経験を元に「教育で使う以上は最大限の配慮が必要だ」と話す担当者もいる。
    「これはアメリカで経験したことだが、ヌード写真はもとより、自殺のページなんかも含めて、そういう有害情報が偶然、授業で見えても、そのページを表示した本人、保護者、担当教員、学校長が顛末書をそれぞれ書いて教育委員会に報告する義務があった。たまたま見えてもダメという強い姿勢がアメリカにはある。それをそのまま日本に入れるわけではないが、たまたま見えたということで保護者が許してくれたり、全員が許してくれるとはとても考えられないので、教育で使う以上、最大限できる限りのことはしておかなければならないとは思っている。先生方にはどんどん資料を吸収してもらわなければいけないのでブラックリスト方式でいいかもしれないが、生徒にはホワイトリスト方式で許可したところだけを見せればいいのかなと、個人的には思っている」
3.5.3. ソフトの選び方
学校情報化というとほとんどが機器などハード面の整備に目が行き、パソコンにどのようなソフトをインストールするかについてはそれぞれの地域の判断にまかされている。しかし今回の面談調査では、ソフトの選択について、まったく対照的な2つの考え方が見られた。
前橋市の担当者は次のように話す。
    「中学校に入れているのは、汎用的に使えるソフトで、マイクロソフト社のスクールアグリーメントを利用している。小学校は、それにプラスしてキッドピクスだ。小学校の先生方に『マイクロソフト社のWord、Excel、パワーポイントは小学生には難しすぎると思うので、もうちょっと子ども向けのものを検討しているが、どうですか』と聞くと、『全然そんなことはない。子どもはアイコンやボタンでクリックしているから同じだ』ということだった。小学校4年生でも、社会の授業で調べたことをパワーポイントにまとめている。アニメーションも入っているし、先生も知らないような機能を使い込んで、どんどん発表している。子どもにはすごい順応力がある。大人のほうが過剰に意識しすぎてしまっているかもしれない。子どもが使うのだから、楽しいボタン、大きなボタンにして、機能も制限してあげなければと、私も思っていたが、子どもは全然そういうことがない。むしろ、どんな小さなボタンでも平気でクリックするし、そのボタンの意味もやっているうちにすぐに理解する。小学生だから、ということを考えなくてもいいことがわかった」
他方、神戸市の担当者は次のように話す。
    「ソフトを選ぶとき、先生方からは、やれwordだ、一太郎だ、excelだ、ロータスだという話が出たが、子どもの機械にそれは要らないんじゃないかというこちらの意向を強く出して、子ども用の機械にはoffice系のソフトは入れていない。そのかわり、教科のソフトをたくさん入れようという方針を取った。情報活用能力を子どもたちに身につけさせるという視点で、学校ではwordの使い方を教えるわけではない、コンピュータをいかにツールとして使い、自分の考えを出していかせるのかが大事だということで、納得していただいた」
3.5.4. 行政によるニーズの認識
行政による整備が実現するためには、まずニーズの認識が欠かせない。どのようなプロセスを経て行政としてニーズの認識に到達するかは、行政内にいる担当者である「人」の問題に帰結されることが多いが、ニーズの認識を促していくための方法論の検討も重要な評価項目となっている。
その1つは学校現場からの要望の声である。「3.3.1.3 サービスの精選」で紹介した前橋市では、同時にアナウンス効果を期待している。
    「今まではそれが当たり前のように、ほとんど全員の先生がメールアドレスを自由に使ってきた。ところが今回、サービスのレベルが低下して使えなくなってしまう。どうしてなんだ、困るじゃないか、という不満の声は当然上がると思う。でも、サービスレベルの低下にはきちんとした理由があって、それだけニーズがあるんだったら、『何とかしてよ』という声を上げてほしいと思う。それによって教育情報ネットワークが行政の中にきちんとした形で落とし込まれて、運用できるような形になる。そのためにも、急場しのぎ的に何でもこなすのではなく、今は苦しいかもしれないけれども、あえて縮小するのもひとつの選択かなと考えている。ただ、子どもには迷惑をかけたくないので、子どもは今のメールアドレスを使えるような形にしておいてもいいかなと思っている」
教育ネットワークが整備されると、情報教育担当者にその管理・運用がまかされる場合がほとんどである。実際には情報教育担当者にとって、ネットワークの管理・運用の仕事がプラスして増えるため、大きな負担増となっている。行政がその業務の内容を認識するためにはどうすればよいか。
ある地域の担当者は次のように話す。
    「ネットワークが入ってきても、私たちはあくまで情報教育担当であって、ネットワーク担当ではない。ネットワークの管理という仕事は、あくまでもオマケにすぎない。そのことがちゃんと認められる体制を作っていくことが必要だと思う。認めてもらうためには、こういう仕事があって、こうやっているということをわかってもらわなければいけない。学校で子どもたちが学習するために、それが必要だということをわかってもらえないと、ネットワーク管理という仕事を理解してもらうのは難しい」
そして、具体的には、学校からトラブルの連絡があったときは、かならず学校を訪問するようにしているという。
    「ネットワーク管理という仕事の必要性を認めてもらうためには、そういう出動回数の実態がないといけない。『液晶プロジェクターに何か青いもの出ちゃって消えない』というので、行ってみると、何のことはない、コンバータのコントロールスイッチが入ってなかった。その程度のトラブルでも、学校にとってみると、授業ができないことになる」 トラブルはメールを使ったやりとりだけではなかなか解決できないことも、教育ネットワーク管理・運営にあたっている担当者の実感として共通している。
3.5.5. 縦割り行政の弊害
教育ネットワークの整備は教育委員会指導課が担当し、一方、利用者研修は教育センターが担当する。そのような役割分担が当たり前の形ように考えられている。相互に連携を取りながら進める地域ではあまり問題とはならないが、この縦割り行政の弊害が表れてきた地域も見られた。
このような話を打ち明けた地域がある。
    「教育センターはコンピュータ関係の指導実践はしているが、学校での教科指導的なものは別の部署でやっている。そのあたりの連携がうまく取れていないため、教科指導的な面、学校運用側の問題になると、教育センターの権限外になってしまっている。そういう意味で、指導主事レベルを上手に動かさないと学校への影響力を持てないということもあって、指導主事に対してプロモーションをしている。つまり縦割りの弊害が出ている。学校現場では情報教育という分野でそれなりにできる先生は多いが、教育委員会事務局に限っていえば、指導主事クラスでパソコンを使える人は非常に少ない。指導主事を集めて、『学校現場に指導しに行って、何を指導するのか?』と皮肉をいうこともある」
また、これとは逆に教育委員会で全県の教育ネットワーク整備を計画しているが、研修を担当する教育センターが別にあるために、研修計画は立てられていない地域もあった。

3.6. まとめ

今回の調査では、インターネットへの接続が完了したあとは何が問題になるだろうか、という視点で見た場合にいくつかの課題を浮き上がらせることができたと考える。

1つめは「人」の問題である。財政難の中で人を増やすことは難しい。そこで、 が起こっている。ヘルプデスクが障害サポートに加えて、教員研修も兼ねるのは新しい活用方法かもしれない。

2つめは、教員研修の問題である。機器増設のスピードや、教育課程の改定に追いつかないのではないかと危惧した。
たしかに、機器操作のできる教員数は劇的に増加するであろうが、授業に活用できる教員は急には養成できない。各教育委員会は、講座の内容や実施時間に工夫を凝らしている。その一方で、整備担当部署と教員研修担当部所間が縦割り行政の弊害で連携があまり取れていないのではないかと感じる地域もあった。
技術は変化するが、現在の技術の範囲内でできることとできないことを見据えた上でないと、授業では使えない活用方法を研修しても無駄であろう。たとえばISDN回線によるダイアルアップ接続のパソコン教室から、全員いっせいに検索の実習を行うのは難しい。導入した、またはこれから整備するインターネット・イントラネットのシステム全般に合致した内容の養成講座になるような工夫が必要になる。

3つめは、セキュリティの弱さである。技術やインターネットの利用環境は変化し続けている。いつ子どもたちが雑誌で読んだクラック方法を試してみようと思うのかわからない状況で、パソコン教室のLANと職員室のLANとを直結している。必要以上の不安は持つ必要はないが、外部に対するセキュリティと同様、内部からの攻撃にもある程度そなえる必要があるが、その認識を持ち、対策を講じているところは少なかった。

4つめは「結果の平等から機会の平等へ」と無意識の変化が教育委員会に現れてきたのではないかと感じたことである。緊縮予算の中、全部の学校を平等の環境にするには莫大な費用が必要となる。順次整備では、整備の順序が問題になる。されど整備は待ったなしの状況である。こういった状況の中、多方面からみて環境が整った学校から整備を進めていくのは、ある意味で当然であろう。

緊縮財政であるがゆえに、教育委員会の工夫が生かせる状況になってきたのではないかと考える。


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