広島大学附属東雲中学校
鹿江 宏明, 山手 圭子
本校が位置する広島市は,人口100万余りの地方都市である。その広島市の中心部からみて本校は東側に位置しており,学校周辺には町工場などが立ち並ぶ「準工業地域」の中に立地している。本校の南側400mには,広島市内で最も交通量が多く,かつ交通渋滞も多い国道2号線が東西方向に走っている。また,本校東側には四季を通して野鳥が多く飛来する「猿猴川」が流れているが,この川をはさんだ対岸には全国でも有数の規模を誇る自動車会社の本社工場が南北数kmにわたって続いている。本校の南側200mには,広島市環境事業局の南工場(可燃物ごみを処理する焼却場)がある。このような環境条件のもとに本校は立地しているため,本校の生徒は工場からとどく煙や臭いを日常的に経験しており,大気汚染に対する興味や関心も高い。今回の新酸性雨プロジェクトが生徒に自分の生活環境をより深く理解させるための一助になればと考え,本プロジェクトに参加し教材化することを試みた。以下にその実践例を報告する。
今年度の選択理科では,第3学年29名の生徒が前期と後期に分けて学習を行った。前期では,「太陽」というテーマを設定し,具体的活動内容をもとに各グループを編成して太陽の活動を観測したり,太陽の活動が地球に及ぼす影響についての研究を行った。また,これらの活動を通して,現在の地球環境についての理解を深めるとともに,太陽系の中の地球の存在をより深く認識することをねらいとした。
後期では生徒一人ひとりが,日常の中で身近な自然や現象について興味・関心をもっていることや,これまでの理科の授業内容についてより深く学習したいと思ったことなどを中心に生徒自身でテーマを設定し,そのテーマについて探究活動を行った。
ここでは,「地球環境」というテーマで研究に取り組んでいるグループについて,報告をする。
(1)情報の収集
インターネットを利用して必要な情報の収集を行うため,「地球温暖化」「環境にやさしい生活ガイド」「グローブ・プログラム」などといったホームページにアクセスし,自分たちの研究に有効と思われる情報を入手した。その取り組みの一つとして,「
酸性雨」についても情報を集めたり,実験を行うことで,より深く地球環境について調べてみようと考えた。そこで, 第3学年必修理科「酸・アルカリ・塩」の単元において,酸性雨についての学習を行った際に利用した「酸性雨調査プロジェクト」のホームページで公開されているデータベースから酸性雨の情報を収集した。
(2)実験
酸性雨に関する調査活動の中で,生徒達は酸性雨の原因のひとつが自動車の排気ガスに多く含まれる硫黄酸化物であることを学習した。このことから,自動車の排気ガスを水に溶かしてどれだけ酸性を示すかどうかを調べる実験を計画し実施した。その結果,普通乗用車(ガソリン)の排気ガスを数秒採取しただけで,中性の水は炭酸ガスが水に溶けた以上の強い酸性に変化することがわかった。今後はディーゼル車やトラックなどについても同様な実験をする予定である。また,身のまわりのさまざまなものを燃焼させたときに発生する気体を水に溶かしたときの反応についても,同様に調べることにしている。
(3)結果のまとめ
現在まだまだ研究の途中であるが,今後も計画している実験を重ね,その結果を報告書にまとめたり,当校のホームページに紹介し,発信していこうと考えている。
地球環境に対する諸問題について,本校では第3学年における生物単元「生物界のつながり」や,化学単元「酸・アルカリ・塩」,地学単元「地球の歴史」,あるいは「地球と人間」などで授業実践を行っている。これら環境問題に対する生徒の興味・関心は高く,授業前に本校の生徒が回答したアンケートの結果では興味・関心が高いものから順に「オゾン層の破壊(89%)」「二酸化炭素の増加(84%)」「酸性雨による被害(84%)」があげられた。
酸性雨による被害についての授業実践では,まず,現在の広島市に酸性雨は降っているだろうかと生徒に予測をさせながら授業を展開した。この,最初の質問に対してほとんどの生徒は広島に酸性雨が降っていることを知っており,さらにその原因について,生徒は広島市内の工場や自動車からの排気ガスによる窒素酸化物や硫黄酸化物であると指摘していた。これらの生徒の反応の背景として,広島市では夏の風がない晴れた日に頻繁に光化学スモッグ警報などが発令されることなどから,生徒達は身近な大気の汚染を主な酸性雨の要因として考えたのであろうと思われる。また,広島市が三方を山に囲まれているために年間を通してあまり強い風が吹かず,大気の移動が乏しく,しかも温暖で小雨であるという広島市の気候を原因にあげる生徒もいた。
次に,新酸性雨プロジェクトのホームページを生徒に提示し,全国の酸性雨の降雨状況やその原因について討論した。多くの生徒は酸性雨の主な原因として地域的な大気汚染を考えていたが,日本の全国各地で酸性雨が降っていることや,同じ低気圧の移動による降雨の結果で酸性雨が各地に降っていると考えられるデータもあることなどから,生徒達は酸性雨が全国的に広がっていることに気づいたり,また数名の生徒はその原因についてアジア各国の工場や露天掘りの炭坑にあるのではないかと答えていた。これらの生徒の意見をもとに,ヨーロッパにおける酸性雨の広がり方の状況を例として紹介しながら,この問題が日本だけの問題ではなく,国際的な問題であり,あらゆる国々がこれから協力して解決しなければいけない問題であることを確認した。
さらに,授業の最後に,数年前に放映されたテレビ番組「今,ガラスの地球」を視聴させ,その番組の中で紹介されている広島の状況や広島大学の中根先生がお話をされている内容等を紹介することで,広島の酸性雨の被害が深刻であるということや,その解決に向けてこれから私たちがすべきことは何かを考えさせた。
今回の授業の評価について,生徒の主な感想を次に記する。
・広島の酸性雨がこれほど深刻だとは思わなかった。生物環境への影響が心配です。
・松枯れと酸性雨との関連に興味があります。私も将来地球環境について調べる仕事についてみたいと思いました。
・酸性雨による被害をくい止めるには,日本とそのまわりの国々が協力しなければ解決できないんだと感じました。
・酸性雨は以前から知っていましたが,酸性霧の存在について今日初めて知りました。
・酸性雨が全国どこでも降っているのでこわいと思います。これから私たちがどうしたらよいのか,もっと勉強しなければと感じました。
・いろんな中学校で調査していることを知って,ぼくもがんばらなければと思いました。ぼくもこれから酸性雨の調査をして,その結果を全国の人に見てもらいたいと思いました。
今年度,「新酸性雨調査プロジェクト」に参加し,レインゴーランドを設置した際,生徒達は装置にとても興味をもつとともに,このプロジェクトへの参加が酸性雨や地球環境を考えていく契機になる生徒も多くいた。「測定をやらせて欲しい」という生徒も多いが,
昨年秋のレインゴーランド設置後に広島市は平年比に対して38という記録的な小雨が続き,酸性雨測定のチャンスがないのが残念である。
また,授業において「酸性雨調査プロジェクト」ホームページのデータベースを利用したが,日本全国の中学校の調査によるデータを閲覧することで,自分もこのプロジェクトに参加し,酸性雨の実態を調べてみたいという意欲を高めることができた。今後も継続して,授業実践におけるデータの有効な活用について研究を進めたい。
選択理科では,必修理科に比べ,時間的な制約も少なく,より自由にコンピュータを使うこともできる。今後は選択理科や,これからの新学習指導要領で導入される「総合的な学習」の時間での活用についても,検討及び実践を重ねたいと考えている。