4.3.3 想定した対象児と教育的なねらい

 重複障害といっても、文字通り複数の障害を併せもつという状態を指すだけであって、特定の症状や特性があるというものではない。そこで、本研究では、検討を進める上での対象児の想定を行い、その想定をもとに以下の検討を進めることとした。従って、ここでいう重複障害児のイメージは本研究を進める上での仮定であり、広い意味での重複障害そのものを規定したものではない。
 本研究では、平成9年度の研究に沿って、対象児を「中・軽度の知的障害」と「軽度の運動機能障害」を併せもち、学習課題として広域な人々とのコミュニケーションによって、情報スキルを身につけさせたいというレベルにある児童生徒とした。さらに具体的には、現在肢体不自由養護学校ではかなり多くを占め、通常の学級にも在籍している例も多いと考えられる、脳性麻痺児を想定することとした。
 脳性麻痺(CP:cerebral palsy)とは、かつて肢体不自由(運動機能障害)養護学校在籍児の大半を占めていた脊髄性小児麻痺(いわゆる小児麻痺)がワクチンの普及によってほとんどなくなったのに対して、今では肢体不自由養護学校在籍児の大部分を占めるようになった障害名である。脊髄性小児麻痺が、脊髄に菌が入ったことにより下半身を中心に運動機能のみが障害(麻痺)されるのに対し、脳性麻痺は出産時もしくは乳児期において、何らかの外的条件で脳細胞の一部が損傷され、その結果運動機能に障害をもつに至った症例である。脳細胞の障害部位がどの部分かによって障害の程度もさまざまであり、知的な発達にも障害を併せもつ場合も多い。
 こうした重複障害児は、知的障害に対する配慮と、運動機能に対する配慮の両面を必要とするが、それはまさしく内容的、操作的にわかりやすく、優しいインターネット環境を提供することに直結するものである。
 知的障害児に対しては、知的な能力や学歴等が社会のステータスとなっている現代社会においては、残念ながらさまざまな誤解や偏見が残存している。コンピュータの利用においても、ロジックの理解に困難のある知的障害児は利用できないだろうとか、教え込んでもコンピュータを使って生産的な活動はできないなどというイメージを持たれる場合も多いが、これらの多くは無理解による思いこみ以外のなにものでもない。しかも、これらを公言するものが知的障害児の教育に携わるものの中にも多いのは事実であり、誠に残念なことである。それは知的障害児の理解・認知の特性が比較的生活に根ざした経験的なものには開かれているが、抽象的なイメージを必要とするものやロジカルなものは苦手とする場合が多いため、これまでの知的障害教育の基幹が日常生活を通した経験主義的なものに依存してきたからである。
 しかし、今後の高度情報化社会の中で社会の一員として社会参加を果たし、一定の責任を分担して生きていくためには、既存の方法論に縛られることなく、あらゆる可能性を開いていく必要がある。子供の発達を願い、人権を守るということはこうしたことから築かれて行くものではなかろうか。
 さて、ここでは我々が研究の上で想定した重複障害児の、知的障害と運動機能障害の大まかな態様を示しておく。繰り返すが、これは研究のための想定であって、脳性麻痺児に往々に見られる特性ではあっても重複障害児全体の共通特性というわけではない。

○知的障害に関連して
 ・抽象的なイメージが持ちにくいため、目前に現れていない情報を想像するのは困難
 ・慣れており、見通しのもてる行動には積極的になれるが、新たなことには消極的
 ・一つのことにこだわると、別の観点に移ることが難しい
 ・逆に、無差別に強い刺激に反応してしまい、物事に集中しにくい
 ・知覚における独特の認知障害があり、例えば視覚的に図と地の区別が困難

○運動機能障害に関連して
 ・手指の動作に関して軽い麻痺や不随意運動があり、微細な操作ができない
 ・複数のキーを同時に押したり、素早い動作は困難
 ・障害状況によっては、マウス等のフリーに動作するポインティングは操作困難

 こうした特性は、よく吟味すれば脳性麻痺児にだけ独特にあるという特性ばかりではなく、幼児などではよく見られる特性で、発達とともに乗り越えられるものであったり、高齢者等で機器の操作や概念に不慣れな場合往々にして陥りやすい傾向でもある。

 

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