障害のある子供たちは、その障害のために、また社会的障壁のために行動範囲が狭まってくるため、日常生活でコミュニケーションをとる相手が限られているケースが多くなる。しかし人は、今までの集団のなかに落ち着くようになると、今度は新たな出会いを求めようとする。そして、その新たな出会いの中に自分を認め理解してくれる人がいれば、それは人としてつながりあう喜びへとつながっていく。
K養護学校では、身体の運動機能に障害のある生徒たちに対し、新たな出会いとコミュニケーションを提供してくれる道具として、また文字学習の指導の中で、自己表現の道具として、「チャレンジキッズ」(後述)およびインターネット・メールを利用している。
もともと絵が好きで得意でもあったO君だが、はじめは自信のなさのためか、自分が描いた絵をなかなか人に見せようとはしなかった。しかし、まわりの友人や教師にほめられていく中で、少しずつだが自信らしきものが芽生えてきた。
その頃、O君が所属するグループでは、「チャレンジキッズ」の「おてがみ」や、「自己紹介の部屋」で、他校との交流を行っていた。あるとき「小さな美術館」の他校の作品を見ていると、CG(コンピュータグラフィックス)による美しい作品が掲載されていた。絵画のなかでも、特にアニメキャラクターに人一倍興味を持つO君は、そのときの1枚の絵との出会いから、手がきの絵をさらに表現豊かにしてくれるコンピュータで「こんな作品を描いてみたい」と思いはじめた。
さっそく、彼の要望を授業の中でも採り入れ、CGによる最初の作品を完成させた。まだまだ未完成な部分も多かったのだが、初めてできたCG作品を、自信がないものの、多くの人に見てもらいたいという気持ちも生じ、自主的に「はっぴょうかい」のコーナーに掲載した。その結果すぐに返事が来て、その内容が彼にさらなるやる気をおこしてくれた。
チャレンジキッズは、発信した情報に対して、いろいろな学校の生徒や教師が即座に反応を示してくれるため、それが生徒にとって楽しさを感じさせるようだ。「自分が作った作品を遠い県の人が誉めてくれた」という、本人の心の中に今までとは違った喜びが生じたようで、さらに2つ目、3つ目の作品を掲載し、現在4つ目の作品に取り組んでいるところである。
絵を描くための、そして見知らぬ人とコミュニケーションをとるための新たな道具を手にした彼は、日常生活でも自信がついてきて、自分から友達や教師に話しかけるなどの積極性がでてきている。また、好きな絵の技術をもっと高めたいということで、美術専門学校への進学を考えるようになった。自分が描いた絵に対して、地域を越えた人たちが評価してくれる今回の体験がなかったら、ここまで意欲的に取り組めたかどうかは分からない。
高等部入学以前はほとんどワープロ・コンピュータを操作したことがなかったFさんだが、高等部では主にパソコンにチャレンジしたいという気持ちをもっていた。字は書けるものの、かなり大きな字でゆっくりとしか書けないため、新たな表現手段を学びたいという動機もあったようだ。学習にあたっては、コンピュータでワープロやグラフィックの基礎を憶えることを目的としたが、同時に、「チャレンジキッズ」を使って新たな出会いを求めることも念頭に置いて学習を進めるることにした。
Fさんの家では、文鳥を飼っており、本人はそれをCGで描いてみたいと思っていた。 さっそく、キッドピクスの基本操作を教えたが、簡単なアドバイスだけでなかなか上手な作品を描いた。本人もでき映えに満足しており、もっと多くの人に見せることを快く了承してくれた。
今度は、ワープロ機能を憶えながら、文章を作る番である。「自分の作品を見知らぬ人にいかに分かりやすく伝えるか」という、コミュニケーションの基本を自ら気にして、キーボードのキーを一つひとつ確認しながら入力し、手紙を書いていった。
翌日には返事が来ており、Fさんも本当に返事が来たことに喜びを感じていた。早くその返事を書きたいという気持ちが生じたようで、そのための時間を作ってくれるようにと担当教師がお願いされたほどである。
こうして、手紙のやりとりが始まり、続いてきた。その過程を通して、手紙を書くこと、絵を描くこと、そして新しい出会いを築いていくことの楽しさを実感したようである。
彼女は現在、自分を主人公とした長編物語をパソコンで作っている。完成したら、きっと「チャレンジキッズ」で発表してくれることだろう。
人は一人では、なかなか自分の考えや感じたことを表現することができない。しかし、伝える相手がいて、「伝えたいもの」があると言葉がでてくる。また、そのために言葉を覚えていく。だから、ただ書くのではなく、アドバイスをしながら、言葉を使うよう指導している。また、構音障害があるため、音を間違える生徒にとっては文字を綴ることで、正しい言葉使いを学ぶことにもなる。
実際の指導では、卒業生や施設見学先へメールを送ったりした。ある程度身近な人であり実感がもてる点、また直接に電話をかけたり手紙を書くよりは、同じ事を何回も繰り返せること、相手の時間などを気にせずこちらのペースで通信できること、即時性がある点など交流相手として便利な面が多々あった。環境として、障害者の卒後の授産施設でも積極的にインターネットを導入していることで可能になってきていると言える。
実際に使っている既存のメーラでは、やはり、どのメニューの中にどの操作が入っているかを理解させることが難しかった。生徒の指導に利用する場面では「ワープロソフトウェア」で書いたものを、教師が変わってメーラで送付し、送られてきた返事を画面で見せながら、生徒とどのような内容があるかを確認することが多い。
これは、実際に生徒が既存のメーラを使いにくい面があるからであるが、それを題材にして、生徒とのやりとりをすることができるので、実際の指導場面では不自由することがなかった。しかし、生徒自身で作成して送ることができ、受け取ったメールを見ることができれば、卒業後の家庭生活にも生かされることになるし、教師を媒介とせずに自分だけで活動を進めることができ、自信にもつながることである。
コンピュータを上手に使うことができれば、それは結果として障害をサポートしてくれ、自己の可能性も広がってくる。また、知りたい情報を入手できたり、新しい出会いに遭遇できたりもする。コンピュータは、まさに、障害者が充実した生活を送るための有力な道具となり得るものである。ここで紹介した事例に限らず、コンピュータと出会ったことで、生活の質(QOL:Quality of Life)が高まった子供たちは多いのではないだろうか。
K養護学校では、チャレンジキッズおよびインターネット・メールを、主にコミュニケーション(絵や言葉による)を楽しみ、その力を伸ばしていくものとして利用しているが、他にももっと様々な利用の仕方がある。今後、実践を経る中で、更なる可能性が見つかるかもしれないし、それを子供たちが見つけだしていくことにも期待している。
しかし、課題も少なからず残っている。今のところ、教師の時間のなさや学習不足のため、情報教育に携わることができる教師がまだまだ少ないことが現実である。「チャレンジキッズ」「卒業生とのメール交換」などの実践例を紹介していく中で、情報教育の大切さを訴えることができ、多くの教師が興味を持ってくれること、また、時間的余裕をつくれる環境が整うことを願っている。また、こうしたコミュニケーションツールには「教師も使いやすい」という視点も大切になる。教える側に敷居が高いと指導に導入しにくい。そういう点では、インターネット全体もわかりにくい構造になっていると、学習場面に取り入れにくいことになる。
教師自身の力量および広い意味でのアクセシビリティスキルを高めることで、情報教育の質がさらに高まったり、新たなあり方が検討されていき、結局は障害のある子供たちの充実した生き方を支援することになるであろうと考えている。