滋賀大学附属養護学校では、滋賀大学情報処理センターの協力を得て、1994年よりホームページによる学校情報や子供の作品などの情報公開とともに、子供たちが使いやすいホームページの形態を模索するために、ひらがなによる動物園のページ(注1)を開設してきた。現在でもひらがなによるホームページは少なく、滋賀大学附属養護学校のひらがな動物園のページは、小学校の特殊学級等や学校関係者などの”常連さん”のアクセスが数多くみられる。
(注1)「ひらがなどうぶつえん」
http://fyw.sue.shiga-u.ac.jp/www/doubutu/doubutu.htm
しかし、障害のある子供たちにとって、自分が情報を発信しているという意識がもちにくかったり、作品を見た外部の方から感想等のメールをいただいても、なぜメールが自分にきたのかわかりにくかったようで、「子供自身が情報のやりとりをしているという意識をもち、ネットで通信している相手と一緒に夢を膨らませたりするような環境はないものだろうか。子供が自分自身のプライバシーを心配することなく、教室や廊下で友達と遊んでいる感覚で、ネットワークを使えるような環境を構築できないか」と考え、メディアキッズに参加することにした。これがチャレンジキッズの発端である。
しかし、メディアキッズには98年度3月現在、全国各地から104校もの学校が参加しており、日々数多くの書き込みがなされている。知的障害のある生徒たちが時間をかけて書いたメッセージも、その数多くの書き込みの中に「埋もれてしまう」というような現象も起きるようになってきた。
そこで、障害のある生徒たちだけのローカル・コミュニティも必要であるとの考えから、ホームページ上で、この実践研究の目的や方法を知らせ、共同研究校を募集し、その一方で、メディアキッズに参加している養護学校や特殊学級の担当者に、参加を呼びかけた結果、現在の共同研究校28校が集まった。「チャレンジキッズ」の誕生である。
「チャレンジキッズ」では、それぞれの学校同士の交流プロジェクトで、基本的には、学校長の承認を経て学校同士がおつきあいをするので、子供だけが参加しているということはあり得ない。参加している子供がみんな笑顔でメールのやりとりができるためには、教師同士のいわゆる職員室にあたる部屋も設置し、そこで様々な論議や質疑などを行ってきた。つまり、子供たちはインターネット上に”学びの共同体”を構築し、教師は新しい形の実践研究を共同ですすめることにより新たな同僚性を模索してきたのである。(注2)
(注2)平成8・9年度 文部省機器利用研究指定校 研究成果報告
http://fyw.sue.shiga-u.ac.jp/www/chkd97/chkd97.htm
「チャレンジキッズ」は、”学びの共同体”を実現するためのツールとして、FirstClassというソフトウェアを使用している。このソフトウェアは、子供の活動に柔軟に対応できるネットワークの構成が可能であり、また多様なアクセス方法をもち、機種に依存せず、操作が容易である。そこで、重複障害児のコミュニケーションツールの可能性を探るため、実践上の経過を参考に、一例として本ソフトウェアの特徴と、目指す教育活動との関係について述べる。
(1)本ソフトウェアの特性
FirstClassは、カナダのSoftArc社が開発し、有限会社Createsが国内販売しているサーバソフトウェアである。その概要は、次のように紹介されている。
「FirstClassは単なるBBS用のサーバアプリケーションではありません。
既存の電子メール専用システムをはるかに越えた電子コミュニケーションシステムです。誰にでも使いやすいインタフェースを備えた、ネットワークにもモデムでのアクセスにも対応した高度な電子コミュニケーションシステム、それがFirstClassです。」
(http://www.creates.co.jp/より)
もう少しわかりやすく、重複障害児がコミュニケーションツールとして利用する上での本ソフトウェアの特徴をあげ、説明を加えることにする。(表4.4.4.2参照)
表4.4.4.2 本ソフトウェアの特徴
特徴 |
説明 |
優れたグラフィックユーザインタフェースを持つ |
操作は、画面にあらわれた絵やマークをマウスなどでクリックするGUI(グラフィカルユーザインタフェース)を採用しているので、通常のコンピュータの操作と変わらない操作系列である。従って、障害の状態に応じてカスタマイズされた入出力機器がそのまま使用できる可能性がある。 |
マルチタスクの機能が使える |
子供たちの操作は、教師の想定をこえるときがある。回線が混雑していて、サーバからの反応が遅いときにも、それを理解して待つということができない。ゲーム機を操作するように何度もマウスのボタンをおすこともあるし、また、友だちの作品を見ているときに、別のメールが見たくなることもある。そんな場合、マルチタスク機能で、様々な子供の要求に応えられる可能性がある。 |
ファイルの操作が簡単に扱える |
ファイルの登録(アップロード)や保存(ダウンロード)を、メッセージに添付することができる。また、メッセージに添付された作品などのファイルをネットワークにつないだままの状態で、画像、音声、文字などの表示が可能である。 |
優れたセキュリティ機能を持つ |
学校現場での大きな悩みのひとつは、子供たちのプライバシーをいかに保護しながら、ネットワークに親しみ、相手を意識したコミュニケーションが可能な環境を提供できるかということである。障害のある子供たちにとって、自分の身の回りの出来事や自分のことは意識しやすい事実であるが、それを誰でも見ることができるサーバに情報公開する場合に、ネットワークリテラシーといわれるネットワークを利用する際に必要な常識やマナーを理解していないために、自分のプライバシーを自分で公開することもしかねない。しかし、そればかりを恐れていては、子供たちの自己表現の機会を奪うことになりかねない。学校では、指導者側で様々なセキュリティ設定ができることは、子供自身によるネットワーク活用を教育活動に取り入れていく必要最低条件だと思われる。 |
(2)ネットワークコミュニケーションの教育的な意義
ところで、本ソフトウェアがどの子供にとってもベストであるとはいえない面もある。基本的に、テキストや絵などが扱えることを基本としているために、文字や絵が認識できない子供には、使いにくいものとなる。しかし、文字や絵などで、自分の意見を発表したり、友達をもっといっぱい持ちたいと願う子供たちには、大変有効な道具となる。このシステムが完璧だということではなく、現段階では、大変使いやすい、イメージしやすいシステムであるといえる。
運動機能障害(肢体不自由)のある子供には、一般に使われている鉛筆と紙が使いにくい子供も多い。そうした子供たちはこれまでにもコンピュータを表現手段として学習しているので、本ソフトウェアのような適切なシステムを経由させることで、日ごろ使っているコンピュータを使ってそのままネットワークに参加できる。また一般的に普及している電子メール等のソフトウェアは、知的障害のある子供たちにはわかりにくい場合が多いが、知的障害の子供たちにも、本ソフトウェアは簡単で直感的なインタフェースで、わかりやすい。このように、障害種別を問わずに子供たちにとって使いやすいということは、インターネットの特性を生かしながらさまざまな地域に友達ができるということにつながる。これは、なかなか自分の住む地域から外の世界へ興味関心が広がらないこうした子供たちにとって有効な機能となり、ネットワーク上で、バリアフリーを体験できる。つまり、文字や絵でコミュニケートするという点では、健常者も障害者も同じだということを意味する。
面と向かってはなかなか話せない子供たちでも、メールでは自分のことをうまく伝えられたりする。そして、相手の子供も、メールの差出人のアドレスを見て、養護学校から来ているメールだと後から気づくことも多い。
子供たちが外の世界に目が向くということは、それを支援している教師にも同様のことがいえる。ともすれば、学校と家庭の往復となりがちな教師にとっては、さまざまな地域のさまざまな校種の人たちと日常的に交流できる機会は少ないといえる。それが可能になるばかりではなく、共同作業や共同学習、共同で研修や研究をすることも可能になる。 「チャレンジキッズ」でもそういったことを可能にするために、サーバを設置している滋賀大附属養護学校と、ここに接続している学校や学級との共同研究という形態をとっている。さらに大切なこととして、子供たちのプライバシーを配慮した活動を設定できるという点がある。インターネットは、いろんな人が利用できる情報の宝庫である。でも、いきなり誰もがいるところで人間関係を結ぶのは、危険が伴う。健常児といわれる子供たちには、直接インターネットの情報の海にとびこむことも場合によっては可能かも知れない。
しかし、それは必ずしもベストであるとは限らない。障害のある子供の場合はなおさらである。いわゆる健常児も障害児も一緒に、ネットワーク上で、さまざまな人を意識してコミュニティーを構成し、その構成員として活動していく中でコミュニケーションスキルを身につけた上で、さまざまな人がうごめく実社会に旅立っていくほうがいいのではないかと考える。そういったことが段階的に設定できるのが、本ソフトウェアを利用した教育実践の特徴であった。
チャレンジキッズには、現在子供向けの会議室と、それをサポートする教師のための会議室、そして、グローバルな学びの共同体である「メディアキッズ」が開設されている。
ここでは、子供たちが行っている基本的な操作について説明する。
・デスクトップには
例えば、教師用のIDでログインに成功したら、デスクトップに「チャレンジキッズ」と「challenge」が現れる。「メディアキッズ」は、メディアキッズ・コンソーシアム事務局に、学校として参加申し込みをしないと、参加できない。
それぞれの会議室に参加するには、参加したい会議室のアイコンをマウスでダブルクリックするだけで、参加したい会議室が開く。GUIを採用しているコンピュータと同じ操作であるから、子供たちは、特に操作を覚えなくても直感的に操作できる。そして、会議室が開くと、メッセージのリストが並ぶので、読みたいメッセージのアイコンをダブルクリックすれば、そのメッセージが開く。
・メッセージを書く
友だちのメッセージを見ていて、興味をもったら、自分も書いてみたくなるのが、人情である。操作パレットの新規メッセージのアイコンをクリックするか、メッセージというメニューから新規メッセージを開く。すると、新しいメッセージウィンドウが開くので、そこにメッセージを書いて閉じれば、送信される。
また、誰かのメッセージに返事を書きたい場合、同様に返事のアイコンをクリックするか、メッセージメニューから返信を選ぶ。
さらに、友だちとメールのやりとりをしていて、自分の写真を送ったり、絵やビデオ、音楽(WAVファイルでも、MIDIでも)などの自分の作品を送りたくなるときがある。そんなときも簡単である。そのファイルを汎用性のあるファイル形式で保存して、同様にファイル添付をクリックするか、ファイルメニューからファイル添付を選ぶ。作品を見るときも同様に、メッセージウィンドウに見てみたいデータのアイコンがあれば、それをダブルクリックすれば、ダウンロードできる。接続したままで、見てみたい場合は、MacOS版の場合は、optionキーを押しながらダブルクリックする。Windows版の場合は、Ctrlキーを押しながらダブルクリックすればよい。
基本的な操作は以上である。相手が見やすいフォントにしたり、サイズを変えたり、色を変えたり・・・といったさまざまな処理が可能である。また、子供の状態によって、メニューをカスタマイズすることも可能である。子供が操作できるよう配慮した入力機器が整っていて、これだけの知識があれば、チャレンジキッズにデビューできる。
例えば、運動機能に障害(肢体不自由)がある子供は、様々な入力機器を利用することによって特別なコンピュータ・ソフトウェアを使うことなくチャレンジキッズやインターネットを活用できる。人は自分で見たいことやしたいことは可能な限り自分でしたいと思うのが、基本的な欲求であり、それを可能な限り援助していくのが、我々教師の役割だと考える。
MacOSの場合は、代表的なものをあげると、Ke:nx(キネックス/アクセスインターナショナル)等の代替入力機器や、MacOS標準添付の代替入力ソフトウェアであるイージーアクセス(10キーを使ってマウスの代替入力を行う)が利用できる。
また、DOS/VなどのWindowsマシンでは、WWWブラウザを使用したときに、キーボードナビゲーション(後述の表4.5.2.1 参照)が利用可能である。またそれを外部スイッチで操作する機器(Wing-SK)も研究されている。(後述の4.5.2参照)
代替入力機器では、インテリキー(ヤノ電器)が、Mac、Windows両方のコンピュータで利用可能である。これらの詳細や様々な障害を補う機器などについては、「こころリソースブック」(こころリソースブック編集会)や、以下のホームページ等の情報が参考になる。
・障害者情報サービス(東北大学小林巌氏)
http://www.dais.is.tohoku.ac.jp/~iwan/handicap_res.html
・福祉と障害者支援情報の総目次(中央学院大学井村氏)
http://www.chubu-gu.ac.jp/wic/ir/h-index.html
・こころWeb(社団法人 日本電子工業振興協会)
http://www.jeida.or.jp/document/kokoroweb/
なおチャレンジキッズについては、以下の書籍に詳しいので参考にして頂ければと思う。
佐藤尚武・成田滋・吉田昌義 編 北大路書房
『教室からのインターネットと挑戦者たち-チャレンジキッズによる出合い・学び-』