3.2.1.2 学校交流型地域展開へのあゆみ

(1) 葛尾中学校のネットワーク環境

 a. 環境の成長と活用の広がり

 100校プロジェクトにより導入された機器は,インターネットへの情報発信と受信を行うためのサーバマシンおよびクライアントマシンそれぞれ1台のみであったため,導入当初はWorld Wide Web(WWW)を利用した情報の収集と利用が主な活用であった。その後,提供されたネットワーク基盤が安定するにつれ,生徒・教師からの活用の要求が活発となり,その要求の実現のために,順次ネットワーク環境が改善・整備されていった。
 WWWの次に活用されはじめたものはメーリングリストである。教育活動の中で情報の共有を行いたいという要望から校内で各種メーリングリストが開設され,コミュニケーションの一つの場として定着していった。
 このころより,インターネットに熱中しすぎる生徒が現れて来たことから,ネットワーク利用のマナーと危険性を知らせるネットワーク利用規定を策定し,モラルやエチケットを含めた全体的な指導を行った。
 校内でのネットワーク利用が定着してくると,データをサーバに保管して異機種PC間(Macintosh,Windows95等)でデータを共有したい,校内どこからでもデータを使えるようにしたいという要求が出てきた。そこで,地域ネットワークのボランティアの方々の支援を受けて,従来のサーバマシン(PC98,PANIX)の運用を止めて,中古のUNIXワークステーションへと入れ替えを行った。このワークステーションはMacintosh(Mac)のファイルサーバ機能とプリンタサーバ機能を持っており,加えてWindows95マシン(Win95)のファイル,プリンタサーバ機能を実現するsambaというフリーソフトウェアをサーバ上に導入することで,学内のどのパソコンからでもファイルサーバ上のファイルを利用したり,LAN上のプリンタを利用できる環境となった。
 この環境を応用し,WWWで公開するホームページが存在するディレクトリをMacとWin95の共有ディレクトリとして校内に公開することで,UNIXのコマンドを知らなくても,MacやWin95上で作成したWWWのコンテンツをファイルをコピーするという操作でインターネット上へ公開できる環境を構築した。この環境の概念図を図3.2-1に示す。


図3.2-1:サーバーの役割

 この様に,校内の利用者が自分の親しんでいる環境(Mac,Win95など)で様々なサービスをシームレスに利用できる環境を構築することにより,操作の一貫性のなさが原因となる障壁をかなり取り除くことが出来た。この障壁の低下は,パソコンを個人購入する教職員が増加し,個人所有のパソコンの持込みによるネットワーク利用者の増加からも確認することが出来た。
 さらに,サーバマシンの入れ替えとあわせてルーターでダイヤルアップ接続(PPP)サーバの設定を行なった。これにより自宅から校内のネットワーク環境が利用でき,教員にとってネットワークが日常の物となり,教育活用へのよい動機づけとなった。また,地域内の他の学校の教員やボランティアの人々へその利用を解放することにより,地域内の交流の促進が実現され,本年度から開始された地域展開プロジェクトへの布石ともなった。
 現在の校内ネットワーク環境を図3.2-2に示す。接続されているパソコンの台数は,個人所有の物を含め約60台まで増加してきている。また,ダイアルアップ用にISDN回線が2回線増設され,NTサーバでダイヤルアップ接続(PPP)を受けている。


図3.2-2:葛尾中学校内ネットワーク環境

 b. ヒューマンネットワークの広がり

 ネットワークを取り巻く環境は,校内の体制においても変化を見せた。平成7年度はネットワーク活用研究のための体制が校内組織に位置づけられていなかったために,教師全体には広まらず個人的に興味をもつ教師の個別的活用にとどまらざるを得なかった。この反省を生かし,平成8年度はネットワークの教育利用研究を現職教育(校内研究)の中核に位置づけ,全職員で取り組むことになった。また,教育行政側からもコンピュータ活用推進補充として定員外に1名の教員枠が与えられ,研究に取り組む体制が整った。
 ネットワークの運用においては,校内スタッフと外部のボランティア(地域インターネットプロバイダー,SI業者,地域ネットワーク関係者等)が定期的に集まり,一般ユーザーからの要望やトラブルに基づいてシステムの改良を重ねている。このような積み重ねが,ユーザインターフェースの向上として結実し,生徒・教師のネットワークの活用意欲をかき立て,新たな活用を生みだしていっていった。

 c. 定着を促進する条件

 これまでの葛尾中学校における実践により,学校内でのネットワーク活用が促進されるには,以下の条件が重要であることがわかった。

@学校における情報流通基盤の整備とPC指向的利用環境の整備
A学校内の運用体制の確立(校内組織・利用ガイドラインの策定等)
B学校外の人々との連携体制とそれを支援する情報流通基盤の整備

(2)学びの場としてのネットワーク環境

 a. インターネット環境の評価

 インターネット環境の導入前と導入後の生徒の学習への取り組み意欲を比較すると,導入後は自分から必要な情報を収集したり,校外の人々とコミュニケーションを図ろうとするなど,従来に比べ積極的な態度が見られるようになった。
 従来の生徒の学びは,教室や学校内という人的にも空間的にも閉じた場で行われていたが,インターネット環境が導入されることによって,その学びの場が飛躍的に拡大したと言えよう。例えば,情報の収集という活動も図書館の本やTV・ビデオなどの視聴覚教材からのみでなく,世界中に広がる情報資源にアクセスして,容易に必要な情報を取り出すことが可能となった。また,情報を一方的に受け取るばかりでなく,自分たちの住んでいる地域の情報や学習の様子を積極的に校外へ発信することで,学校外の人たちの目に触れ,評価を得ることによって自分自身の学びについて見つめ直す契機となっている。
 この様に,インターネットの学校への導入はこれまでなかった様々な学習の場を学校内にもたらしたと言える。近年学校への導入が試みられているオープンスペースの活用やTV電話,新聞の活用などと比較すると,学校外の人との日常的な交流が可能になるということがインターネット活用の特徴ではないかと考えている。


図3.2-3:交流の範囲と頻度

 従来の学校において,交流の場は学校行事の活動が大部分をしめていた。運動会や文化祭などの活動により,異なる学級・異なる学年の交流が促進され,教室の中では発揮できなかった生徒の力に光があたり,輝いて見えることがある。他者との交流を通して自己啓発,自己実現を促すことが可能であり,自己に気づく目を育てるということが,これからの教育に求められている。確かな自己理解があってこそ,他者を理解し思いやることができるからである。
 このように様々な人との交流を通して,生徒は適切なコミュニケーションの能力を身につけていくことができる。これまでも校内の行事ばかりでなく,地域の学校が集まって部活動の大会や試合などの交流が行われてきた。また,最近ではTV電話システムによる交流も珍しくなく行われるようになってきている。しかし,これらの交流は日常的とは言えず,あらかじめ設定された時間や場所で行われ,その場限りの交流に終わってしまうことが多かった。我々は,このような交流をイベント的交流と呼んでいる。
 それに対して,インターネット環境における交流は,日常的に電子メールの交換をしたり,継続的にWebによる情報の交換を可能とするので,生徒の生活の一部分として位置づけられるようになってきた。これを我々は日常的交流と呼んでいる。
 イベント的交流と比較して,共有する場と時間を多く内包する日常的交流が生徒相互の共感的な心情や理解を高め,自然な感動と素直な気持ちを相手に伝えることができると言えよう。それは,生徒の自己実現の一つの場としてインターネット環境が位置付けられることに他ならない。

 b. 地域内イントラネットの必要性

 インターネットによる交流は,今後もさらに加速されて展開されていくものと思われる。我々はその交流が成功するためには,地域内イントラネットでの交流が鍵を握っていると考えている。なぜならば,電子メールなどの文字のみを用いたコミュニケーションは,お互いの物の見方や考え方を理解して初めて成立する。そのため,日常的な接点のない地域外の人たちと生徒が交流を行う場合には,文字のみでお互いを理解し,交流を深めていくことが困難だからである。
 また,インターネットは実社会と直接対話する場にほかならないため,情報を発信する際に,モラルや人権,著作権等の問題に気を付けなくてはならず,そのための道徳観念も必要となってくる。よって,学校にインターネット環境を整備する場合は,より効果的にコミュニケーション能力の訓練が行え,また,ネットワーク上における道徳教育を安全に行う場として,校内LANによるイントラネット環境も同時に整備する必要があると考える。
 さらに,学校内イントラネット同士を隣接した地域間で接続し交流を行うことによって,地域に共通な文化や空間を基にした密度の濃い交流が生まれ,そこに新たな学び合う共同体を作ることが可能になると考えている。学び合う共同体とは,学びたい目的に応じて学校を越えて生徒たちが結びつきあったグループであり,図3.2-4に示すように,地域内イントラネットを介して情報の共有を行う。
 例えば,教科書に載らない地域内の環境や歴史について,地域という共通の空間を共有することによって共同で調査したりまとめたりという活動ができるようになる。また,共通の文化を基に密度の濃い情報の共有が可能になるとき,より良質のコミュニケーションが行われるのではないかと考えている。さらに,同一学区,同一学年の生徒たちのが均質の学習内容を学ぶという従来のスタイルを越えた,新しい学びの場を形成することも可能ではないかと考えている。


図3.2-4:ネットワークを用いた学びの場のモデル




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