3.2.1.3 地域展開の実際

 地域展開は,葛尾中学校という場に置いて教育の現場と技術者が,教育おけるネットワーク環境のあり方について議論し,成長させてきたネットワークシステムを同じ村内の葛尾小学校へも広げた地域の教育ネットワークとすることにより,小中連携(葛尾村は中学校・小学校とも1校)の教育活動が展開できるのではないかという期待からスタートした。
 教育ネットワークは,隣接する三春町内2校も結び地域の教育イントラネットとして更に広がりを見せている。あぶくま地域展開プロジェクトの活動は,以下の3つの要素から構成されている。
 @ネットデイ(ネットデイパック:1泊2日のシステム構築)
 A講習会・情報交換会(直接会うことによるコミュニケーション)
 Bメーリングリスト(オンラインによるコミュニケーション)

(1) ネットデイ

 a. ネットデイとは

 これまでに葛尾中学校へ集まっていた地域ネットワーク関係者や,葛尾中学校の教職員が中心となってネットワーク環境構築を支援する活動を海外のプロジェクトの名前を借りて『ネットデイ(NetDay)』と呼んでいる。あぶくま地域展開ネットワーク研究会では,『ネットデイ』を,周辺地域の数校の小・中学校に対して行ってきた。現場職員とネットワーク技術者の協力により,コンピュータの知識がない初心者でも使いやすいネットワーク利用環境が実現した。

 b. システムの要件(ネットディパック)

 業者やネットワークの専門家の協力を得るのが困難な地域では,学校に導入されるネットワークシステムは,学校の教師と地域内のボランティアの協力のもと,無理なく容易に構築,運用できるものでなくてはならない。したがって,学校にネットワーク環境を導入する際には,以下の要件を満たすシステム構成を検討なければならない。

 @1泊2日程度の期間で校内LANの敷設とサーバ,クライアントマシンの設定が終えられること
 A生徒や教師が利用するパソコンが,可能な限り同一の設定によって校内LANのどこに接続してもすぐに利用可能であること
 B設置されるサーバやルータ類の保守管理が遠隔地から行えること

 我々は,これらの要件を満たす校内LANシステムを“ネットディパック”と名付け,その実現に向けて以下の項目について検討と実験を行っている。

(a) 地域の学校間ネットワークの接続方法
(b) 学校間イントラネットを構成するためのセンターマシンの構成
(c) 学校内イントラネットを構成するためのローカルサーバマシンの構成

 以下の節で,現在行っているネットディパックの構築実験について述べていく。

 c. 地域内イントラネットの構成

 前章で述べたような教育環境を実現するためには,その手段としてのネットワークシステムにおいて,不適切情報の排除や,プライバシーを考慮した情報の受発信を容易に行えなければならない。したがって本節では,その実現手法を検討するために行ったネットワークの構築実験について述べる。本実験におけるネットワークの構成を,図3.2-5に示す。


図3.2-5:地域内イントラネットの構成

 それぞれの学校内LANはプライベートIPアドレスを用いて運用されており,ルーターを介することによってグローバルIPアドレスにより運用されているNOCLANに接続されている。各校内LANを接続しているルーターには,NOCのネットワーク以外にそれぞれ互いの校内LANに対するルーティング情報を持たせており,全体で1つのイントラネットを構成している。

 情報の受発信を行うためのサーバは,地域外向けサーバ,地域内向けサーバ,校内用サーバの3階層のサーバ群を設置している。ここで,地域内向けサーバは,インターネットに対するルーティング情報を持たせない様に設定した。この様な構成により,以下の各項が実現できた。 @NOC管理者は,インターネットに対するセキュリティ管理を地域外向けサーバのみに集中出来る
A不適切情報のフィルタリングはNOCのhttpプロキシサーバのみで行えばよい
Bユーザーは,各階層のサーバを使い分けることにより,発信する情報の流通範囲を制限することが可能
C各学校の管理者は自校のサーバ上で自校内向けのサービスのみを管理すればよい

 d. 校内用サーバの構成

 学校では,教師や生徒はWindowsやMacOSが動作する一般的なパーソナルコンピュータ(PC)を用いて教務や教育,学習を行っている。したがって,ユーザが容易にネットワーク環境を利用出来る様にするためには,そのユーザインタフェースがこれらOSが提供するメタファ内で閉じていた方がよい。
 また,一般にネットワーク環境を利用するためには,自機のネットワークパラメータの設定や様々なサーバを指定するためのIPアドレスの記述など,ユーザが慣れていない困難な事柄が数多く存在する。したがって,校内ネットワーク環境として,以下の様なユーザを支援する機能を実現することが望まれる。

@ユーザインタフェースは可能な限りPCのOSが提供するメタファで提供する
APCをネットワークに接続する場合,可能な限りの設定を自動で行える様にする
B可能な限り1つのユーザIDで全てのサービスを利用できる様にする

 これらの実現を検討するために,各校の校内用サーバには以下に挙げるソフトウェアを導入した。

(a) apache:校内用httpサーバ
(b) squid:http,ftpプロキシサーバ
(c) samba:Windows用ファイルプリンタ共有
(d) AppleTalk:Mac用ファイルプリンタ共有
(e) dhcpd:クライアントPC自動設定サーバ
(f) bind:ローカルDNSサーバ
(g) pop:メール受取り用サーバ
(h) poppassd:パスワード変更サーバ
(i) sendmail:メール配送サーバ
(j) uucp:メール転送用に利用

 上記@の実現のために,図3.2-1の様に(a),(c),(d)のサーバソフトウェアから同一のディレクトリを共有させることにより,従来ftpなどのソフトウェアを用いなければ更新できなかったWebページを,PCの操作メタファであるファイルのコピーによって行える環境を実現した。
 上記Aの実現のために,(e),(f)を用いることにより,WindowsおよびMacOSのクライアントマシンにおける個別IPアドレスの割り当てや,IPアドレスによらないサーバへのアクセスを実現することができた。
 また,上記Bの実現のために,(c),(d),(g),(h)を同一のサーバ上で運用することにより,同一ユーザIDかつ同一パスワードですべてのサービスが利用できるようになった。

 e. ネットディの実際

 前節までに述べた地域内イントラネットと校内用サーバを用いて,どの程度容易にネットワークシステムの構築が可能かの実験を行った。現在まで福島県にある三春町立御木沢小学校と三春町立三春中学校,葛尾村立葛尾小学校の3校で実験を行い,どの学校でも1泊2日の工程でシステム構築が行えることを確認した。本節では,各校で行ったネットワーク構築実験とその後の運用について述べる。

第1回 ネットデイ(7月 葛尾小)

 7月に葛尾小でネットデイが実行された。葛尾小の校長は個人でプロバイダに契約しているなど,ネットワークに関心を持っていたので,ネットデイに対しても理解が得やすかった。同様に,葛尾中での実績があるため教育委員会の許可も容易に得られた。
 また,こねっとプラン参加校でISDN回線がすでに敷設されていたことも有利であった。工事では別棟のコンピュータ室(木工室)と職員室を接続する校内LANを比較的短時間で敷設することができ,インターネット環境が利用可能になった。
 しかし,ネットワークに対する情報提供の不足,ネットデイへの職員の関与とアフターケアが不足したため,自分たちのネットワークという意識が育たず,活用が広がりを見せなかった。これは,学校内で核になるコーディネータを明確に位置付けなかったことにも一因がある。

第2回 ネットデイ(8月 御木沢小)

 第1回ネットデイの反省をもとに,翌8月に三春町立御木沢小学校で2回目のネットデイを行った。御木沢小には葛尾中のシステム構築会に継続して参加し,ネットワークやコンピュータに長けた教員がおり,技術的な不安はなかった。5月にISDN化が終了していたことも好条件であった。
 準備期間が短かったが,コーディネータが管理職に相談して資金的な支援を教育委員会に要請するとともに,メーリングリストを積極的に活用して外部のボランティアとシステムの相談や資材の調達等の連絡を密に取り合い,共通理解を図りながら準備を進めた。
 校内LANの構築は,熟練の技術者の参加による効果と葛尾中での経験が十分に生かされ,1泊2日でほぼすべての教室に校内LANが敷設された。
 御木沢小のネットデイでの反省は,告知期間が短かったこと,夏休み中に実施したこと,と云うこともあって学校内の教職員の参加が少なく,ネットワークがブラックボックス化する傾向が見られた点である。また,将来のネットデイで核(コーディネータ)となる参加者がいなかったことも反省として残った。

第3回 ネットデイ(9月 三春中)

 続いて,メンバーが集う情報交換会において,9月に三春町立三春中学校で3回目のネットデイを行う方針で意見がまとまった。
 これは三春中に,あぶくま地域展開ネットワーク研究会のメンバーであり,コーディネータとしての資質とネットワークに長けた職員がにいたことによる。また,前述の2校と同様にISDN化が終了しており,コンピュータの活用と通信に関心を持つ校長の存在も大きい。
 三春中の場合は13学級と前回までと比較して二倍の学校規模,かつ複雑な校舎でネットワークの敷設には難航が予想されたが,準備期間が1カ月と余裕があり,コーディネータが事務職員と云う立場で管理職や教育委員会との連絡を密に行いやすい立場であったため,事前の交渉もスムースに進行した。三春中でもメーリングリストは有効に機能した。多数の参加者にもかかわらず,ほとんどすべての連絡や相談がメーリングリストで行われることによって,問題の解決や共通の目的意識形成が行われたと言えよう。
 ネットデイ当日は,作業前に参加者全員でミーティング開き,作業の流れを確認とネットワークケーブルの作成等,基本的な技術研修を行った。
 ミーティングが功を奏して,比較的大きな学校規模にもかかわらず,同時並列的に作業が進み1日目の夕方には大半の敷設作業を終了することができた。
 複雑な校舎の作りの割に短時間で作業が完了したことについては,建設業の方など多業種のボランティアが参加し,それぞれの専門性を発揮してくれたことによるところが大きい。
 また,校内のコーディネータから教職員への事前アナウンスや協力の呼びかけが行われ,多くの教師の参加が得られ,教師達が自力で職員室へのネットワーク敷設を行った。これは,ネットワークを教職員自らが作り上げたという自負心とネットワークに愛着を感じるなど,ネットワークをより身近なものとして感じているようである。

第4回 ネットデイ(10月 葛尾小)

 3校で得られた経験を生かして,10月に葛尾小学校に再度ネットデイを行った。今回は,葛尾小学校へ事前に打診を行い,校内におけるネットワークに係わる問題点や希望を調査した。
 校内のコーディネータがメーリングリストへ参加することによって,外部と内部の調整を積極的に行った。その結果,ほとんどの教職員がネットデイに参加し,各教室へのネットワーク敷設を自分たちで行った。
 このネットデイは三春中でのノウハウが生かされ効率的に作業が進んだ。1階から3階を貫く縦の基幹部分は,廊下を迂回してケーブルを敷設しなければならないが,三春中と同様に使われなくなったダストシュートを活用することによって,短時間で配線を終えることができた。

 3校で行われたネットデイに関して必要とされた共通する要件は以下である。

@学校内にコーディネータが存在すること。
A管理職・教職員の理解と協力,学校として主体的な参加が得られること。
B支援者として学校外のボランティアが参画すること。
Cコーディネータ・教職員・ボランティアが協調的に活動すること。

(2)講習会・情報交換会

 あぶくま地域展開プロジェクト参加各校(3校)へのネットワークの敷設が終了した頃,各校の担当者からメーリングリストへ現状についての報告があった。その内容とは,ネットワークに関して基本的な知識が不足していることや,トラブルの対処する方法がわからないために些細なつまづきやトラブルが,教職員がネットワークを活用しようとする意欲を失わせているというものである。
 そこで,参加校の教職員を対象にネットワークの基本的な技術及びしくみについて講習会を実施した。この講習会は地域の教育委員会・校長会等を通じて近隣の学校の教育関係者にも広報を行った。以下に実施した講習会の主な内容を示す。

第1回 講習会(11月 御木沢小)

@初心者を対象とする講習。
A電子メールやネットワークの基本的な仕組みについての講習。
B町内の学校と,ネットワークに興味を持っている教員を対象に地域へも参加を呼びかけ,近隣地区からも参加者があった。

第2回 講習会(12月 葛尾小)

@電子メールを活用し始めた初級者向けの講習。
A校内研修の一つとして位置づけた。
Bクライアントのトラブルも解消した。

第3回 講習会(1月 三春中)

@各校のコーディネータ,ネットワーク管理者に対する技術研修。
Aネットワークに興味を持つ初心者への啓蒙的な研修。
Bネットワークを活用し始めた人に対して教育実践の紹介。
Cワークショップ形式でネットワークケーブルづくり,サーバ構築などの基本的な技術研修。
D教育委員会の許可と校長会等を通じて周知されことで,50名を越える参加者があった。

 三春中の講習会では,三春町教育委員会へ講習会の開催申請を行うことにより,広報の場が確保されたり,学校の施設借用の利便が増したりと,運営が容易になった。小規模かつ局地的なゲリラ戦的展開も味わい深いが,他の学校,教職員への影響力の大きさ,波及効果という点では,場に応じて教育行政のプロトコルにのることも使い分けたい。
 数回の講習会を通して,参加者の間にネットワークを必要と感じる教職員が増えてきた。そしてなによりも,ヒューマンネットワークの広がりが一層拡大され,ネットワークを普及する力のある人材とのコネクションが形成されつつあることは特筆に値する。

(3) メーリングリスト

 あぶくま地域展開プロジェクトにおいては,当初からメーリングリストが重要な役目を果たしている。地域展開プロジェクトに参加しているメンバーの所在は,福島県内をはじめ近隣県あるいは関東地方など,広範囲に渡っている。このような地理的な条件により,メンバー同士が日常的に直接会ってコミュニケーションを図ることが困難な状況にある。
 しかし,地理的なハンディはメーリングリストを利用することにより補うことが可能である。メーリングリストの役割は,メンバー同士のコミュニケーションの場であるとともに,ネットデイなどの企画において準備や連絡・相談等を行う場であり,学校での活用の様子を報告する場でもある。トラブルに際してはヘルプデスクとしても機能し,緊急の場合にはSOSを発してから数分で遠隔操作による支援が行われている。メンバー相互の連絡用のメーリングリストは月間平均500通程度の流通があり,密度の濃いコミュニケーションが営まれている。
 蛇足であるが,あぶくま地域展開ネットワーク研究会ではメーリングリストによるコミュニケーション以外に,月に1回ほど行われているネットデイや講習会・交流会にメンバーが集い,顔を合わせて各自が抱えている問題や疑問について議論や情報交換を行うことも重視している。オフラインの交流によって,ネットワーク上でも相手の顔が見えるコミュニケーションが生まれている。

メーリングリストの役割

@参加メンバー間のコミュニケーションの場。
A学校での活用の様子を報告する場。
B各校コーディネータへの技術的な支援の場(ヘルプデスク)。
Cネットデイや講習会の準備・連絡・相談・次回への課題等をまとめる場。
D地域展開そのものの方向性と活動内容を話し合う場。
E必要な機材や部品の出物(ジャンク)情報などを交換する場。



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