3.2.1.4 地域展開の評価と考察

(1) 各学校における活動

 前章で述べた様に,あぶくま地域展開プロジェクトによって,3つの学校が地域イントラネット環境に接続された。
 ネットデイ前後の活動を見ると,御木沢小学校,三春中学校におけるネットワーク活用への取り組みが比較的スムーズに行われたのに対して,葛尾小学校では,ネットデイ直後の取り組みがあまり活発ではなかった。この違いについて,図3.2-6の様な2つの軸を持つマトリクスを用い,その象元間の移動の様子を見ることによって,学校におけるネットワーク活用の特徴を示してみる。

 このマトリクスは,ただ単に象元を区切っただけであり,それぞれの軸において,定量的要素はないものとする。横軸がいわゆる主語にあたる部分で,「先生が……」「生徒が……」となる。縦軸は述語にあたる部分で,“心”とは,「(ネットワークやコンピュータを用いて)何かしたい」という目的を伴った活用を示し,“道具”とは「ネットワークやコンピュータを用意する,用いる」という,道具そのものの整備や使用を指す部分である。


 

このマトリクスを実際に各学校の取り組みに当てはめてみる。前者2校に関しては,ネットデイ以前からネットワークを用いた活動を行いたい,という動機を持っており,図3.2-7に示すように第W象元から活動がはじまった。そしてその動機は,確実に道具の獲得,そして活用に結びついたため,第V象元へスムーズに移行した。そして,実際にネットワーク環境(道具)を用いて実践を重ね,それにより新たな活用の動機を持つ様になるため,第W象元へと戻ることが可能となる。この第W象元をスタートとした「第W象元→第V象元→第W象元……」という繰り返しが,教師のネットワーク活用の自信と技術を生み出していっている。


一方,最も早くネットディが行われた葛尾小学校においては,ネットワークに対する視点も動機もあまり持てないまま,突然充実したネットワーク環境がもたらされる形となった。いわゆるはじめから第V象元にいる段階である。なにも実践例もないまま,突然やってきたネットワーク環境に対して,「一体何をしていけばよいのか(葛尾小)」職員の中で誰一人として理解している人はいなかった。第V象元→第W象元へと移行する際の実践例,成功例がないためである。それでも,その後の隣の中学校の先生方の協力や,地域内のメーリングリスト等による人的交流などによってネットワークの活用を繰り返すうちに,教師側で「これならできる」という感触をもつことになり,はじめて第W象元へと移行する糸口をつかむことになった。

 どの学校でも,ある程度教師側で第W,第V象元の移動が繰りかえされたのちに,児童生徒に対してネットワーク環境を開放した。そこでは,電子メールの使用(第U象元)のように,はじめから道具の活用を目的としたものから,授業中における活用(第T象元→第U象元)といったようなさまざまな活動が行われた。
 子ども達に対する導入として,「道具」の範囲(第U象元)から始めてもいいのだろうか,という疑問も出るかもしれないが,活動の中で教師側が意味づけをしたり,また他の授業の中で第T象元から始まる活用もあるために,比較的スムーズに第T,第U象元間を往復できる。また,はじめから道具を与えた(第U象元)としても,「手の届くところにあるということが,いかに重要か(三春中)」という言葉からも伺えるように,教師と比較すると,道具を扱ってみることで自分なりの活用法や目的を見いだすことが容易なようである。

 以上から,ネットワーク環境を学校に導入するにあたり,以下の事柄を考慮する必要があることがわかった。

@教師に対し,導入前から活用の動機を持たせる
A地域内の学校やメーリングリストなど,活用に関して気軽に相談できる場を設ける
Bネットワーク環境を児童生徒の手に届く範囲に開放する
C児童生徒に対し,教師が随時意味づけを行える環境や教育方法を研究する

(2) 地域の大きさ

 本節では,あぶくま地域展開プロジェクトの目指す学びの場を創造するための,適切な地域の大きさについて考察する。
 あぶくま地域展開プロジェクトでは,隣接した地区間の学校同士を地域内イントラネットで結び,地域における文化と空間の共有を基にした教育実践環境の実現を試みている。そこで当初地域の大きさを決めるための条件として以下を考えた。

@地域に根ざした交流空間であること
A地域の文化を共有していること
Bコミュニケーションの質を維持できること

 @は,歴史的に人の交流があり,地理的に道路や線路で結ばれた日常の往来が可能な空間のことである。これは,「午後から,ちょっと隣の学校へ行ってみようか。」ということができるくらいの距離を想定している。なぜならば,子供たちの交流が進んでいくなかで,お互いに顔を合わせて話をしたいという要求を実現できるからである。ネットワーク上におけるバーチャルなコミュニケーションの場と,容易に相手に会てっコミュニケーション出来る場を両方持つことで,それぞれのコミュニケーション手段を補間し,より密度の濃い交流が行えると考えたからである。
 Aは,子供たち同士が地域の文化を共有することで,お互いに親近感を持つことができるのではないかと考えた。それぞれが住んでいる環境は,微妙に違うが隣接した地域同士であるなら,言葉や生活習慣,地域の行事,気候など共通した話題をもっていると考えられる。このことによって,相手の顔や生活の様子が見え,日常的な交流が実現できると考えた。
 Bは,適正な大きさの集団で交流を行わないと,コミュニケーションの質を低下させ,密度の濃い交流ができなくなってしまうと考えた。距離が近く,似たような生活圏にある学校を結びつけても,数が多いと交流が拡散し,内容が希薄になってしまうからである。また,個々の交流が全体の中に埋没し,子供たちの交流に焦点をあてた検証が難しいと思われたからである。

 あぶくま地域展開プロジェクトでは,ネットディの実施により,先の3つの要因によって規定された地域内イントラネットを構築することによって,次のような効果が得られることを確認した。

(a) 効率的なサポート体制の確立
(b) コミュニケーションの質の向上と量の増大
(c) 学校同士の結びつきから地域の人たちとの交流へと変化

 (a) は,教育においてネットワークを活用していく上で必要な,技術的,教育的サポート体制が容易に維持できたということである。場所や範囲,数がまとまっていることでスケールメリットがあること,同じ環境のイントラネットであるため,ネットワークの活用やトラブルを解決するノウハウが地域内で蓄積され,共有されていった。
 (b) については,従来のすでにある歴史的,空間的な人と人の交流が,イベント的交流のみでなくネットワークという媒体を通して日常的交流へと質的に向上していった。このことは,特に地域内のメーリングリストの活発な活用として現れた。
 (c) は,学校同士の結びつきが学校を中心としたPTAのようなコミュニティーの結びつきへと変化し,学校と地域の人々,地域の人々と他の地域の人々の交流へと発展していった。ネットディを軸とした交流であったため,ある学校のネットディ参加者が隣の地区の学校のネットディに参加し,その地区の人々と交流を持つようになった。
 今後ネットワークの活用に関する講習会を地区の人々に開放することにより,より広い人々の交流が生まれることが期待される。その様な環境が実現されることを予想し,我々はソーシャルリソースとしての学校の位置づけを検討している。




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