第3章●学校での取り組み
プロローグ(国際交流の取り組みの記録)

1. はじめに〜インターネットとの出会い〜

 我が校にはじめてインターネットがやってきてから,約3年が経とうとしている。

その間に,その地位は「遠い世界の出来事」から「身近な文房具」へと変化しつつある。しかし,日々の教育活動の中に「おまけ」ではなく一つの軸としてインターネットを位置づけるためには,様々な課題が生じたことも事実である。

 ここでは,この3年間の我が校の実践を紹介しつつ,そこでの課題を明らかにし,今後の展望を述べたいと思う。

2. ようこそ目黒へ,ヒラリーさん

 3年前はまだ書店でもインターネットに関する本は今と比べれば,それほど出版されておらず,教員間でもそれは「未知の道具」であり,機械音痴で文系人間である私は,文字通り暗中模索の中で,実践をつくりあげていくことになった。 

 我が校は,すでに50台のMacintoshが設置されていた。幸運にも文部省・通産省の「100校プロジェクト」の推進校に選ばれた。パソコン台数は恵まれすぎているといってもいいくらいであった。活動内容をいかに充実したものにしていくかが大きな課題として残された状態でのスタートとなった。

 当然のことながら,特別な実践プランのようなものはなかった。そこで,まず,とにかく中学の英語の時間にホームページや電子メールを実際に見せて知ってもらおう,ということに重点に置くことになった。世界と日本,いや,世界と自分をリアルタイムでつなぐということは,生徒たちにとって,ドラえもんの「どこでもドア」が現実に自分の目の前に登場したにも等しい歓喜をもって受け入れられた。

 まず,はじめに生徒たちの目の前に現われたのはアメリカのホワイトハウスであった。教師の机のデスクトップの画像を生徒の画面に一斉に送り出せる仕組みになっているので,生徒のすわっているMac一台一台にそのホームページの画像を送ったのである。

 はじめのうちはホワイトハウスにつながったことだけで,喜びの声がもれたが,数分後には,「何か言いたい」という要望へと要求が高まっていった。幸い,ヒラリー婦人に電子メールを簡単におくれるコーナーを見つけることができ,生徒たちに「何を伝えたい?」と聞いたところ,「だんなさんとはうまくいっているの?」から「フランスの核実験やめさせて」というものまで,様々な意見,質問が出された。それらをまとめて,送信ボタンをクリックした瞬間には部屋のあちことで「いってらっしゃ〜い」という声が起こった。

 そして,数日後に返事が電子メールで帰ってきたときに起きた教室中の歓声と輝く瞳は,自分たちと国際社会がわずかであっても,確実につながった喜びを示すものであり,私自身,一生忘れることのできない瞬間となった。

3. 世界とコミュニケーションをはじめてみると

 その後,生徒たちの要望はさらに高まり,今度は自分たちで自由にホームページをみたいというものであった。

 ここで,第一の課題が明確になった。それは,一人ひとりのパソコンに対する知識はゼロに等しく,それゆえ誤作動などもあり,結果的に少なくない故障を生じさせてしまった。つまり,操作法の仕方の指導を明確に位置づけなければならないということである。

 こうして,機械の故障と生徒への指導と向き合いながら,実践は「世界に自分の友だちがほしい」という要求を目指して,さらに進んだ。

 まず,KIDS SPACEという世界中の子どもたちが交流をもとめて集うホームページを通して,全世界に「交流しましょう」という呼びかけを行った。交流の申し出はアメリカ,カナダ,オーストラリア,香港,シンガポールなど様々なところから寄せられた。

 中には,「うちのクラスでは時々ケンカがあるのでやめてほしい。そして,世界中から戦争や暴力もなくなってほしい」という12歳のアメリカの少年のメッセージがあり,目先のことばかりにとらわれがちな私たちに強い印象を残した。

 そうした様々なメッセージに対して,さっそく生徒一人ひとりの名前とメッセージを掲載した電子メールを送信した。やがて,諸外国の方々の理解の中で,一人ひとり個別のコミュニケーションが始まった。中にはエアメールにきりかえた生徒もいた。瞬時に送信のやりとりが出来る「便利さ」よりも,自分の手で書いて,ゆっくりやりとりをするある種の「人間くささ」を選んだ例としてこれも印象的であった。

4. 世界に友だちはできたけど

 ここで,第二の課題がもちあがった。いかに,継続的,効果的に交流を行うかである。たしかに,昼休みも放課後もできる限りパソコン室を開放するなど,生徒の利用の機会は広がっていった。しかし,学期や制度の異なる外国と交流するだけでも難しいわけで,生徒たち一人ひとりが飽きずに交流を継続しているかを把握するのはひどく大変な作業であった。

 ここでの教訓はまったくの自由な交流だけであると,わりと早い時期に交流が停滞するということである。これは生徒一人ひとりの英語力とも大きく関連するが,私見ではそれ以上に,何か共同でテーマを設定し,それに向けて共同で取り組むこと(何かをつくりあげること)の必要性を痛感した。

 その後,クリスマスシーズンにはサンタにみんなで電子メールを送った。中にはサンタそのものの存在を疑うものから,おもちゃのおねだりまで様々なものが含まれていた。こんなことをいうのは夢がないのかもしれないが,中学生になっても本気でサンタを信じていると思われる文面が多数存在したことは驚きであった。

 さらには理科の時間に「バーチャル博物館めぐり」という実践も行われ,生徒たちが世界中の博物館を「訪れ」,それをレポートするなどの取り組みが行われていった。

また,「100校プロジェクト」の一環として,日本全国で酸性雨の検査が行われていたので,我が校も定期的に雨の採集・検査を行い,そのデーターをプロジェクトのホームページに送信する等の取り組みを行った。

5. 教師も変わらなければ

 そうした実践から導き出された第三の課題として,インターネットの教育利用は教師集団で計画的に取り組む必要性があるということである。とかくその積極面ばかりが強調されがちであるが,一方で,「インターネットの使用=忙しくなる」,または「教育活動のおまけ」という,いわば「忌避」ともいうべき情況があり,結果としてそれが一部の教員の特別な道具になってしまうという事態を起こしかねないのである。そこで,我が校では新しくインターネット委員会が設置され,パソコンを使用したことのない教員への情報提供や委員会メンバーで研究,実践を計画的に行い,その実践内容を広く提供していくことにした。

 しかし,我が校では,委員会が発足されて間もないとはいえ,まだパソコンをつかった教育が教育活動の一つの軸には十分になり得ているとは言えない。今後さらに,委員会の活動を充実していくためには外部(他の学校,地域,父兄等)との密接な交流を図っていかねければならない。

6. 何をどう評価するか

 第四の課題として,インターネットというコミュニケーションを評価する基準をどこに設けるかという問題である。従来の絶対評価,相対評価,到達度評価等で評価は可能なのか,「意欲・関心・態度」等の「新学力観」に基づいた観点別評価でいいのか,あるいは,レポート的なもので評価すればいいのか等,評価に関する課題は山積みである。

7. インターネットと私たちの深〜い関係

 このように,我が校の取り組みは,場当り的な側面がありつつも,その中でインターネットの教育利用の可能性と課題を明らかにしていくことになった。

 今後,そういった取り組みを教育活動の中により明確に位置づけていくためには,人間とコミュニケーションという観点をさらに根源的にほりさげていく必要があるように思われる。

 人間の言語的コミュニケーションが労働等の共同作業に起源をもつことからもわかるように,インターネットも共同作業的側面をもって然るべきである。先述のように,インターネットによるコミュニケーションが単なる自由なおしゃべりに終始するのではなく,共同で何かをつくりあげていくべきだとした根拠がここにある。

 さらに,人間のコミュニケーションは自らのアイデンティティをより明確にし深めていく機能も合わせもっている。アイデンティティが「社会で生き抜く自信」と「未来においても生き抜いていく自信」という二つの自信から成り立っており,インターネットが,今日の国際社会での自分,そして今後ますます緊密な国際関係が要請される時代の中の自分を確認し深める可能性をもっている。インターネットは決して我々の教育活動の中での「おまけ」ではなく,その一つの軸になることは必然といってもいいであろう。

8. まとめ〜インターネットは生きる証〜

 以上から課題をまとめると下記のようになる。

・生徒へいかにパソコンの使用法を指導するか。

・せっかくはじめた国際交流をいかに継続するか。

・教師集団でいかに計画的に取り組み継続するか。

・インターネットをつかった生徒の活動をいかに評価するか。

・コミュニケーションをいかに深めていくか。つまり,いかに共通テーマを設けて議論を深めていくか。

・共同で作品をいかにつくり上げていくか。

 現実には多くの課題を抱えているが,私は希望をもって今後も実践を積み重ねて,一つずつ着実に課題を解決し,授業内容を充実していきたい。

 今日の国際社会で生きているという証を実感させる可能性をもつインターネットはますますその存在意義を増していると思われる。

 ここに教育現場で苦悩する教職員集団が結束してインターネット活用に取り組む大きな根拠が見い出せないであろうか。

9. その他

1)関連URL

  ホワイトハウス  http://www.whitehouse.gov/WH/Welcome.html

  Kids-Space   http://www.kids-space.org

2)学校名とホームページ

  多摩大学目黒中学校・高等学校

  校長 田村邦彦  http://megurogakuen-hs.meguro.tokyo.jp/

3)坦当者

  野中恒宏  torajiro@vir.bekkoame.or.jp


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