E-Square ProjectEスクエア・プロジェクトホームページへ 平成13年度 成果報告書
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実践事例の報告  宮城県立ろう学校

聾学校における情報携帯端末を活用した指導の考察
― 教科指導と学級指導への活用 −

高等部・専攻科,数学・情報
宮城県立ろう学校 中村好則
nakayosi@sn.myswan.ne.jp
http://miyaro-s.myswan.ne.jp/index.html
キーワード:情報携帯端末,Windows CE,NS Basic/CE,数学,情報,聾学校

はじめに
 聾学校の生徒は聴覚に障害があり,音声によるコミュニケーションに制限がある。そのため,聾学校における教科指導では音声の制限を視覚的に補償するなどの工夫が必要である。また,学級指導においても生徒と教師あるいは生徒同士でコミュニケーションを促進するような配慮が重要である。
 このような工夫や配慮の手段の1つとして,コンピュータやインターネットが活用され効果をあげている。しかし,一方ではコンピュータやインターネットを活用できず,そのことが更なる障害となる生徒も少なからずいる。聾学校の生徒にとって,将来,社会参加し自立するためにコンピュータやインターネットを活用できる能力や態度は重要である。将来,このような能力や態度を身に付け,聾学校の生徒が社会生活で十分にコンピュータやインターネットを活用できるようになるためには,いつでもどこでも必要なときに活用できるような環境で学習することが必要である。しかし,現状ではコンピュータやインターネットはコンピュータ教室に行かなければならず,生徒が使いたいときにすぐに使える状況ではなく,十分に活用できるとは言い難い。
 近年,情報携帯端末(Windows CE機)の機能が向上し,パソコンとほとんど同様の機能が使えるようになってきた。しかも,小型軽量で持ち運びもでき,起動時間もほとんど必要とせず,リセット機能を備え,操作も簡単である。情報携帯端末は,教科指導においては聾学校生徒の新しい学習の道具として,学級指導においてはコミュニケーションツールとして,その効果が期待できる。そこで,本研究では聾学校における情報携帯端末を活用した教科指導と学級指導について,その効果と課題を検討した。

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1. 情報携帯端末を活用した指導

(1) <1>実践教科等:数学,情報,学級指導等,<2>実践対象:高等部・専攻科生徒
(2) 情報携帯端末で活用できる教材の開発

図1 情報携帯端末の活用
図1 情報携帯端末の活用

 情報携帯端末は,技術の進歩に従って,低価格化・小型化・高性能化し,今後一人ひとりが所有する学習の道具として,学校教育に広く普及してくる可能性は十分にある。実際,アメリカではハンドヘルド型の情報携帯端末が教科指導で活用されている(例えば,CASSIOPEIA A-22T/A-21S)。また,情報携帯端末は聴覚障害者用通信装置として身体障害者福祉法による助成対象(1〜6級)でもあり,今後聾学校生徒にも普及する可能性がある。
 教科指導では,辞書や定規等と同様に机の上に置くことができ,通常の授業で使いたいときにすぐに使うことが可能である。情報携帯端末の活用は,音声の制限を視覚的に補償し探究活動を促すとともに,指導内容を焦点化することができ生徒の学習活動を支援できるものと思われる。しかし,情報携帯端末用の教科指導用教材はほとんどなく活用されていないのが現状である。教科指導用の教材が充実してくれば,学習の道具として有効に活用できるものと思われる。そこで,本研究では,情報携帯端末用の教科指導用教材を開発し,その教材を活用した指導実践を通して,聾学校における有効性を考察した(図1)。開発はNS Basic/CEを使用した。NS Basic/CEは情報携帯端末単体で開発が可能なインタープリンタ型言語である。開発したプログラムはランタイムとともに配布が自由である。
 また,情報携帯端末は家庭にも持ち帰ることが可能であり,通学途中の危機管理や家庭連絡等にも使用でき,学級指導にも有効に活用できる。学級指導では必要な情報の共通理解を通して生徒のコミュニケーションを促進し豊かな学級活動を実現できるものと思われる。しかし,情報携帯端末を学級指導に活用した事例はあまり見られない。そこで,本研究では,情報携帯端末を学級指導に活用するためのデジタルコンテンツの開発と指導計画を提案し,その可能性について考察を行った(図1)。
(3) 利用環境
<1> ハードウェア
NEC, Mobile Gear U, MC-R520, 3台
SONY,LCD Data Projector, VPL-CS2, 1台
<2> ソフトウェア
NS BASIC Corporation,NS Basic/CE

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2. 実践事例

(1) 数学T,「2次関数」の指導
<1> 指導目標
 2次関数y=a(x−α)(x−β)のグラフの性質を理解する。
<2> 指導計画
<2次関数とグラフ> 23時間
1) 関数とグラフ
2) 2次関数
3) 2次関数とグラフ
2時間
3時間
5時間
4) 2次関数のグラフの性質
5) 2次関数の最大値と最小値
6) 演習問題
6時間(本時3/6)
4時間
3時間

<3> 学習指導案

 

主な学習活動

指導上の留意点


10

(1) y=2(x−1)(x−3)のグラフはどのようなグラフになるだろうか。

 

(1) 2次関数という名前は提示しない。
<予想される生徒の反応>
<1> 直線(1次関数)
<2> 放物線(2次関数)
<3> その他(曲線,折れ線など)


 

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(2) y=2(x−1)(x−3)のグラフをかく方法を考え,グラフを作成する。
(3) グラフと関数の式にはどのような関係があるかを考察する。
<1> y=2x2のグラフと重なる。
<2> x軸と2点(1,0),(3,0)で交わる。
<3> 対称軸はx=(1+3)/2=2である。

<予想される生徒の反応>
<1> 対応表を作成する。
<2> 一般形y=ax2+bx+cに変形する。
<3> 標準形y=a(x−p)2+qに変形する。
(2) 情報携帯端末でグラフを確認する。ただし,2次関数のグラフは一般形と標準形しか描けない(図2)。




15

(4) 同様な式を考え性質を確かめる。
<1> y=2(x+1)(x−5)など
<2> y=a(x−α)(x−β)
(5) 2点(2,0),(3,0)と交わりy=−x2のグラフと重なる2次関数を求める。

(4) <1>については,情報携帯端末で確認する。<2>は,
ア) y=ax2のグラフと重なる。
イ) x軸と2点(α,0),(β,0)で交わる。
ウ) 対称軸はx=(α+β)/2である。

(2) 数学T,「確率」の指導
<1> 指導目標
 相対度数と相対度数から考えた確率(統計的確率)の関係と意味を理解する。
<2> 指導計画
<確率の意味と計算> 16時間
1) でたらめの中にある規則性
2) 起こりやすさの目安
3) 事象と確率
2時間
2時間(本時1/2)
5時間
4) 等確率
5) 演習問題
4時間
3時間

<3>学習指導案

 

主な学習活動

指導上の留意点



10

(1) 前回学んだ相対度数について確認する。
(2)  サイコロを振る場合の相対度数について考えることを告げる。

(1) 前回は,画びょうを投げたときに針が上を向く割合を考えた。
(2)  実物のサイコロと情報携帯端末を提示する。



30

(3) 実物のサイコロで何回か実験を行い相対度数を計算する。
(4) 情報携帯端末で多数回の試行を実験し,どのような値に近づくかを予想し確かめる。

(4)  情報携帯端末用の教材は,サイコロを投げた試行回数と相対度数を計算し,数値とグラフで表示できる(図3)。



(5) 10円硬貨を投げる場合について,相対度数はどのような値に近づくかを考える。

(5) 10円硬貨で実験し実際に確かめる。

(3)情報B,「コンピュータにおける仕組みと働き」の指導
<1> 指導目標

 コンピュータでの情報の処理手順を考え,処理手順を明確に記述できる。
<2> 指導計画
<コンピュータにおける情報の処理> 18時間
1) コンピュータの仕組み
2) コンピュータ内部の処理の仕組み
3) 簡単なアルゴリズム
6時間
6時間
6時間(本時5/6)

<3>学習指導案

 

主な学習活動

指導上の留意点



10

(1) 身長と体重を入力し,その値から理想の体重を計算し,入力した体重と比較した結果を表示するプログラムを作成する(課題提示)。

(1) 理想の体重(kg)は,
 22×身長(m)×身長(m)
で計算する。



30

(2) フローチャートを用いてアルゴリズムを考える。
(3) 情報携帯端末を用いてプログラムを組む。

(2) 情報携帯端末用のプログラム言語であるNS Basic/CEを使用する。


(4) 実際の値を入力し,誤りがないかを確かめ,誤りがあれば修正する。

(4) いろいろな値を入力し誤りないかを確認する。

(4) 学級指導での活用の可能性
 情報携帯端末は聴覚障害者用通信装置として身体障害者福祉法による助成対象(1〜6級)である。そのため,高等部・専攻科の生徒も保護者の同意が得られれば助成を得て所有することが可能である。しかし,通信費などは各家庭の負担になるため,実践を行うにはまだ課題も多い。そこで,本研究では情報携帯端末の学級指導への活用の可能性について考察を行った。その結果,学級指導用のWebやメーリングリストなどを工夫し活用することで,直接的なコミュニケーションの促進,情報の共通理解を促すことができるなど,活用の効果が大きいと考えられた。

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3. 学習の展開と成果
図2 グラフ表示ソフト
図2 グラフ表示ソフト

(1) 数学T,「2次関数」の指導
 前時までに1次関数を復習し2次関数の一般形と標準形について学んだ。本時は2次関数y=a(x−α)(x−β)のグラフの性質について学ぶ。生徒に「y=2(x−1)(x−3)はどのようなグラフになるか」と問うと,「放物線になる」と答える生徒は少なく,与えられた関数の式にx2がないので,むしろ直感的に「直線になる」や「折れ線になる」と答える生徒のほうが多かった。そこで,まずはそのグラフを実際に調べてみることにした。
 今回開発した情報携帯端末用のグラフ表示ソフト(図2)は2次関数については一般形と標準形しか表示できない。そのため,どちらかの形に変形しなければならない。生徒はまず対応表を作成しグラフを手書きした。その後,一般形に変形し情報携帯端末を使ってグラフを表示させ手書きのグラフを確かめた。グラフを上手くかけなかった生徒は表示させたグラフをもとに修正し,どのような性質があるかを調べた。その後,得られた性質が他の関数の式の場合でも当てはまるかどうかをこのグラフ表示ソフトで確かめた。

図3 サイコロの確率
図3 サイコロの確率

 情報携帯端末を活用することで,グラフの作成に時間をとられず,そのグラフの性質の考察に指導を焦点化することができた(指導内容の焦点化)。また,正確にグラフが描けることでその性質を視覚的に理解することができた(情報の視覚化)。学習活動の有効な道具として活用できたものと思われる。
(2)
数学T,「確率」の指導  
 まず初めに,実物のサイコロを使って,何回が実験し1から6の目の相対度数を計算した。試行回数が少ないと相対度数に偏りがでた。そこで,開発した「サイコロの確率」という教材(図3)を使って,試行回数によって1から6の目の相対度数がどのように変化するかを実験・観察した。この教材の画面は情報携帯端末を液晶プロジェクタに接続することでクラス全体での共有が可能である(図4)。

図4 実践の様子
図4 実践の様子

 情報携帯端末での実験は実際の実験では不可能な多数回の試行を瞬時に行うことができ実験結果の考察に十分な時間を確保することができた(指導内容の焦点化)。また,実験の結果をすぐに数値とグラフで見ることができ,試行回数と相対度数の変化の様子を視覚的に理解することができたものと思われる(情報の視覚化)。また,考察結果を生徒が発表するときはプロジェクタに接続するだけでプレゼンテーションの道具としても活用ができた(図4)。

(3)情報B,「コンピュータにおける情報の処理」の指導
 指導内容は新教科「情報B」を想定したものであるが,実際の実践は専攻科の学校設定科目「情報技術応用」で行ったものである。前回までは四則演算や分岐のアルゴリズムについて簡単な事例を通して学んでいる。それらをもとに今回はそれらを組み合わせたアルゴリズムを考えプログラムを組む学習活動である(図5)。フローチャートには簡単に書き表すことができたが,プログラムには時間を必要とした。特にイベントドリブン型であるため,ある程度の慣れが必要であると思われた。しかし,情報携帯端末でプログラムからデバッグまで行えるため,自宅にパソコンやソフトウェアがない生徒も,自宅に持ち帰ってすぐに続きができるなど,学習の継続性を保つことができた。また,情報携帯端末はパソコンの補助というよりはむしろパソコンと同様に使用できるものと思われる。

図5 NS BASICによるプログラム
図5 NS BASICによるプログラム
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4. まとめと課題
図6 操作する生徒
図6 操作する生徒
 教科指導においては情報携帯端末用の教材を開発し,その教材を活用して実践を行った。その結果,指導内容の焦点化と情報の視覚化の2つの有効性が見出された。また,情報の指導事例からはパソコンと同様に活用できることが示唆された。今後は他教科での活用についても検討をすることと,さらに多くの教材を開発し実践を継続することが課題である。学級指導については,各家庭から接続した場合の通信費の問題もあり今回は実践には至らなかったが,考察したデジタルコンテンツと指導計画をもとに実際に実践することが今後の課題である。
ワンポイント・アドバイス
 パソコンを使った授業はどうしてもパソコンが中心になってしまいがちである。しかし,小型で軽量な情報携帯端末はインターネットやプログラミングなどパソコンと同様な機能が使え,普段の授業においても辞書や定規,コンパスと同様にちょっとした学習の道具として手軽に活用できるというメリットがある。
引用・参考文献
Ns Basic Corporetiion(2000)NS Basic/CE anywhere,Anytime Programming Handbook.
石川竜也(2000)Windows CEプログラミングの応用50例,ソフトバンクパブリッシング.
相沢文雄(2001)Basicで作ろうPalmアプリケーション,ナツメ社.
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