E-Square ProjectEスクエア・プロジェクトホームページへ 平成13年度 成果報告書
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実践事例の報告  奈良県生駒市生駒市立生駒北中学校

点訳歌詞データベース構築を目的とするボランティア学習の試行
−地域のボランティアサークルとの連携を活かして−

中学校第3学年・選択授業 点訳(国語)
奈良県生駒市生駒市立生駒北中学校 長野真司 岡田知也
http://www1.kcn.ne.jp/school/kita-j/
kita-j@kcn.ne.jp
キーワード 中学校,3年,選択授業,インターネット,ボランティア
点訳,点字,バリアフリー,視覚障害

インターネット利用の意図
 毎週1回の選択授業の中では,コンピュータ教室で一人一台のパソコンを使い,点訳などの作業に取り組んでいる。
 点訳については,生徒たちが一から点字を覚え,点字板を使って作業することは非常に時間のかかることでもあり,1年間で雑誌の点訳まで至ることは困難である。特に,歌詞や音楽情報誌など若年層に人気のあるものの場合,その情報の早さということも大切であるから,なおのこと,時間の制約は多いことになる。そこで,点訳ソフトと点字プリンターを使うことによってこの時間的問題を解決した。
 点訳ソフトはIBM製のWINーBES99を使用。このソフトはインターネットから無料でダウンロードできるもので,誰でも自由に自分のコンピュータにインストールすることができる。6点打ちなので,初めは難しいが,その代わりに点字を覚えることができる。中学生はさすがに覚えが早く,2時間程度の授業で基本的な点字の法則も覚え,打つことができるようになった。そして,生駒市点訳グループ「やまなみ」の協力を得て,推敲,添削をお願いし,常に新しい曲を点訳している。
 昨年度までは点字プリンターを使って印刷したものを視覚障がい者に送っていたが,今年度からはこれらのデータを「ないーぶねっと」という視覚障がい者専用のネットに載せ,全国の利用者に使ってもらうようにした。
 またできあがった歌本冊子の使いやすさをチェックしてもらうため横浜市立盲学校の生徒さんにお願いして,実際の視覚障がい者にとって使いやすいものにするためのアドバイスをもらっている。この際,生徒同士のメールでの意見のやりとりもしている。

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1. 単元名

点訳歌詞データベース構築を目的とするボランティア学習の試行
−地域のボランティアサークルとの連携を活かして−

(1) ねらい
 バリアフリーという言葉が一般的なものとなり,社会や街も少しずつではあるが,障がい者にとっても暮らしやすいものとなってきた。しかし,鉄道会社の点字表記の間違いなど,まだまだ,作れば終わり,後のことには責任を持たないというような風潮があるのも確かである。これらの問題点を是正し,いわゆるノーマライゼーションの社会を作っていくためには,行政への対応を求めるだけでなく,個人レベルでのノーマライゼーションに対する意識が重要である。そのためには,学校教育におけるボランティア学習のバリエーションの拡大と充実が求められている。
 本校では点訳ソフトを使った学習をすでに5年前から初めている。当時は点字でプリントアウトした手紙を県立の盲学校に送り文通をしていた。ネットの普及により,本校も相手校にもネットが接続され手紙による文通からメール交換へとその形が変わってきていた。
 本研究では,新たな活動として,情報機器を活かしたボランティア学習を考えた。選択授業の中で,パソコンと点訳ソフトを用いて,生徒が最新のヒット曲の歌詞を点訳し,ボランティアグループを通して視覚障がい者のもとへ届けるという活動である。視覚障害を持つ方の中にもカラオケを楽しんでおられる方は多い。通常は,歌詞カードを,点字板を使って一つ一つ点訳をするため,新しいものが次々と流行しては消えていく歌を歌詞に対応していくことは困難であった。これをパソコンの点訳ソフトを使い,歌詞をデータベースに保存し,必要に応じてプリンターを使って歌詞カードを印字できるようにすれば,最新のヒット曲にも対応することができるであろう。この活動によって視覚障がい者のレクリエーション,社会参加に寄与することができると考える。
 この活動を中学生が主体的に行うことを通して,ヒットしそうな楽曲を敏感にとらえる「若い感性」という点で,障がい者と健常者に差がないことが自然に理解できると同時に,いち早く歌詞を点訳するという点で,情報機器が非常に有効な手段となることも理解できるものと考える。
 本研究の成果があがれば,中学生が作成した歌詞のデータベース利用者が増えることが予測できる。これまでの点字板を用いた点訳方法に比べ,比較にならないほど多くの視覚障がい者に活用される可能性を秘めたこの手法は,中学生のボランティアに対する意欲を,より一層向上させるだけでなく,デジタルデバイドの対象者になってしまいがちな視覚障がい者にとっても非常に有効な歌詞の点訳データベースを構築させることができよう。そして,この活動や学習を通じてふれあう視覚障がい者の方々との交流が実現できれば,双方の心の成長にも影響を与えるものとなろう。
 さらにこの活動を通して日本ではまだまだ「ボランティア=ただ働き」との考え方が根強いボランティア活動に対する社会の認識を改めさせる機会にしたい。自分の意志で楽しみながら活動に取り組むことは,自分自身の成長にも大きな影響を与えることになることが実証できると考える。

(2) 実施環境
・デスクトップ型コンピュータ20台(ネットワーク接続済み)
・点字プリンター1台    ・点訳ソフト(無料配布のもの)

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2. 指導計画・指導案

(1) 年間指導計画

4月
 ボランティア団体との打ち合わせ 選択授業オリエンテーション
5月
 パソコンの起動の仕方,点訳ソフトの使い方
6月
 ボランティア団体との打ち合わせ 点訳作業
7月
 点訳作業
8月
 研修(日本点字図書館への実地調査及び研修)
9月
 ボランティア団体との打ち合わせ 点訳作業
10月
 ボランティア団体との打ち合わせ 点訳作業
    視覚障害者を講師に迎えての講演および実地研修
11月
 ボランティア団体との打ち合わせ 点訳作業
12月
 総括(ボランティア団体・盲学校との次年度へ向けての打ち合わせ)
  i  週設定時間:水曜日5限目(授業は週1時間)ii  期間:5月〜12月

(2) 授業までの準備
・パソコンルームのパソコン10台にWin−bes99をダウンロードしておく
 *Win−bes99はIBM製の点訳ソフトでフリーでダウンロードできる
・生駒市ボランティアグループ「やまなみ」との日程等の調整,活動計画の作成など打ち合わせをしておく

(3) 第3回までの学習指導案
第一回授業(5月9日水曜日)

  
学  習  活  動
備  考


授業を始めるにあたっての注意事項
・パソコンルームの使い方
・パソコンの扱い方
・大まかな年間の活動計画
 







オリエンテーション
・授業進め方に関する説明を聞く
1,歌詞のデータによる点訳の利点
 ・保存できること
 ・ニーズに応じて何枚も印刷できること
 ・間違えてもやり直しがきくこと
 ・流行にも迅速に対応できること
2,視覚障害者の生活について
 ・「朝子さんの一日」を読む
 ・街のバリア,人の心の中のバリアについて
 ・視覚障害者のカラオケの利用について


点字板


副読本
(朝子さんの一日)

できあがった歌本
(Let's sing)

次週の予告
・自己紹介の文と点訳したい歌を考えておく
 
第二回授業(5月23日水曜日)
  
学  習  活  動
備  考


本日の予定
「やまなみ」の方の紹介
 






点字の基本を学ぶ
<1> 「あいうえお(母音)」に子音の点がついて構成さ  れていることに気づく
<2> 分かち書きの基本について
 (国語で習う文節が分かち書きの基本である)
Win−besを起動させる
<1> 「あいうえお」の練習から子音に入っていく
<2> 記号,撥音,拗音,促音を覚える
<3> 自己紹介の文を打つ
(これは8月号のLet's singの目次に載せる予定)
<4> 自分のフロッピーに保存する

点字表記辞典
(博文館新社刊)



フロッピー
(各自一枚)

次週の予告
・点訳したい歌詞が載っている本を持ってくる
 
第三回授業〜(5月30日水曜日〜)
  
学  習  活  動
備  考

Win−bes99を起動させる
自分が用意した歌がまだ点訳されていないか確認する
 




歌詞の点訳作業
・わからないときは辞書で調べる。できあがりは「やまなみ」の方に校正してもらい,フロッピーに保存する
・途中のものはそのまま名前を付けて保存する
・できあがったものは一枚のフロッピーにまとめる
点字表記辞典
(博文館新社刊)

フロッピー
(各自一枚)

パソコンを終了させ後かたづけをする  

(4) 継続していく活動
・曲名リストは生駒北中学校のホームページなどで随時公開し,希望者にはプリントアウトしたものを郵送する。
・活動の記録を付け,各自の反省などを行うとともにWEBページでこの活動を公開する。
・さらに使いやすいものにするために,冊子に関する助言を横浜市立盲学校に依頼し,今後の活動に生かせるようにする。

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3. 学習の展開

(1)授業での様子
 約半年間の授業で点訳した歌詞は約30曲。歌詞の点訳に関してはおおむね順調に進んだ。点訳された歌詞は8月と12月に発刊されるLet's sing増刊号に掲載された。生徒たちは毎回,自分の点訳したい歌詞を用意して和やかに活動した。パソコンのCDーROMから,今点訳している曲を流している生徒もおり,非常にリラックスした授業は進んだ。「やまなみ」のかたも生徒たちの質問に丁寧に答えてくださってとても助かった。
 また清水佳子さんによる講演,盲導犬のディーナを連れての校内と生駒市図書会館のバリアフリー度のチェックでも,まだまだ街には多くのバリアがあり,晴眼者には気づかないことも多くあることを改めて感じた。特に公共の場所だと点字ブロックや点訳シールがついているというだけでそれでOKと思いがちである。ついているだけのバリアフリーから使いやすいバリアフリーへそしてノーマライゼーションを実現するためにまずは中学生の意識を変えていければと思う。

左中:パソコンルームでの点訳活動 右:図書会館へのバリアフリーチェックの様子

(2)生徒の感想
 A 楽しかったのであっという間に終わった気がします。できるならもっと続けたかったです。初めて点訳したときは辞書ばかり見ていましたが,今ではだいぶ点字を覚えたので辞書を使うこともなくなってきました。以前は街で点字を見たときは「あっ点字だ。」って思っただけだったのに今では「ちょっと読んでみようかな。」と思うようになりました。東京に修学旅行に行ったときに駅に点字の運賃表を見つけたときはものすごく感動しました。奈良では見たことがなかったので,ついみんなに「見て見て!」って大声で呼んでしまいました。とにかく点字を見つけたときはうれしくて仕方がありませんでした。清水さんといっしょに図書館に行ってから少し点字の見方が変わりました。ただ点字があるだけでなく,どこにあるのか,ちゃんと読めるのか,ここにあると便利なのに…といろいろ考えるようになりました。
 B 図書会館へ行く道もさすがに駅の近くには音楽が流れる信号や点字ブロックもありましたが,少し駅から遠ざかると点字ブロックもなくなってしまいました。視覚障がい者が使っている点字ブロックも車いすの人にとってはじゃまであったり,逆に車いすの人にとってバリアとなる段差も視覚障がい者にとっては車道と歩道がわからず危険であるということにも驚きました。とにかくバリアフリーと一言でいっても問題が山積みになっていると思います。

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4. 成果と課題

 点訳ソフトを利用することで,自分の書いた文章がすぐに点字で打ち出され,週1時間しかない選択授業の時間の有効活用につなげることができた。さらに,データをネットに載せることで利用者にも最短の時間で届けることができ,非常に効果的であった。一つずつ穴をあけていくという,一番面倒な部分をとばし,生徒たちは楽しく点字学習をした。また,視覚障がい者の方の講演,公共施設へのバリアフリー調査では,相手を理解するところからヒントをもらって,自分たちができることについて考えるきっかけができた。さらに,点字を学ぶ意欲の向上にもつながり,効果的な活動であった。
 ただ,卒業後,ボランティア活動を続けようとしたときに,ハードの面で,続けられないものが出てくることも考えられる。例えば,点訳ソフトを利用した活動がそれに当たると考えられる。しかし,中学校の段階でのボランティア学習という意味では,楽しさや充実感が優先されてもよいのではないだろうか。この体験によって,点字,バリアフリー設計などに興味を持ち,気付くことのできるようになればよいと考えている。現にこの授業を選択したものが中心となって「ピースボート」に送るための楽器や文房具を校内で集めるという活動を自主的に始めた。今後の最も大きな課題としては,生徒自身が今後やってみたいボランティアを選択・活動していく力を,どのように育てていくか,そして,指導者のボランティアコーディネーション力の向上との2つの点であると考える。

ワンポイントアドバイス

 この活動を行うにあたって,地域のボランティア団体の協力は不可欠である。教師,生徒,地域の3つがそれぞれの立場から活動を支え,一体となることが成功の秘訣といえる。また,生徒がボランティアをボランティアと思わずに,楽しく活動できるような雰囲気作りも大切である。
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