E-Square ProjectEスクエア・プロジェクトホームページへ 平成13年度 成果報告書
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実践事例の報告  松山市立南中学校

人権意識を高めるためのソフト開発
− 参加体験型学習を応用したシミュレーションゲーム制作 −

松山市立南中学校 星川良紀

キーワード 
人権教育 開発教育 ワークショップ 参加体験型学習 貿易ゲーム シミュレーション南北問題 小学生 中学生 高校生 特別活動 道徳 総合的な学習 社会科

プロジェクトの意図
 人権・同和教育のための実践的な活動として,参加体験型学習が脚光を浴びている。これを子どもにとってより身近な活動とするため,パソコンを使ってシミュレーションできるゲームソフトを開発し,学習に利用することによって,課題解決能力や創造力,思考・判断力,表現力等の資質を養わせながら,人権意識を高める実践を試みた。この実践はまた,子どもの情報リテラシーの育成にもつながると考えられる。

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1. 実践の目標

○人権問題の一つである南北問題を理解するため,参加体験型学習「貿易ゲーム」をもとに,現実社会に見られる複雑多岐にわたる多くの状況を,コンピュータを使ってシミュレートできるゲームソフトを開発する。
○このゲームで体験できるロールプレイングを通して,相手の立場になって物事を考えさせることにより人権意識の向上を図る。
○また,自ら進んで学習し,真剣な論議の中でお互いの考えを練りあうことを通して,課題解決能力も養わせるようにする。
○制作に関しては,企画担当者,共同開発者,企画推進アドバイザー,調査協力者等の間の連携を図るため,インターネットを有効利用する。

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2. 実践の内容

(1) ソフト開発のための計画・プログラミング
 まず,ソフト開発に必要な留意点を考えた。
・人権問題解決のための実践力を養えること
・さまざまな場面で活用できるような一般性をもたせること
・シミュレーションを終えたあとで,具体的活動のための方向づけができるようにすること
・利用者にとって興味が深まる内容にすること
・インタラクティブなゲームとする必要性から,ネットワーク対応にすること
・利用者に身近なものを作るために,プロジェクト組織内の連携を密にすること
等があげられた。なお「貿易ゲーム」等のワークショップの原案は,「開発のための教育」(UNICEF,クリスチャン・エイド)を参考にした。
 次に企画の対象や実施体制,実施スケジュール,実施環境について計画した。

a 対象 小学生〜高校生
(一般の教科(社会等),特別活動,道徳,総合的な学習の時間等)

b 実施体制 c 実施スケジュール
b 実施体制
c 実施スケジュール

d 実施環境
 プログラミング環境(Visual BASIC),実験環境(LAN,インターネット(サーバも含む))
参加体験型学習の中から,人権意識を向上させるための効果的なものとして貿易ゲームを選び,活動内容をゲーム化しようとした。そのために,コンピュータの中でのゲームの流れ,数値化,最終目標の設定,勝敗の判定方法等のシミュレーションに必要な条件設定を行った。これらのソフト設計について,企画推進アドバイザーなどとも充分協議した結果,その青写真をもとに開発者にプログラミングを依頼した。

*貿易ゲームとは
 資本(労働力,機械,材料,製品,お金等)を不平等に与えられた国家間で,より多くの資本を増やすことを競い合うシミュレーションである。初期設定として,不平等な条件を与えることにより,経済格差(南北問題)が拡大するというしくみを,現実社会と対比しながら,体験的に理解することを目的とする。

(2) 評価・改良
 本校では生徒有志に,市内の小中学校では一般教員や同和教育推進主任に,また松山東雲中高の文化祭で市内の小中学生や保護者に,できあがったソフトの試用を依頼して,評価を得た。
 また,インターネット上でプロジェクトホームページを立ち上げ,ダウンロードできるしくみを作り,ソフトについてのモニター募集,アンケート実施を行っている。
 子どもの評価によると,興味関心や利用面,デザイン等での記述が多いが,教員等の評価によると,それ以外に,ゲームのしくみや内容の理解のしやすさ,教育効果,学習活動での活用等,多面的にとらえた記述が多い。これらのことから,ゲームの面白さや使いやすさを増すよう改良することと同時に,ゲームが活動の目的にあっているかどうかをチェックする必要性を感じた。またソフト活用においては,指導計画や指導案のもとに利用されるべきことがわかった。従来の手作業で行った貿易ゲームに比べて,ソフトを使用したときのメリット,デメリットも以下のように浮き出てきた。
a メリット
・手作業で行うときのような馴れ合いがなく,現在の経済がネットワークを用いていることもあって,データ自身は現実的な重みをもってとらえることができる。
b デメリット
・コンピュータを介するので,自分の思いが伝わりにくい,製品が生産されお金になっていくのがわかりにくいなどといった,仮想的な面がある。
・小学校高学年から「貿易」が授業として扱われるので,小学生には少し難しい。 デメリットを解消するためには,手作業での活動と並用することが有効であると思われる。効果的な利用法も見えてきた。
・貧富の差があらわれる初期設定にしないと,活動のねらいが達成されない。
・国名については,実在するものを使用すると参加者がその国のイメージにとらわれる可能性があるので,架空のものにするほうが良い。
・時間設定においては,20分〜30分が適切である。
・短い時間で何回も立場を入れ替えると効果的である。
 以上のモニターによる評価をもとに,いかにゲームを改良するか組織で話し合った。
その中で,目的に合ったコンテンツの検討,GUIの改良やマニュアル作成,初期設定等のノウハウの蓄積などを行うことになった。そして,いくつかの改善点を見出すことができた。実際のソフト開発に関しては,要望されたすべての改善を行うことができない。改良できるところはできるだけ行うようにしたが,ゲームの流れを大幅に変えることなどはプログラミング上難しい面があった。そこで,できることとできないことの区別を行ってから改善に取り組んだ。
a 改善したこと
・エラー処理(早急にチェックした)
・文字,背景色,キャラクターなどのデザイン(比較的容易に改良できた)
b 改善できなかったこと
・「個別交渉」,「生産のプロセスのイメージ化」
(プログラミングにかかる時間や経費の問題から,今回は見送られた。)

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3. 学習の展開(教材活用)

 開発段階で得たことをもとに,以下のように指導計画や指導案を作成し,できあがったソフトを実践に役立てていくことに教育効果があると考えた。その中でソフトは,実体験のためのきっかけとして扱うよう留意した。実践を通して,ソフト活用の利点,留意点,教育効果,反省点,これからの方向性等の結果を得た。

公民科学習指導案

松山東雲高等学校 國原 幸一朗

1.日 時:2002年1月23〜25日(3時間)
2.クラス:高校1年の英語情報科17名・高校3年の普通科4名(選択授業)
3.教科・科目:公民科の現代社会(高校1年)・政治経済(高校3年)
4.単元名:国際経済のしくみと国際協力
5.貿易ゲーム利用の意図:
<1> 国際経済に対する興味や関心を高める。
<2> 国家間の経済活動や貿易のしくみを理解させる。
<3> 先進国と発展途上国の間の経済格差を実感させる。
<4> 国際協力のあり方を考えさせ,実践につなげる。
6.単元計画:

(1)日本と世界の経済関係  (1時間)   (2)経済摩擦の構図    (1時間)
(3)国際経済の動きと協力関係(1時間) (4)貿易ゲーム     (2時間)
(5)南北問題      (1時間)   (6)発展途上国への経済協力(1時間)

7.本時の目標:
<1> ゲームの事物や出来事と,現実社会とを対比し,貿易のしくみを理解できる。 
<2> 南北問題が深刻化する過程を推測し,国際協力のあり方を理解し実践力を養う。

8.指導過程と所感:

指  導  内  容

指 導 上 の 留 意 点

 開発教育協議会の『新・貿易ゲーム』
<1> グループ分けを行う。
<2> ゲームのねらいとルールを説明し,ゲームをすすめる。
<3> 勝因・敗因や工夫した点などを発表させることにより,振り返らせる。
<4> ゲームで分かったことやゲームの出来事が現実社会のどの場面と対応するかを話し合わせ,貿易のあり方と国際ルールについて考えさせる。


・グループの人数に偏りが生じないようにするとともに,役割分担を明確にし,ゲームがスムーズに進むよう支援する。
・ゲームの勝敗のみにとらわれず,何を目的とした学習かを理解させる。
・ゲームの流れを変えることによって,集中力を持続させる。
・ゲームと現実社会の問題を関連づける。

 本企画のソフト
<1> 前時の振り返りをふまえ,パソコンの貿易ゲームの操作方法を説明する。
<2> 貿易の操作を行わないで画面の流れを確認させる。(2分)
<3> 短時間(8分)で貿易を行わせ,別紙に初期値と最終値,貿易の記録,会計の記録などを書かせ,振り返りをさせる。
<4> 16分でゲームを行い,結果と工夫点を発表させる。
<5> ゲーム後に,手作業のゲームとパソコンゲームのちがい,現実の世界とのちがい,ゲームを使って分かったことと改善点を書かせる。(予定10分→実際5分)


・2人ずつのグループにし,話し合いながら作業が行きづまらないようにする。
・貿易を行わなければどうなるか,貿易によって国の経済がどう変わるかに着目させる。
・8分の試行後,振り返りを十分にさせ,本番のゲームを実施する。
・ゲームから何を考え,得ることができたかを正確に記録させ,集約する。
 所感
 授業では途中でバグが生じ,ゲームに参加できず,投げやりになってしまう生徒がいたが,授業後「先生,私2回とも第1位だったよ」(=ゲームがおもしろかったと授業者は受け止めている)と言う生徒もいて,授業者が驚くほど熱心に取り組んでいた。

※ 参考文献 開発教育協議会・神奈川県国際交流協会
         『開発教育教材シリーズ<4>新・貿易ゲーム)』,2001年

9.使用したパソコン教室の利用環境:パソコン40台(すべてインターネット対応)
 本ゲームは,9カ国以上になるとバグが生じる可能性があるため,生徒が使用するパソコンは8台とした。
10.「貿易ゲーム」の評価と課題(生徒の意見)
(高校3年生)
・手作業のゲームは,計算や切りとるのが面倒だったけれど,パソコンはマウスをクリックするだけで会計などを自動的にしてくれた。よりリアルで,貿易を楽しめてよかった。
・誰がどんな国か分からないし,1対1でモノの値段などについて話し合えるところがよかった。季節に応じて生産する製品を変えることができたらもっと楽しいと思う。
・教室でゲームをした時は,主に製品をつくって売ることでしかお金が入ってこなかったけれど,パソコンではあまり製品をつくらなくても材料や機械を売ることによってお金もうけができた。自分が納得するまで値段を交渉できた。
(高校1年生)
・現実味がある。お金は大切だと実感できた。交渉の仕方で勝負が大きく左右される。
・勝手にやってくれた。貿易しただけお金が増えた。お金は自分の本当のものでないので,ちょっと適当にやった。
・似ているが,本物のお金ではできない。貸しすぎると赤字ばかりになる。
・取り引きが難しい。仕事をするのは難しい。貿易はむずかしいと思った。
・相手国の様子がよく分かる。安いと買ってくれる。いいゲーム。手作業のゲームより分かりやすかった。
・パソコンでのゲームはむずかしい。もっと分かりやすくしてほしい。
・世の中きつい,うまくいかない。相手が誰かわからないので緊張した。相手と電話して楽しかった。

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4. 成果と課題

(1) 成果
 生徒がゲームに取り組んでいるとき,興味ある場面を見かけた。自己中心的傾向の強い生徒Aが,自分が思ったことを成し遂げようとしても,立場が違う者からは相手にされないことによって感情的になる。
 A「これだけ条件を良くしても,○○が買いたいのに,ほかの人がいっこうに売ってくれないな〜。」
 B「ほかに条件がいいところに売ろうと思う。」
 C「これを売ってしまったら,僕のほうは生産できなくなるよ。」
生徒Aはさまざまな会話を通して,一時の感情に走るのではなく,それぞれの立場を客観的に理解できるようになった。このあと他のものと楽しく続けていたようだが,ゲームという限られた仮想的な場面ではあっても,お互いの立場を考えることによって,プラス思考で日ごろの生活を見直すきっかけになったようである。現段階では,ほんの小さなことしか教育効果としては現れてないが,いろいろな活用を通してこれから可能性を見い出していけると確信する。以下に成果をまとめて載せる。
○ソフト開発から得られたこと
・人権教育のための効果的な教材の開発,教育用ゲームの可能性
(興味関心がわく,ロールプレイングの要素をとりいれたもの)
・担当者の経験の蓄積,総合的な学習等への応用等,教育活動への波及効果
・さまざまな必要性や重要性の認識
・さらなるソフト開発の継続,発展の可能性
○教材活用から得られたこと
・子どもの人権意識の向上
・指導計画,指導案,指導方法の蓄積(人権教育,総合的な学習,社会科など)
・新しいスタイルの人権教育の可能性
・人権教育のみならず,総合的な学習等,広範囲に利用できる可能性
(2) 課題
・効果的な活用法の蓄積,広い範囲での教材の配布
・さまざまな評価による,さらなる改良,新しい要素を入れた発展
(インターネット上での利用,発達段階に応じた教材への改良など)
・評価法の工夫(具体的な内容にし,開発につなげる必要性がある)
・企画担当者としての留意点
(調査協力者への調査の具体的な説明,開発者のための具体的な青写真つくり)

ワンポイントアドバイス(プロジェクトをよりよく推進するために)
○活動目的をしっかりと持ち,それにもとづいてしっかりとした企画を立てること
○教材開発にのみ精力をかたむけるのではなく,いかに効果をあげ広めるかを考える
○企画担当者がコーディネーターとして仕事をとらえること(専門性を持った人とそうでない人のギャップをいかにうめるか,いかに広範囲の人に対して啓発していくか)
○教員自身が自ら考えていくこと,活動における柔軟な組織をつくること

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