青森県・アップリアンに会いに行く

アップリアンに会いに行く

 アップリアンの作品が登場してもう7年の月日が流れました。その間に青森の小さな小学校から広がった流れは、全国に広がって大きくなりました。住んでいるところが、農村であれ、漁村であれ、街中や住宅地であっても、地元の素材に素直に向き合ったらそれまで気づかなかった多くのモノが見えてきます。これがこれまでに入賞してきた学校作品の共通の感想です。

 毎年、次回の準備をはじめる前にこれまでの入賞作品を見直します。学校作品の多くは入賞時のままネットワークの中に残されます。関わった子供たちには思い出に変わっていくのですが、見る側にとってはキラキラした時間を過ごした小学生や中学生の姿がストックされていくのです。 ネットワークの進化は時間(世代間)と距離(地域間)を少なくしてくれました。と同時に良い情報も悪い情報も同じスピードで流れてしまいます。悪い情報は無責任に広く伝わってしまいますが、入賞作品などのように「良い情報」は多少時間がかかっても、しっかりと受け継がれていくことが大切です。こうして作品を見直すたびに、評価が広範囲でちょっと判りにくいかもしれないけれど、こんなコンクールがあってもいいじゃないかと思うのです。みなさんも入賞作品を見る時には、作品部分だけでなく学校のホームページなど、奥深くまで覗いて見て下さい。高く評価される学校は、パソコンの使い方よりもマナーについて教えることを大切にしています。ネチケットの基本は相手の気持ちを考えることにあると思います。これまで評価されてきた学校は、作品が出来上がる下地がしっかりしているのです。それを少しずつ紹介することがこの旅の目的でもあるのです。

 アップリアンとの再会は、決して懐かしい思いからではありません。入賞作品にふたつの時間が流れるならば、「もうひとつの時間」つまり関わった子供たちのその後の様子(成長)が気になっていたからです。草薙小学校はすぐにでも取材に行きたかった学校でしたが、彼らが中学校を卒業するまで待ってみたかったのです(※)。


以前は、小学校から中学校にかけての連携がうまくいかないために、小学校時代の経験を活かせないことが多いことも指摘されていました。

 正直なところ彼らに会って「ホッ」としています。キラキラした時間を過ごしたアップリアンのバックボーン(家族を含め地域の人、学校や先生方、街のくらし)は、期待通りのものでした。それは成長した彼らを見ればわかります。津軽弁で交わされる普段の会話を聞いているだけで伝わってきました。午前中に歩いた街を、出会った人を、紹介した写真の枠外に写っていた風景とともに大切に記憶に残しておきたいと思います。

 最後に職員室前のたくさん並んだ賞状の数々で、もうひとつ気づいたことがあります。草薙小学校は彼らの時代から「青森県統計グラフコンクール」で高い評価を受けていました。その当時の彼らの作品を見て、「データを集めること」「データを分析すること」「自分の考え表現すること」など下地がしっかり出来ていた理由がよくわかりました。やはり、いろんな側面で子供たちの可能性を評価することは大切です。歴史のあるコンクールや取り組みともうまく協調できればと強く感じています。

 アップリアンたちの作品はネットワーク時代の「語り部」です。これからも草薙小学校はもちろん、全国の小学校で語り継がれていくことでしょう。今回参加できなかった二人のアップリアンも含めて、彼らには「あの頃は良かった」と振り返るのでなく、「あの頃も頑張っていた」と思える人生を送って欲しいと思っています。これはもちろんアップリアンだけでなく、全国で作品づくりに関わった子供たちにも同じメッセージを送りたい。
(完)

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